第10話 これから

「リーゼ卿まで駆り出させるなんて……大きな貸しだからな、ユーゴ」

「ハイハイ、今度何かワインでも送っとくから」

「そんなことで済むか、馬鹿者」


 クロムウェル公爵が再度蹴りを入れようとするのを、ユーゴがひょいっと避ける。すると、その様子を見ていたリーゼ卿がおかしそうに笑った。


「本当に、愉快な皇子様だこと」

「あの…リーゼ卿にまでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」


 恐る恐る謝ると、リーゼ卿はきょとんと私を見つめた。何もかもを見透かしているような、エメラルドグリーンの瞳が私をのぞき込む。


「あら、謝る必要なんてありませんのよ」

「しかし…」

「あなた、これからすごぉ~く苦労なさるわよ」


 にっこり微笑んだリーゼ卿に恐ろしい予言をされて、私は思わずその場に固まる。


「え…っと…?」

「あの皇子、これから権力争いに巻き込まれて、散々暴れまわったすえ、最終的にかの国の皇帝になりますわよ」

「……はい?」

「あなたも皇后になるまで、紆余曲折ありそうですわよ。覚悟はよろしくて?」


 ―――全然よろしくないです。

 そう思いつつ、私は隣に立って嬉しそうに笑っているユーゴを見ていると、何もかも受け入れようという気分になってくる。

 もう会えないと思っていた。もうあきらめようと思っていた。その人が、あまりに思いがけない形ではあったけど、私を救いにきてくれた。――そして、一生を共にしようとしてくれている。

 これ以上に、何を望むことがあるだろうか。


「ええ、覚悟、できました」


 力強くうなずき返すと、リーゼ卿は澄んだグリーンの目を輝かせた。


「あら、とっても素敵な皇后さまになりそうだわ」

「まったく自信はありませんが、できる範囲で頑張ります…」

「何を頑張るって?」


 ユーゴが唐突に会話に割り込んできたので、私は思わず顔を赤らめて、彼から目を逸らす。


「教えない」

「なんでだよ、これから夫婦になるんだぞ俺たちー!」

「夫婦にだって秘密くらいあるでしょ」

「生意気なっ…!」


 そういったユーゴに、ふいに背中から抱きしめられて、私は驚いて動きを止めた。耳元のすぐ上に彼の吐息を感じて、心臓がドキドキうるさい。


「大丈夫?俺かなり強引だったよな?断りにくい状況だと思うけど、結婚したくなかったらちゃんと言えよ。悪いようにはしないから」


 思いやりに満ちた、優しい声だった。ふと、背中越しに感じる彼の心臓も、ドキドキと大きく脈打っていることに気づいた。私はふふっと笑って、彼を振り返る。


「回復魔法を使える人なんて、学園の中にたくさんいるでしょ。特に研究科には、あなたより回復系に強い人もゴロゴロいる」

「…まあ、そうだけど」

「その中で、私はあえて、わざわざ、あなたに頼んだの。……つまり、そういうことよ」


 ふーん、とユーゴがそっけなく答える。だけど、私を抱きしめる腕に、力がこもったのを感じた。それがとても心地よくて、嬉しくて、私は彼の腕にそっと自分の手を添える。


「おーい君たち、これで話は終わりじゃないからな」


 抱き合っている私たちを見て、クロムウェル公爵があきれたような顔を向ける。


「これからアンジェローゼ伯爵夫妻も一緒に、王宮へ登城していただきますよ。国王陛下に顛末をご報告しなきゃなりませんからね。あ、それからリッチー子爵との婚約書も忘れずにお持ちください。破棄の手続きをしますから。リーゼ卿も、王宮で正式な鑑定書を書いていただきますからね。当然おまえも来るんだぞ、ユーゴ。国王陛下にはおまえから直接御礼申し上げるように」

「……そのへんすっ飛ばして、嫁さんだけハンデンス帝国に連れて帰ってもいいかな?」

「いいわけないでしょう」


 それからはもう大変で、クロムウェル公爵の指示を受けて、両親と一緒に慌てて書類をそろえたり、登城の身支度をしたりとバタバタだった。なんて日だろう、と思いつつ、私は改めて実感する……――これからはずっと、ユーゴと一緒にいられるんだ。

 ユーゴは公爵に言われて、仕方なく何かの書類にサインしている。そのふてくされたような、でも状況を楽しんでいるような深紅の瞳を見つめて、私は幸せをかみしめた。


 彼のそばにいると、これからも何かと驚くような事件ばかりなのだろうけど……それでも、何があっても、きっとうまくいく気がする。

だって、私は心から愛する人に嫁ぐことのできる、世界一ラッキーな花嫁なのだから。

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魔法科の天才留学生に、処女をもらってほしいと懇願した結果 @akagawayu

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