第29話

 タクシーの中、翔平は杏子の手をしっかりと握りながら外を見ていた。車は首都高速から第三京浜に向かい、その後は逗子を目指している。


「ねぇ、翔平。 Afro Blueの録音だけど、彩子のピアノを入れたいかも。」


「あぁ、彩子のピアノなら入れても良いね。あとさ、俺、フルートできるって知ってた? 賢三に任せてたけど、俺もできるんだ。だから、ペットじゃなくてフルートいれるよ。それでも彩子のピアノ欲しい?」


「翔平はフルートもできたのね? なぜ黙ってたの? 」


「誰も聞かなかったし。。。賢三が頑張ってたからいらないと思った。彩子のピアノは今度入れてみようね。今日はいらない。今日は杏子ちゃんと俺だけでいい。」


「彩子はセンス良いし、翔平とデュオ組むのは最適だと思うよ。彩子のこと好きでしょ?」


「うん、俺、彩子のことは好きだよ。この前セックスしようぜって言ってみた。相性良さそうに思うんだ。でも、すごい嫌な顔してた。なんでだろう? 冗談に思ったのかもしれない。。。」


「おいおい、、、ダメじゃん、みんなの前で誘ったんでしょ?。。。(笑)彩子も恥ずかしかったと思うよ。」


「なんで? なんで恥ずかしいの? 俺は平気。でも、彩子は杏子ちゃんみたく色っぽくないんだよな。。。俺、女は完成されている方が好きなんだ。彩子は未完成だと思う。以前に彼氏いたはずなのにな。。。彩子はエロくないんだよな。でも、彩子のピアノはエロい、凄く良い。」


「彩子とは、もっともっと話すべきよ。私も彼女のお陰で、トラウマ克服が早まったと思ってるの。感謝してる。彼女が隣でピアノ弾いてくれていると、歌っても良いんだという気分になれた。賢三の存在とは別物。」


「杏子ちゃん、俺はね。。。杏子ちゃんに感謝してるよ。でも、同時にね、すごく好きなんだよ。賢三が早く諦めてくれないかなって願っているんだ。でも、俺は賢三も好きだからな。。。約束したしな。。。アイツは俺から杏子ちゃんに触ったら怒るだろうな。。。杏子ちゃん、、、今は許してくれないかな? 触っちゃダメ? 優しく触るから。髪を撫でたらダメ? そっとするから。。。」


「翔平は賢三と約束したんじゃなかったの? 私はこの先何が起ころうと、賢三の女なのよ。。。でもね、こんな私でも、翔平に好きでいてもらえるって、嬉しいよ。」


「俺さ、杏子ちゃんなら、もしも賢三よりも先に俺と出会ってても、すごく好きになったと思うんだ。誰かの彼女じゃなきゃ欲しがらないと言われるけど、出会った人たちで、たまたま、好きだと思えた人が人妻だっただけ。。。たまたまだよ。誰でもいいわけじゃないんだ。俺って、すごくうるさくて妥協しないんだ。誘われて感じの良い子ならセックスはするよ。嫌な子とはしない。杏子ちゃんはね、すごく好きなんだよ。。。」


「私ね、翔平と賢三が演奏する『ハンニバル』を聴くのが大好きなの。マイルスとレーンの再来にも思えるくらい。私が賢三の女でいることが一番良い『ハンニバル』を聴けると思っているのだけど、違う??」


「うん、そうかもしれない。。。賢三は杏子ちゃんに関しては、俺に寛大じゃないし、杏子ちゃんが俺のものになっちゃうと、アイツがサックス吹けなくなることもありそうだよね。。。それじゃ困るよね。。。それじゃ困るんだよ。でも、俺、杏子ちゃんが好きなんだけど。。。どうしたらいいか分からないんだ。。。」


 翔平の表情はいつもの飄々としたものがなかった。薬が作用しているとは思えないが、目はあまり定まらないし、虚ろだ。精神的にかなり切羽詰まった感じがする。流石の杏子も、若干の危機感と絶望感も湧き始めた。それでも、冷静に振る舞い、翔平を見守った。タクシーの中で杏子の手をずーっと握りしめている翔平だった。杏子はそれは拒否しなかったし、翔平の頭から頬をそっと撫でてあげていた。翔平は口角が上がり、少し幸せそうな顔をして、頭を杏子の肩にそっと持たれかけたが、それも杏子は拒否しなかった。『心配ないわ。翔平は私が嫌がれば無理になにかしようとしない』杏子にはそれが良く分かっていた。 外は海が見え始め、道路の感じから逗子だと分かる。イヤホンからは70年代のソウル、The Whispers の "And The Beat Goes On”が流れていた。つま先でリズムを取り、自分の心音を紛らわせた。ほどなく、翔平の家に到着した。

翔平はニコニコと嬉しそうだ。それでもちゃんと杏子の歩調を気遣っているのが分かった。 庭はきちんと手入れされている。嶋田さんが一切手を抜かずに手入れしているのだとわかる。翔平はそれを感謝しているのだろうか?


「寒くなったし、家の中から海を見ようね。コーヒー飲む? 紅茶が良い? 俺がいれるからね。コーヒー豆はね、コロンビアしかないや。。。ミルクは嶋田さんがいつも2日に一度、新鮮なのを買っておいてくれるんだ。滅多に帰ってこないから、ミルクの減り具合を確かめて、自分たちが古い方を持って帰るんだよね。優しいんだよ、嶋田さんは。」


「コーヒー淹れてくれる? ミルクも入れてもらおうかな。」


 杏子は窓辺のソファに腰を下ろした。海を見渡せる大きな窓は、開ければ広々としたベランダに続く。ソファに座っていても海が見渡せるように、ベランダのフェンスは枠のない硝子でできている。ソファの脇には猫足つきのバスタブがある。何をとっても贅沢な作りだ。 翔平は大きなブランケットを肩にひっ掛け、コーヒーマグを2つ持ってきた。


「寒いといけないしね、これをかけようね。はい、コーヒー。」


翔平は、まるでコタツに入ってくるように、ブランケットの中に入ってきた。海を見ながらブランケットに包まって温かいコーヒーを飲む。。。素敵なシチュエーションだと思う。相手が賢三だったら、自分から彼の肩に頭を持たれかけて、甘えていただろう。今は、翔平が体をピッタリと着けて、コーヒーを飲んでいる。嫌な気はしない。


「ねぇ、翔平、Irresistible Bliss を吹いてよ。私だけに聴かせて!」


「もちろんだよ、杏子ちゃん! いつも杏子ちゃんのことを考えながら吹く曲だもの。眼の前で吹くって最高! 待ってて、バックのプラチナモデル持ってくるよ。杏子ちゃんのために、顔を見ながら吹けるんだから、V.Bachのコパーベルがいいよね。あのベルに映り込んだ杏子ちゃんと賢三は、最高に美しかったんだ。目に焼き付いてる。今日はあれに杏子ちゃんの優しい顔を写り込ませるよ。俺、興奮しちゃう。」


 そう言って、翔平は音楽室にバックのトランペットを取りに行った。どうしよう・・・みっちゃんにメールしておこうかな

。。。 でも、翔平を信じてあげてもいいかもしれない。ただ、自分がしっかりと立っていられるかどうかも最近は不安がある。賢三と比べると、翔平は細くて華奢な体つきだから、支えてもらえないかもしれない。。。 部屋の中には薬もお酒もないし、翔平から、あの薬をやっている人間の独特の匂いはなくなっている。


「お待たせね。 これが俺の一番のトランペット。前に来たときにも見せたけど、触ってみて。」


翔平は嬉しそうに杏子へトランペットを渡した。触って欲しいというのがよく分かる。


「きれいなシルバーね。私これをずっと『バッハ』って読んでた。アメリカでバックとは言うけど、それはアメリカ人が、英語読みしているからだけだと思ったけど、バックでいいのね?」


「そう、バックっていうんだ。多分オーストリア人が米国に渡ってから作ったんだよ。良い音なんだ。今、ルーパーも持ってきたから、リズム取って吹けるからね。見ててね。」


翔平はIrresistible Blissを吹き始めた。美しい。。。 わざと杏子がベルに映るような位置まで来て、そこをじっと見つめて吹いている。すると、翔平が涙を流しているのがわかった。その涙は月の光に反射して幻想的で、翔平の端正に整った顔をより美しく見せている。杏子は思わず見とれてしまった。そして何よりも翔平のトランペットはソロで陶酔できる。賢三が腹を立てても翔平と絡んだ演奏がしたいと思えるのが理解できた。心底酔える翔平のトランペットソロ。。。いつまでも聴いていたくなる。さて、どんな話をしようかな。。。今まで、美津子や綾子に任せっぱなしだったけど、今の状態の私でも、せっかく救い出した翔平を薬や酒にはしらせることもないし、翔平の性癖を知ってはいるけど、まさか、こんな病気があると知っててなにかして来るほどバカな子ではない。大丈夫、大丈夫。


 翔平はベルに映りこんだ杏子を見ている。心なしか、口角が上がり、優しい顔をしている。今ここには杏子だけがいるんだ。杏子だけが自分のお気に入りの部屋にいる。賢三とは約束があるんだ。。。でも、自分は杏子を怖がらせたりしないし、虐めない。嫌なことはしない。自分は知っている。杏子はいずれ動けなくなってしまうこと。。。そして、死んでしまうこと。。。嫌だ。動けなくてもいいから死なないで欲しい。動けなくなったら賢三は杏子を手放してくれるかも?? じゃぁ、もしも自分が杏子ちゃんよりも早く死んでしまったら、そしたら、虹の橋っていうところのゲイトで、待っててあげる。待っててあげる。寂しくならないようにね。だって、賢三は一緒に来てくれないでしょ?  翔平はトランペットをテーブルの上に縦に置いた。ベルに杏子が写っていることを確かめる。ゆっくりと部屋のホームバーのところに行き、冷蔵庫からカシスジュースを出して、洒落たグラスに注いだ。ホームバーといっても、すでにアルコールの類はすべて嶋田さんが処分してしまった。冷蔵庫には大量のミネラルウォーターとスパークリングウォーター、そして、いくつかの濃縮ジュースとグリーンミントのシロップが入っていた。オーディオのあるところに行き、何をかけようか迷っていた。。。金管楽器の入らないもの。。。ビル・エヴァンスにしよう。 カシスジュースを持って杏子のところに来てみると、彼女は遠く、月の光でキラキラと輝いている海を見つめていた。杏子の横顔は自分が欲する全てのように美しく、目の輝きも見えている。翔平は嬉しくてたまらなかった。ふとトランペットを見ると、自分と杏子が一緒に映っているのがわかり、グラスを置いて、杏子の膝にかけているブランケットの中に入った。


「はい、杏子ちゃん、カシスジュースだよ。なんか、カンパリソーダみたいでしょ? お酒は入ってないから、飲もう!」


「あら、きれいな色ね! 私も翔平もお酒は無しよね。じゃ、乾杯しようね。カンパーイ!」


 翔平は杏子の肩に頭を持たれかけ、甘えてきた。杏子は嫌がらなかった。この程度のことはアメリカで仲良しの男の子とよくやってたことだし、なんらおかしいことじゃない。自分の夫より1つ上でも、まだ自分よりは年下。可愛い弟と言えるかも知れない。ただ、こういうのは全て美津子さんにお任せしておいたのだ。翔平には包みこんでくれるような愛情が必要だというのが、よくわかっている。私はこれをアメリカの親友、セイラの家族から習った。セイラのお兄さんは、誰もが頼るような大きな存在だったこともあって、包みこんでもらう側ばかりで、みんなが『彼なら大丈夫!』と高を括っていた。彼の苦しみを誰もわかってあげなかったから、薬に走り、オーバードーズという後悔しきれないような原因で亡くなってしまった。杏子はその悲しみと現実を目の当たりにし、セイラの親友として寄り添った。だから、翔平を彼に重ねることはないが、薬や酒への依存は手に取るように分かる。セイラが翔平と出会ったときに一発で見抜いたのは納得がいく。杏子もセイラも、敏感だった。美津子さんは本牧という土地柄、何人か、その泥沼に入り込んだ米兵と、その家族や恋人を客観的に見てきた。だから、どんな事情があれ、包み込む愛情が如何に大切かを知っている。翔平は特殊だということもよくわかっているが、彼もまた、十分な愛情が足りず、他者の私欲に弄ばれた被害者でもある。美津子さんは翔平を『愛おしい』と言ってくれている。それを夫である陽介さんも黙認している。そんな信頼できる夫婦がそばにいてくれて、杏子は心底ホッとした。翔平を救いたいと思ったからだ。更には理解ある賢三という夫がいること。自分は幸運だと思っている。 でも今、自分はもう、翔平を完璧に救うことができるかどうかわからない。自分の身体が言うことを聞いてくれなくなっている。みどり子は、もう自分のことだけを考えて欲しいと言ってくれた。でも、私なりに後悔をしたくないという気持ちが大きい。

 翔平は、少し積極的に腕を動かしてきた。このままだと、きっと上に覆いかぶさってくるだろう。。。


「翔平、見てあそこ! 月の光の下にキラキラだけじゃなくてなにか見えるの。。。わかる? なんだろうね??」


翔平はフッと手の動きを止めて、杏子のいう月の光の下を見た。そのキラキラが綺麗だということ、それを杏子と一緒に見ていることを歓喜した。そして、杏子を見つめ直す。彼女は自分を見ていないことに気づく。。。触られることを嫌がってないのに、見てくれない。。。そうだ、杏子は賢三との約束を知っているから。。。いや、それだけじゃない。賢三のことしか愛してないから、自分が何をしてもへっちゃらな態度をとるんだろう。でも、自分は杏子のことが大好きで、愛しているんだ。一方的なのだということはもうわかっているし、賢三のことも好きだから、賢三を怒らせたり悲しませたりはしたくない。。。でも、1ミリでいい、杏子が自分に振り向いて欲しい。翔平は心のなかで叫んだ。


・・・『俺だって、こんなに愛しているのに。。。』・・・


「杏子ちゃん、拒まないの? 俺、キスしてもいいの?」


「翔平、、、私ね、自分の体がどんどん思うように動かなくなっているの。。。すごく嫌だし、悲しい。でもね、頭の中だけは、しっかりしてるんだよ。いつも賢三のことばかり考えてる。愛しているのは賢三だけなの。だから、翔平を愛してあげられないけど、それでもいいの? ハグしてあげるし、キスもしていいよ。でも、私は愛する人としかセックスしないの。できないのよ。。。わかってほしい。。。」


「うん、知ってる。。。」


翔平は悲しそうな目をしたが、それは十分にわかっているという顔もした。 ここに来る前に買ってきた杏子のお気に入りの香水をとりだして、ソファとブランケット、そして、杏子の背中にかけた。そして、ゆっくりと彼女の頬を撫で、耳と項にキスをした。杏子は初めて目を瞑って、香りと賢三の姿を目に浮かべながら微笑んでいた。翔平は、少しずつ確かめながら、優しく杏子の髪を指で梳き、優しく唇にキスをした。スピーカーからは『Blue In Green』が流れていた。



 そのころ賢三はというと・・・


「お前たちさ、俺を困らせるためにこういう事やってんの? エロ本だけなら、よくあるだろうと思ってお偉い先生方が検挙件数を多くしたくて俺を派遣したのはわかるんだけどな。。。他校との交流はいけないことじゃないけどさ、これはないだろ?? ね、そこの子、自分の学校の方に行って話の分かる自分たちが一番信頼できそうな先生呼んできてくれない? その人の対応如何で、この修学旅行をぶち壊すから。本来なら君たちも含めて保護者に迎えに来てもらって強制送還だということ、その後は内申書がガタガタになる。わかるよな? はい、わかったら、ここに貴方の名前と担任、または連れて来る先生の名前書いて、急いで行ってきてくださいね。」


「おい、渡辺、お前さ、けっこう真面目で好青年だと思ってたんだけど。。。こういうのが進学にも影響するって知ってた?」


「先生、こいつら真剣に付き合ってんですよ。たまたまこの修学旅行で同じ旅館だとわかって、なんか、俺達も押したくなって、向こうの女子も数人一緒に来てもらったんです。実際、渡辺は何もしていないんです。」


「何もしてないわけ無いだろう? 断ることもしなかったということは、悪いことしたかったということだ。あのさ、俺は恋愛は自由だと思ってるし、17歳って俺自身も、ワイフにストーンと落ちちゃった年齢だからさ、ダメなんて言えないさ。ただ、場をわきまえろよ。問題になった場合は自分たちの将来にも影響するような場で、これはないだろう? 見ようによっては乱交だぞ。部屋に女連れ込むっていうのは、かなりのリスクだよな。。。俺のこと舐めているんだろう?」


「先生、すみませんでした。たしかに俺が嫌だということはできたのだと思います。それに、林先生は一番気がつかれやすいとも思いました。生徒の気持ちがわかるだろうから、隠せないだろうと。」


「じゃ、なんでやったんだよ?? ふざけるなよ。俺を困らせたいだけだったってこと?? それからさ、あなた、女子校でも、こういう注意はされてなかった? こういうことはけっこう女子のほうが大胆なんだよな。」


「私が悪いんです。渡辺くんと少しでも一緒にいたくて。。。どうしても一緒にいたくて。。。」


そこに相手校の生徒が先生を一人連れてきた。見るからに真面目そうな若い教師だった。


「私は、城北女子高等学校教諭 椎名百合子と申します。事情はこちらの生徒から聞きました。今回のこと、我が校の生徒がこちらに出向くという始末、心からお詫び申し上げます。」


「林賢三です。付き添いですが、実際は臨時の役割を担ってここにいます。東海高校、音楽専任教師です。彼らのクラス担任ではありませんが、日頃からこの学年の生徒たちとは懇意にしています。この度のこと、受け入れる側にも大きな問題はあったと考えています。」


椎名百合子は、堂々としている賢三に見惚れてしまった。長髪なゆえに、あまりにも目を引く外見だけではなく、物言いも潔く、自分の好みとほぼ合致するので、この場をどうしていいのかがわからなくなった。惚けてしまっていたので、女子生徒が彼女の肘を掴んだので、ハッと、我に返ったが、用意してあった言葉が口から出てこなかった。


「あの、椎名先生。 堅苦しく話すのが苦手なので、少し緩くさせていただきますね。 聞くところによると、この2人は他校とは言え、ここ1年恋人として付き合っているということです。ですから、この修学旅行が重なったことを楽しみにしていたのは仕方がないと思います。そして、周りの友人達が、色々とお膳立てをしていたというのが、説明からよくわかりました。どちらの生徒も、受験を控えた非常に大切な時期を迎えます。内申書に響くような問題は避けたいと思うのです。 

ご存知かどうかわかりませんが、我が校は偏差値も高く、進学率は98%という驚異的な数値を誇っていますし、生徒一人ひとりが、その重みをよく理解しています。そこに恋愛感情を交えてはいけないなんてことは、あまりにも理不尽であり、俺としては、そんなことで駄目になるような恋仲、更には成績降下などはありえないと思うのですが、いかがですか?」


「あ、すみません、惚けてしまっていました。 はい。仰るとおりです。偏差値としては我が校は東海高校の足元にも及びませんが、生徒の素行は非常に良好で、今までも進学、就職、どちらも良い成績を残しています。あの、、、私はこの生徒の私生活をよく知っています。純粋に恋していることもわかっているのですが、確かに今回のことは一線を越えています。保護者呼び出しと強制送還もやむを得ないと思うのですが、なにか違う方法で責任を取ってもらうようにはできないでしょうか? 」


「俺も、こんなことで最後の修学旅行を台無しにはしたくないとは思います。では具体的に何が責任を取らせることにできるでしょうか? なにかのボランティア活動ですか? どちらにしても、ここにいる全員で、連帯責任を取らせます。 では、まず、この旅行中は一切の接触は許可しない。今後の成績降下はあってはならず、今後の中間期末の全テスト、各科目70点以上を取ること。それが叶わない場合は、内申書に今回のことを書き、保護者に全部伝える。以上でいかがでしょうか? 今、この紙に書きますので、全員にサインさせます。血判はできないし、朱肉もないので指紋捺印は省略。2枚作って、お互い個人で保管するというのでどうかと。。。」


「はい、懸命なご判断だと思います。 よろしくお願いします」


「じゃ、椎名先生、しっかりと約束事項をこのノートに書いてください。 で、君たち並んで。しっかりとくっついてくれ。」


 賢三は、そう言ってメインの2人を並ばせて、自分のスマホで写真を撮った。その後、全員が並んで写真に収まり、最終的に賢三と椎名先生も入って記念撮影になった。賢三はピースサインをしている。。。そして、生徒たちは約束を守るという紙面に各自サインした。賢三と椎名百合子は連絡先を交換した。


「というわけで、大ごとにはしない。その代わり、一人でも約束破ったら、書いてある事項を実行するからな、覚悟しておけ! せっかくの恋人と巡る古都の旅は、大学に行ってからやり直ししてくれ。では、椎名先生、あとで写真を転送します。では女子全員連れて帰ってください。抜き足でね。(笑)」


「はい。本当になんて言ったらよいか。。。ありがとうございました。では、抜き足で失礼します。(笑)」


女子たちは帰っていった。賢三は部屋の男子を集めて座らせ、少し話をした。


「あのさ、俺も決してクソ真面目な高校生ではなかったけど、人に迷惑だけはかけないという心がけだけは貫いたんだ。女に興味がなかったわけじゃないけどさ、どうしようもないほど焦がれる恋に落ちたのは17歳だったから、お前たちの気持ちはよく分かるよ。相手の立場も考えないとな。とにかくこれ以上は勘弁してくれ。俺は臨時付き添いなんだよ。それでも、約束は守られなかった場合、俺は必ず有言実行すること、忘れるなよ。じゃぁな、三井先生に代わってもらいに行くぞ。あの人は俺のようには行かないからな。おやすみ。すっげー疲れた!」


 女子校の方は椎名先生が、賢三の名采配に感動し、更には、賢三にすっかり心奪われてしまった。女子生徒たちも、どうやらそれに気づいたようだ。


「椎名先生? どうかしましたか?」


「あ、いや、東海高校の林先生のやり方に感動しちゃって。。。怒って罰を与えるだけじゃなくて、大人としての圧力があって、良い理解者であるって、あの人みたいな先生かもしれないわ。。。私も頑張るから、みんな、どうか、節度を持った生活してね。約束は守ろう。林先生は、約束には厳しいと思うよ。私もそれは実行するからね。さ、みんな今日はしっかりと眠っておきなさい。くれぐれも他の生徒には話さないようにね。極秘事項です。自分たち以外にも沢山の人に迷惑がかかるからね。」


「ねぇ、椎名先生。。。林先生って素敵ですよね。。。でもね、彼、既婚者だそうです。ちょっと残念ですよね。。。」


「あら、何を言っているんだか。。。たしかに素敵な先生ね。結婚されていてもおかしくないね。ははは、残念、残念!」


正直なところ、椎名百合子はちょっぴりショックだった。。。 優良物件はどんなものも、誰かに先を越されて簡単に手には入らない。。。アパート探しで一度たりとも第一希望がかなったことがない彼女のコンプレックスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんなに愛しているのに。。。(杏子と賢三の物語) @k-n-r-2023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ