ごちそうさまでした
早朝の空気は冬めいて、心がすっと晴れていく。雲上家には簡単に忍び込めた。雲上のご両親は、悲嘆を枕に眠っている。雲上の自室はすぐに分かった。トマトの写真が貼られていたからだ。部屋にはタオルを敷いた飼育ケージが積まれていた。食べられる予定だったであろうハツカネズミたちが、楽しそうに回し車を駆けている。
布団の上に、雲上は横たわっていた。俺の空っぽな言葉に心から喜んだ頬、野犬を可哀想と助けた、優しい口元、美しい左腕の葉紋。この、美しい翠色が雲上を苦しめてきた。俺の醜い、煤け色をした菌糸のように。
雲上の葉紋へ、菌糸を這わせる。この世の何よりも美しい翠色が、俺の菌糸に蝕まれていく。瑞々しい蔦の葉模様が霞んで、生命を吸い取られた亡骸にもう、翠色は残っていなくて。全部、俺が食べてしまった。あの美しい翠色は、俺が食べなければならなかった。
葉紋が砂と化しても、俺にはどうしても、雲上が美しいままに思えた。初めて触れた肌はひんやりと死んでいて、それなのに、禄に会話もしなかった唇が、まだ、赤くて。紅くて。
雲上の唇に、そっと唇を重ねた。
この美しさを、 “食べ、食べられる循環”に、連れていかなければ。
俺は雲上の唇に喰らいついた。どんなに優しい羽毛よりもずっと柔らかい。流れ出す血が紅くて、一滴も残さぬよう啜った。甘い、生命の香り。喉を通り抜けて、俺の胃袋が優しく温まる。
頬も、首も肩も胸も、腹だって、足だって全部。最後に左腕が骨になるまで、俺は雲上を食べ続けた。後は、いつかどこかで、俺が誰かに喰われればいい。
それまでは、喰らったあんたを糧に、生きていくよ。
「ごちそうさまでした」
翠に焦がれるギンリョウソウ @HanakusaSele
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