なろう系の読者は「特別ではない自分には価値がない」と思っている
「なろう系の読者は自分に甘い」
よく、そんな事を言われているのを耳にする。
それは、確かに一面を見れば正しいだろう。
彼らはどんなに醜い自分でも肯定しようとする。
そして、自分を心から溺愛してくれる人間を直ぐに夢想する。
なろう系小説の中で書かれる王子様や奴隷の少女は、まるで心の病院の先生かのように、何処までも甘く優しい言葉をかけてくれる。
しかし、あくまでそれは一面でしかないと筆者は思っている。
彼らはある意味で言えば、恐ろしい程に、自分に厳しい。
なろう系の主人公は、失敗する事が絶対に許されない。
それは、素人小説で鬱展開なんて見せられても困るとかそういうのもあるだろうが、それだけではない。
前話で解説した通り、なろう系小説にはえてして、「俺はクズだけどクズじゃない」というテーマ性が込められている。
読者は「本当はクズではない自分」を見たがっている。
なので主人公が何かを失敗すると、そのなろう系小説では、最も肝心なテーマ性が損なわれてしまう。
「君だって人間だろう?」
「ならば、時々失敗だってするだろう?」
「そもそも本当は、君は別にそこまで特別な人間でもないだろう?」
そういう事を言われた時。あるいはほんの少しでも、言われているように感じてしまった時、(純度の高い)なろう系の読者は凄い勢いで怒って、萎える。
そして、さっきまで自己投影をしていた筈のなろう主人公を、一瞬で切り捨て始める。
なろう系の主人公が何かを失敗した時の感想欄は、こんな感じの空気になる。
「こんな簡単なミスをするなんてありえない」
「何時までも成長しなくてイライラする」
「期待していたのに情けない」
「もう少し、しっかりして欲しかった」
単なる展開への否定意見ではなく、主人公自身への否定意見が来るようになる。
実はなろう系の読者は、少しでもその小説に冷めてしまった瞬間、平然となろう系の主人公を叩くようになる。
それは要するに、読者からこう言われるようになるのだ。
「俺はお前じゃない」
彼らは確かに、直ぐに自分を甘やかそうとする。
しかし決して、彼らは自分に優しい訳ではない。
何かを失敗した自分を、特別な人間ではなくなった自分を、彼らは全然許せない。
現実的に考えれば、人は幸せになりたいなら、上を見過ぎない方がいい。
そこそこの事に幸せを感じないといけない。
身の程を弁えないといけない。
そうしないと、何時までも幸せの青い鳥は見つからない。
世界に一つだけの花、という歌がある。
その歌の中では、歌詞を通じてこんなメッセージが描かれている。
「僕たちは元々世界に1人だけの人間なんだよ」
「一人一人違う良さを持っているんだよ」
「だから、別に特別な人間になんてならなくてもいいんだよ」
「ナンバー1にならなくてもいいんだよ」
「僕たちは元々が、特別なオンリー1なんだよ」
現実的に考えて、無能な人間である程この考え方を受け入れた方が良い。
間違いなくこれが、能力のない人間がそれでも幸福になる為の、現実的な折衷案だ。
しかし、なろう系の読者は何故か、この考え方を全然しない。
彼らは常にチートを求める。
自分だけのハーレムを、自分が一番である溺愛を、自分が誰よりも特別な存在である事を、彼らは異世界の中に求め続ける。
改めて言っておくが、なろう系は決してヒーローの物語などではない。
特別な使命を帯びた人間の話でも、特別な夢を抱いている人間の話でもない。
(なろう系では基本的に、主人公が世界を救いたいなどと宣い始めれば、読者から「俺は人助けなどしたくない」と顰蹙を買う)
あれはただの、頭も心も志も並み以下である現実の読者自身が投影された、一人のどうしようもないクズを描く為の物語だ。
それなのになろう系で紡がれる物語では、平然と、まるで自身が少年ジャンプの英雄譚であるかのように、それがもはや当然の事であるかのように、「主人公が一番」になっていく。
…別に筆者は、その事のリアリティを問いたい訳でもない。
当たり前だが「無能がいきなり覚醒するなんておかしい」なんて指摘は、現実と空想を混同しているだけの難癖だ。
ただ筆者が常々思うのは、「それが本当に面白い話なのか?」という事だ。
確かに妄想の中では、彼らは簡単に一番になれる。
しかし小説を読み終えれば、彼らは現実に帰らなければならない。
そして、その妄想の中の自分が特別であればあるほど、現実に帰った時に受ける傷は大きくなる。
「俺は本当は凄いんだ」
そう言えば言うほど、後になって跳ね返ってくる。
「凄くなければ、俺には価値が無いんだ」
そういう気持ちが。
「本当の俺の力を見せてやる」
そう言って異世界でチートを振り回せば振り回す程、その刃は現実の自分に突き刺さってくる。
「本当に本当の自分には、そんなものなんて別にない」
そんな現実が、余計に惨めになっていく。
何故、それなのに彼らは「ダメな自分を許さない」のか。
彼らだって世界に一つだけの花の筈なのに、それらのに僕ら人間は、どうしてこうも比べたがるのか?
筆者はそれを、やはり結局は、なろう読者の頭と性格が悪いからだと考えている。
「ナンバー1ではなくオンリー1でいいや理論」
この理論を受け入れる為には、実は2つの能力がいる。
1つ目は、自分が一番になれない事を理解出来る頭の良さ。
2つ目は、他人もオンリー1である事を受け入れられる性格の良さ。
なろう系の読者は、はっきり言って、この2つの能力がどうしようもなく欠落している。
心理学の世界には、ダニング=クルーガー効果というものがある。
簡単に言えば、「頭が悪いほど自分がバカな事に気が付けない」という現象だ。
おそらく、なろう系の読者は、自分が1番になれない理由を心の底から理解出来てはいない。
自分の人生に納得感がないから、様々な事にイライラしてしまっている。
何故自分はこれほどまでに敬われないのか。
何故他人ばかりがあれほどまでに成功するのか。
そんな事が深い所で分かっていないから、「俺も本当はやれば出来る筈なんだ」と考えていて、その結果歪んだ自己愛を拗らせ続けている。
異世界に行ってその人が周りから褒められる量と、その知能は、悲しい程に反比例している。
また、彼らは他人が自分に並ぶ事を許せる程、心も広くない。
金があれば、独占したい。
チートがあれば、自分だけがそれを使いたい。
王子様がいれば、自分だけを見て愛して欲しい。
例えそれが分不相応な願いなのだとしても、彼らは自分だけの幸せを願いたがる。
「ありのままの自分でいいなんて、そんな言葉は怠け者の戯言だ」と言う人達がいる。
けれど筆者は、全くそんな事は思わない。
ありのままの自分を受け入れる事は、実は全然楽な事なんかではない。
自分がどのような人間なのかを理解する事は本当はとても難しく、自分らしさを受け入れる為には必然的に他人らしさにも寛容にならなければならない。
ダメな自分を許してあげる事は、憎き追放者を許してあげる事と同じくらい難しい。
他人に優しくなれない人間は、自分にも優しくなれない。
本当に怠惰な人間は、ありのままの自分も愛せない。
だから、彼らは1番でないといけない。
自分が。自分だけが。自分こそが。
それはおそらく、幸福になるのがとでも難しい状態である。
しかし、なろう系の読者がそんな状態でいる事は、なろう系の作者にとってはとても都合がいい。
何故なら、彼らがナンバー1を夢見てくれているから、彼らの中には劣等感がある。
劣等感があるから、イライラしてくれていて、周囲を見返したいと考えてくれている。
そんな人間であるから、タイトルにチートやざまあと書くだけで、簡単に素人の小説を読んでくれる。
自分が世界に一つだけの花だと気が付いてしまった瞬間、きっと彼らはもう、さもしいなろう系小説なんて読んではくれない。
「異常者ではないがチョロくもない人間」に、なろう作家は用はない。
だからなのか、なろう系の作者はそれを止めない。
「もっと身の丈に合った幸せを探した方が良いんじゃない?」と、作品を通じて伝えてあげない。
もしかしたら、なろう系の作者もまた、単に同類だからそれをおかしいと思わないのかもしれない。
あるいは、どうせ説教などしても顰蹙を買うだけだから、周りに出し抜かれないようにテンプレにしがみ続けているだけなのかもしれない。
しかし、なんであれ、なろう小説はなろう読者の事を煽り続ける。
うだつの上がらない人間に向けられた話である筈なのに、ナンバー1こそが価値があるのだと言い続け、君にはそうなれる資格があるという言葉を囁き、顧客をそこに繫ぎ止め続けている。
資本主義社会では、人の欲求を煽った人間が金を稼ぐ。
バブル時代に、軽井沢に別荘を持つ事が恰好良いと言って回った営業マンは、当時さぞ儲かった事だろう。
そして、欲求を煽られるのが好きな人間である程、財布の紐というものは緩い。
タイトルでコンプレックスを煽られ、あらすじでその解消を煽られ、異世界で最強になって、彼らは今日も、特別ではない自分の事を否定し続けている。
筆者は、自分の事があまり好きではない。
けれど、ありのままの自分を愛せるようになりたいとは思っている。
しかし、なろう系の読者である彼らは、おそらくもはや、本当の自分というものを誰かに理解されたいとすら願っていない。
異世界の王子様やお姫様は、なろう系主人公達の事を誤解してくれる。
君は本当は素晴らしい人間なのだと。
君は本当は誰よりも愛される資格のある人間なのだと。
そんな、嘘の本当の自分を今日も見つめ続けてくれる。
そして、それを画面の外から見ている人達も、今日もまた、自分は本当はナンバー1なのだと自分に言い聞かせ続けている。
何時まで自分を苦しめるのだろうかと、思ってしまう。
あの人達のあの悲しい妄想は、web小説界隈という場所を巻き込んで、これからも永遠に続いていくのだろうか。
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