循環
あのまま早退し、今日は学校へも行けなかった。両親には風邪と偽って、頭を抱えている内に日が沈んだ。何度も、何度も雲上の笑みが思い出された。目の前で行われた食事が、本来の“食べ、食べられる循環”としての食事が、何度も。
俺も結局、ノルシア教の唱える正義に身を委ねていたんだ。生命を奪う事を、拒絶したんだ。
共働きの両親はもうしばらく、帰ってこないだろう。そんな夜の入り口に、チャイムが鳴る。担任の声だ。
「具合は大丈夫ですか?」
「全然、平気です」
「大事な話なので、落ち着いて聞いてくださいね」
担任は沈んだ声で、彼自身が平静を保つので必死とばかりの様子だ。鞄から、丁寧にしまわれた封筒が取り出される。
「昨日の夜、雲上くんが亡くなりました。自殺です」
「自殺って、まさか」
あり得ない、とは言えなかった。俺が逃げ出した時の、あの、砕け散ったような雲上の表情が脳裏を過ぎる。
「遺書には、さようならとだけ書かれていたそうです。ご両親が発見された時には既に、亡くなっていました」
「そ、それで、俺に何の用ですか?」
「滝沢くんは、雲上くんの数少ない友達でしたから。雲上くん、君が引っ越してきてから家でもずっと、君の事を嬉しそうに話していたそうですよ。それで」
封筒が差し出される。
「雲上くんのご両親から、葬式に来てほしい、と」
震える手で封を破ると、葬儀の案内が入っていた。明日だ。
「どうして亡くなったのかは分かりませんが、彼のためにも」
「は、い。先生、届けてくれてありがとうございます」
「君も、数少ない友人だったでしょう。どうか気を落とさずに」
「大丈夫です。雲上くんのご両親に、出席すると伝えてもらえますか?」
「分かりました。大丈夫。きっと、ノルシア様の優しさが雲上くんを抱きしめてくれます」
担任が家を出て行くと、外はすっかり夜だった。ちらつく星が、何よりも、自分自身が、一切が許せなかった。
星夜の静寂に、頭が冷えていく。雲上は夜という檻に捕まっている。ノルシア様に捕まっては、“食べ、食べられる循環”に、雲上は混じれない。ノルシア教では地華で花咲く葉紋のために、遺体を種子の殻に見立てた棺へ閉じ込める土葬が一般的なのだから。
俺は、雲上が夢見た悪しき正義を今度こそ、貫かないといけない。
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