第7話
(魔獣討伐には2年かかって、先生が戻ってきた時には侯爵家の全権はお父様の手に渡ってたのよね)
過去に思いを馳せるカティアは今、ウィリアム…ヴァイスと一緒に馬車に乗ってる。彼が乗ってきた馬車で後方の馬車にはカティアが侯爵邸から持ってきた荷物が詰め込まれてる。
何でこんなことになっているのか。
あの後ヴァイスは国王陛下からカティアとの婚約と身柄を引き取ることの許可を得たと告げた。
結婚前から相手の家で暮らすなんて外聞がどうのと煩い父を黙らせ、呆然とするカティアの荷物を纏めに部屋に向かった。
その途中で出交わしたニナがヴァイスに気づき、その美しさに目を奪われダニエルより彼が良いと恐ろしい事を言い出しヴァイスに近づこうとした。その瞬間ニナの腕が凍り付き、一切の温度を感じさせない冷ややかな目で「勝手に触るな、カティアを痛めつけたその腕、砕いてやっても良いんだぞ」と脅すとパタン、と気絶してしまったのだ。
あれよあれよという間に荷物を詰め込んだヴァイスとカティアは彼の暮らす屋敷へと向かってる途中。
「あのウィリ…ヴァイス殿下」
「ウィリアムで良い。こっちの方が馴染んでるんだ。この顔と名前では色々と面倒ごとが多くてな」
大きく溜息をついたヴァイスから今までの苦労が伝わってくる。聞いた話ではヴァイスを次期国王に、という派閥が彼を担ぎ上げようと企んだことがあるという。それ以来彼は表舞台に出る事を辞めたのだと。
「ウィリアム」は何のしがらみなく過ごすための姿なのだろう。
「…色々言いたいことはありますが、結婚とは…?」
「迎えに行くと言っただろ、もう兄上から許可を貰ってる。嫌がっても無駄だから諦めてくれ」
「嫌ではないですけど…教え子だからとここまでしてもらう理由が」
「実はな、世間話で前侯爵からはカティアの婿にという話をされていたんだ」
思いもよらぬ事実にカティアは瞠目する。
「父と前侯爵は古い知り合いでね。王宮に居づらかった俺を時々預かってくれていたんだ。因みにカティアの父親は既に家に寄り付かなかったから、このことは知らない」
祖父が彼を講師として連れてきた理由がやっと分かった。
「婿と言ってもカティアのことは妹としか見てないなかったからやんわりと断ったんだが…前侯爵夫妻があんなことになり帰ってきた時には全て終わっていた。せめてカティアを保護しなければと思ったが君は侯爵家を守りたいからと断った。それからあんな目に遭いながらも直向きに努力するカティアを見守るうちに、自分の気持ちが変わってることに気づいたんだ。カティア」
徐にヴァイスがカティアの頬を両手で包む。
「俺はカティアのことが好きだよ、妹としてでは無く。急にこんな事を言われても困るだろうけど、知っていて欲しい」
「…です」
「ん?」
「わ、私もウィリアム先生のこと好きです、だ、男性とし…っ!」
言い終わる前に力一杯抱きしめられる。必死で胸板を叩いているうちに解放された。
「し、死ぬかと」
「ごめん、つい」
「程々にしてください、心臓持たない」
「…善処する…」
変な間が空いたことは気づかないふりをした。
「あ、領地のこと心配だろうけど直ぐ片付くと思うから安心してくれ」
「片付く…?」
そう言ったヴァイスの笑った顔がゾッとするほど美しく、そして恐ろしかったがカティアは敢えて訊ねなかった。
その後、懸念の通りロバートを追い出したニナ達の杜撰な領地経営と浪費により領民の不満は膨れ上がり、重圧に耐え切れず逃げ出すことになった。領地を放って逃げ出した罪は重く、領主としての権限を剥奪されて2人仲良く平民になったと聞いた。
父も横領がバレて投獄、義母は行方が分からなくなった。侯爵領は一時的にヴァイスが派遣した管理人が運営することに決まり、ゆくゆくはカティア達の子供が継ぐことになるのをまだ知らない。
婚約破棄されましたが、初恋の人に求婚されました 有栖悠姫 @alice-alice
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