第28話
「初めまして、西田由貴夫と申します。東海高校では古文教師で、書道部の顧問を担当しています。23歳、独身です。ご主人の林先生には、大変にお世話になっています。私のほうが若干年下ではありますが、彼は先輩風を吹かせることもなく、同じ立場として扱ってくださる寛大な方ですね。奥様も、どうか、今後とも、よろしくお願い致します。」
『はじめまして、林の妻、杏子と申します。良くお越しくださいました。どうぞ、リラックスしてください。私は、ちょっと持病があるので、屋内でもクラッチを使うことがありますが、どうか、お気になさらず、お願いします。」
「はい。私は、全く気になりません。どうぞ、いつものようにお過ごしください。林先生といっしょに何でもやります。」
「西田先生はなにか楽器を演奏なさいますか?」
「私ですか? いや、そのぉ、、、カスタネットかタンバリンなら、少し。。。(笑)」
「ははは、そうですか、なにかやってみたいというときは気軽に賢三に話してみてください。」
「はい、そうですね。いつか、なにか始めるときは林先生に相談しようと思ってます。今のところ、聴くのが専門ということで。。。林さんの学生時代のバンドのCDをいただいています。迫力ありますよね。私など圧倒されます。」
賢三と祖父母が、揃っておつまみとお酒を持って部屋に入ってきた。
「はじめまして、私ども、賢三くんの義祖父母でして、杏子の祖父母ではありますがまるで、血のつながった孫息子だと思っています。西田さんは、もしかすると、あの有名な書道家の御子息?? 何年か前に高校生の天才書道家とニュースで見た西田由貴夫さんなのではないですか? お目にかかれて幸せです。」
「あ、そんな時代もありましたが、あれは、あくまでもまぐれ当たりで。。。母は、書道家で色々やってますが。。。私は適当に。。。」
「え?なに??西田くん、そんなに有名な書道家だったの? だから教頭が書道部の顧問を無理やり押し付けてきたのか! なんか、納得した。俺は西田のことをただのスケベな古文の教師としか思ってなかったぜ。(爆笑)」
「なんと!スケベな古文の教師とは失礼な。。。 まぁ、確かに女性は、とっても好きですけどね。。。はい。」
「いやいや、お酒もお好きだと嬉しいのですが。。。」
「あぁ、西田君、うちの祖父ちゃんね、酒豪なんだよ。西田、大丈夫?? 酒?」
「ははは、お任せ下さい! 私は泥酔してもよさそうな量を飲んでも、どの女性と交わったかは絶対に覚えていますし、選択を間違えません。。。あ、 女性のいる前で、大変に無作法な話題を出してしまい、申し訳ありません。」
「うちの祖父ちゃんは、女は関係ないのさ。ばあちゃん一筋だからな。俺と同じなのよ。西田がそれほど好色男だったとはな。。。おみそれしましたぜ。タンバリンを担当させてあげるからな、喜べ!」
隣で杏子は爆笑が止まらなかった。この西田由貴夫という男は、絵に書いたように和風で、姿勢もよく、細身ながらも賢三を上回る長身で、飄々としているのが面白かった。文豪に見られたいから髪を伸ばすと言っているらしく、わざと組紐でポニーテールにしていくつもりらしい。今のところは、まだ賢三と似たりよったりのハーフアップしかできていないが、侍の髪の長さを目指すと言っている。
「髪の毛伸ばすのって、俺の影響だよな!俺、髪は清潔感があれば長くても良いはずって校長に談判してOK出したヒーローだしな(笑)でも、戦国武将も月代(さかやき)あるだろうし、剃るの? 落ち武者風ってことになるぞ(爆笑)」
「何を仰る! 月代など着けて落ち武者風などにはなりませんぞ! 落ちてないし。。。私はまだまだ明るい未来のある若教師。昭和までの文豪のようなむさ苦しさのないように清潔で美しく身を整えていくつもりです。 山本様、早速美味しいお酒をいただきます。杏子さん、御前での無礼、お許しください。」
杏子のお祖父さんは心底嬉しそうだった。お気に入りの一ノ瀬くんが毎年、美味しいお酒を送ってくれるので、早く本人が一緒に来ないかと待ちわびていたが、一ノ瀬くんも忙しい。特に彼女の絵美里と会う時間を大切にしているようだから。。。 あの2人もそろそろ身を固めるだろう。一緒に暮らしだして4年になるが、絵美里はアトリエに泊まり込むことが多かった。一ノ瀬は区切りをつけたいが絵美里の制作の時間を割きたくないと言って、なかなか結婚を切り出せない。同棲に持ち込んだだけでも相当の決断だったのを知っている。絵美里の親は籍だけでも入れてほしいと願っているようだった。一ノ瀬の親も、まだか、まだかと気を揉んでいるというから、早く籍を入れてくればいいのに。紙切れ一枚だけだし、夜間も受け付けると教えておこう。証人は、みどり子とクリスに習って賢三夫妻か山本の老夫婦がいいと一ノ瀬は思っているらしいのに。。。
西田と山本じいさんは、とんでもない量の酒を飲んだが、40歳以上の年齢差も何のその、楽しそうに爆笑しながら更に飲み続けている。おばあさんは、おつまみを持っていっていたが、話の内容が内容で、どうも居場所を失ったようで、賢三に任せることにした。聞いてみると、西田が高校生の頃、手のつけようのないほどの『猿』であったということだったが、流石に話し相手の山本のじいさんは、流されないで、上手に上品に相槌を打ち、笑いながら西田を慰め、激励しているではないか。。。
「私は、家柄が邪魔をしてなかなか正式に『彼女』という存在を得ることができませんでした。しかし、何と言っても女性が好きです。なのに、見つめるだけで、自分から『好きです』と言えず。。。一度でも関係を持ってしまうと、完全に猿化してしまいます。プロの女性に恋したときなどはもう、自分は水分をなくしてミイラ化してしまうかも知れないと不安になるほどでした。彼女は自分がプロであることを自負しているが、世界が黄色に見えてしまったからもう止めようって。。。」
賢三とおじいさんは大爆笑した。
「おい、西田、実は俺も、昔からの知り合いで『男子青春の教祖様』と呼ばれている人から、行って来いって言われて、3人のプロから享受されたのだけどさ、あ、一人ひとりね。それはもう勉強になったぞ。引き際を間違えるなというのも含めてな。(爆笑)」
「そうなんだな。。。林さん、、、だから杏子さんはあんなに美しいんだな。。。ご満足いただけてて君は幸せだろう。ならば私にはそういう幸せがいつ来るのだろうか!? 据え膳は、つい食ってしまうし。。。なのに頭の中は書道『一筆入魂』を拭い去れず、女性は可哀想なのだ。。。」
複雑な野郎だと賢三は思った。おじいちゃんは、ニコニコとお酌をしながら、うん、うん、と聞き入っていた。。。と思う・・・ことにする。
西田は泊まっていくのかと思いきや、まるでシンデレラのように12時をすぎると、ほぼ酔いつぶれたおじいさんと、泥酔の賢三に深々と頭を下げて、すっくと立ち上がり、玄関まで行くと、杏子のおばあさんが出てきてくれた。
「西田さん、床の用意をしてありますよ、お泊りになったらいかがですか?」
「いえいえ、私はどれだけ飲んでも、帰宅するというのがモットーでしてね。家の離れに一人住まいで、迎えてくれる人はいませんが、これだけは自分で守っています。お心遣い、誠にありがとうございます。お祖父様の大切で美味しいお酒を、ほぼ空にいたしました。。。次回伺うときは美味しいのを見繕って3升は持参しますとお伝え下さい。 いや、今宵のお酒は久しぶりに美味しかった。更には山本さんに作っていただいたおツマミは格別でした。また、よろしくお願い致します。 それでは、これで失礼いたします。」
西田は颯爽と背筋を伸ばし、カッコよく玄関を出た。門扉を開けて外に出た途端に、完璧な千鳥足になった。。。
「まずいな、、、これで不良共のオヤジ狩りにでもあったら、死ぬな。。。彼らにとっては、20代でも、既にオヤジなんだからな。。。この辺はまぁ、かなり安全な住宅街か。しかし、林さんちのおじいさん、ものすごい酒豪だ・・・侮れないな。しかし、良い就職先を選べたものだ。 あの林さんに出会えたことは幸運だった。奥さんのことは聞いていたが、美人だな。難病だということだが、全くそれを感じさせなかった。。。病魔とは上手く付き合っているのだろう。努めて明るくしているのだろうか? あの奥方を失わなくてはいけないと考えると、林さんには同情する。病気が進まないことを祈ろう。
あぁ、明日の朝が怖いな。。。久しぶりの二日酔いだろう。。。」
翌朝、賢三は二日酔いからの頭痛で機嫌が悪かった。杏子はたまにはそれも良いことだと思った。
「あー、頭イテー! 祖父ちゃんは大丈夫かな?。。。」
「お祖父ちゃんはさっき庭先履いてて、通りがかりのご近所さんと挨拶交わしてたよ。(爆笑)」
「祖父ちゃんって、すげーよなー。底なしの酒飲みって、けっこう知っているつもりだったけど、祖父ちゃんがトップだな。恐れ入っちゃうよ。酔っ払ったことって、あるのか??」
「私の知る限りでは酔っ払ってるところは見たことないかも。。。確実に酔っているのよね、でも、ぜーったいに酒に飲まれてない。アブサンでも,どんと来いって言う感じよ。ただ、そろそろ肝臓が大丈夫なのかは気になる。。。お祖母ちゃんは、規制したくないって言ってるの。あの二人は本当に素敵なカップルだわ。。。」
「俺と杏子も、かなりイケてるカップルだと思うぞ。みんなに言われるよ。理想的だって。」
「そうだよね〜〜、私達って、見た目もお似合いな感じよね。私がちょっとチビだけど。」
「おれ、小柄な女が好き。。。大好き。頭イテーの速攻で治すから、待ってて!」
「はい、はい。しっかり薬飲んで少し寝ておかないとね。(笑)」
賢三は、何も変わることがなく幸せそうな態度で関わる家族や友人たちを安心させていた。杏子の祖父母は、それを心苦しく感じている。職場にも良い同僚兼友人の西田が現れたことに、おじいさんが一番嬉しそうだ。もちろんそれは、一ノ瀬よりも酒豪が自分に付き合ってくれることになったということでもあるが、それ以上に、常に誰かと連絡がつくことを願っていたからだ。
杏子は、一人で出かけることも多くなった。特に音楽スタジオには頻繁に出かけた。注文録音で呼ばれたからということがほとんどだが、自分から進んで、スタジオの人たちと話に行ったり、スタジオの人たちも杏子を支えるために、沢山のアイデアを出してくれている。ありがたいことだ。最近は彩子を推薦して、一緒に録音できるものがあれば、連絡している。 とにかく、自分が精一杯歌える間に、好きな曲などを録音しておきたいと思っている。それはスタジオのみんなも是非と言ってくれていて、保管もしてくれることになっている。自分には体力がなくなってきていることを自覚して入るが、それでも、自分でスタジオ録音に行くことなどが楽しくて仕方がなかった。帰りには、アメリカーノのコーヒーをテイクアウトして、お気に入りの川辺や公園で風景を楽しみ、行き交う人々の表情を見ながら、何があったのかを想像したり、多分、今までの人生でやったことのない客観的な世界に浸ることが、まるで自分が監督している映画のようで、楽しかった。
「杏子! なんかさ、2年生のクラス担任の一人が交通事故で、来週からの修学旅行に行けないから、俺に代わりに行けっていうんだよね。。。西田に代われといったんだけど、アイツ、下手に有名な書道家の家系で、自分も院展に出すらしくて無理だって。。。そのかわり、俺の担当授業と部活も代わるというんだ。まぁ、見てるだけだろうけど。。。杏子は最近、体調良さそうだから、受けることにしようと思うけど、どう思う?」
「あら、おもしろそうじゃない? 美術の先生には修学旅行のチャンスはないんだし、受けるべきよ。私は大丈夫。最近、CMの曲の録音も良いのだけど、スタジオのみんなが面白いヴォーカルを入れるための録音をしてて、楽しくて仕方がないのよ。みんな私の調子を気遣ってくれているし、疲れたら、送ってくださる。だから気にしないで! お祖父ちゃんもいつでも迎えに来てくれるって言ってるの。だから、高校生の修学旅行、一緒に楽しんでおいでよ。クラス担任は絶対にならないって言ってるんだし、こんなチャンス逃す手はないよ。学校も非常勤雇うべきだけど、、、西田さんも大変そう。。。」
「西田は・・・女子生徒が少ないせいで、あの学校に来るような女子は、ほとんどみんな理数系ガリ勉オンリーな所あるんだけど、女子からはモテるんだよな。不思議だよな。。。部活も書道部があるから、軽音までできるか心配なんだけど、ま、見てるだけで鍵の管理ができてれば良いかな。。。書道部は真面目な生徒しかいないしな。アイツがいなくても真面目に部活しそうだし、頼もうかなと思って。」
賢三の同行が決まった2年生達は一斉に歓喜した。学年掲示板には『今年度修学旅行は、林賢三先生が臨時参加することにより、{京都・奈良 ド派手な音楽の旅} に変更になりました。みんな楽しみましょう。』と書かれていた。賢三以外の教師陣は笑いが止まらなかった。
賢三は他のクラス担任たちに、自分はあくまでも人数合わせの『おまけ』ということを主張しておいた。事件が起きれば、賢三に処置を任せられそうだと懸念しているからだった。
杏子は、相変わらずスタジオの帰りは遠回りでも橋のある場所に行った。ときには鉄道が交差するのが見える渡線橋も気に入っている橋がある。帰りに歩くと決めているとき、最近はクラッチを使うことにしている。大げさになるかも??と、最初は使うのが嫌だったが、ノロノロと歩くこともあるので、通行人の邪魔になるのを、クラッチのせいにできることがわかった。また、本当に何かあったときに人々は親切にしてくれるのがよく分かるからだった。もう、カッコつけている場合じゃないと思った。いずれは、電動車椅子になるかもしれないしな。。。 最近はクラッチで歩くことが若干楽だと気づき、ちょっぴりショックだった。
今日、杏子が選んだ帰り道は、海と川との入江があるところで、屋形船も通る川の欄干。ベンチも着いていて、気に入っている。スマホにつなぐBluetoothは、聞き逃しがないようにオープンイヤータイプのイヤホンを使うようになった。外音が聞こえるが、かえってそれが心地よかった。ときに、パトカーのサイレンが入ったり、アメリカにいた頃を思い出す。大きめに船が通るときは波が立ち、カモメがいるときは鳴き声も聞こえるので、ちょっと潮騒のように感じるからカッコいい。自分が物語の一部になった気がする。見える風景は映画のようだ。こんな叙情的な自分って、いつからできあがったんだろう?
選んだ曲はAfro Blueが入っているロバート・グラスパーのアルバムだった。騒音に紛れるから思わず口ずさんだ Afro Blue だった。気持ちが良い。思わず体がスウェイしだす。 その時、ふと人影を感じた。後ろを振り向くと、そこには同じように体をスウェイしている翔平が立っていた。
「杏子ちゃん、みーつけた!」
「翔平! こんなところで会うなんて、びっくりだわ。翔平もスタジオ行ってたの? 誰の録音だったの?」
「一回断った録音だったんだけど、泣きつかれたんだ。一発でOK出たし、すぐに帰ろうとしたときに、スタジオの3番から杏子ちゃんが出たばかりだって聞いて、追いかけたんだよ。いろいろなところ探したよ。タクシーに乗っちゃったかな?とか、凄く不安だった。橋のある公園に行ってみようと思ってここを通ったんだ。で、見つけたよ、俺の女神様。あ、俺、この曲知ってるよ、Afro Blue ジョン・コルトレーンもソプラノで吹くんだよ。すごく好き。ねぇ、もっと歌って。」
「翔平も聴く? シェアーしようか? これはね、もっとソウルなのよ。エリカ・バドゥって知ってる?」
「ううん、いらない。エリカ・バドゥも知ってるけどいらない。杏子ちゃんのヴォーカルだけでいい。この曲は俺のペットを入れられるよ。でも、今は入れない。。。ねぇ、ハグして良い?後ろから。。。スウェイしてて。」
「いいよ。一緒にスウェイしようね、翔平。」
翔平は嬉しそうに微笑みながら杏子を後ろから抱きしめた。2人は上手に体を揺らして、杏子はAfro Blueを歌っている。翔平は嬉しくて震えるような感覚を覚えた。
「あぁ、久しぶりの感触。これがずーっと欲しかったんだ。。。でも、杏子ちゃん、また少し痩せたね。。。俺みたくガリガリになっちゃダメだよ。あ、でもね、俺、酒やめてから少し太ったんだよ。みっちゃんに聞いてよ。」
「そうだね、翔平は少したくましくなったかも? 嶋田さん御夫婦も喜んでると思うよ。」
「俺が逗子に帰ると、沢山ご馳走作ってくれるんだ。一緒に食べてくれるしね。美味しい。 ねぇ、こんなところで歌ってて、賢三は心配しないの? 賢三の帰りって、いつもこんなに遅いの?」
「今週はね、賢三は修学旅行に行ってるんだよ。(笑)おかしいでしょ? まぁ、担当者が入院しちゃって、代行で仕方なくなんだけど、楽しそうに荷造りしてたよ。賢三はほんと、先生になるために生まれてきたのかも。」
「賢三は俺のペットに合わせられるサックスを吹くために生まれてきたんだよ。賢三になら杏子ちゃんを連れていかれても仕方がないって思える。」
二人は体を揺らしながら、アルバム1枚聴いてしまう感じだった。杏子は不思議と疲れなかった。翔平にすっかり寄りかかっていることになかなか気づかなかったのも確かだ。翔平はそれが心地よくてたまらなかった。思わず杏子の項に顔をつけて、長い腕を回しきって完全に自分の胸の中に閉じ込めていた。杏子の耳の後ろは良い香りがした。
「杏子ちゃんの香水ってなんていうやつなの? 俺大好きなんだこれ。杏子ちゃんの匂いと混ざって、凄くセクシー。俺、大好き」
「これ? CHANEL COCO NOIR っていうのよ。賢三も好きみたいよ。」
「俺もChanelが好き。香水ってさ、同じものでも人の体臭と混ざって違う匂いになるよね。ねぇ、俺も良い匂い? 杏子ちゃんの好きな匂い?」
「うん、翔平も良い匂いだよ。 私は昔から Chanel が好き。No5 以外ね。香りって、言葉以上に語ることあるじゃない? そう思わない?」
「思う。。。凄く思う。香りって語りかけてくるよね。でもね、好きな子の香りだけだよ。同じ香水つけてても、どうでもいい子の匂いが混ざると全然誘われないんだ。。。全然。」
杏子といるときの翔平は、美津子や彩子と一緒にいるときよりも大人臭い。美津子には特に子ども帰りしているような甘えた態度を取るし、彩子だと幼稚園児の姉弟という感じになる。杏子といるときは自分を少し強調するようだ。こっちを観て! 俺に微笑んで! 俺の腕の中に来て! と主張しているような態度。杏子は既に慣れっこになっているので、全く動じない。ただ、今の自分は翔平の力を振りほどく自信はない。翔平は自分の言う事をじっくりと聞くので、ゆっくりと説得することができると思っている。そのほうが翔平がまた薬に走ることを止めることができるだろう。それだけが気がかり。セイラのお兄さんのように、失意からのオーバードーズなど、翔平にはさせない。
「さてと、そろそろ帰ろうか? 何処かでなにか食べていく? 翔平となんて、初めてかも?? どう??」
「行く、絶対に行く。俺がご馳走するよ。何が食べたいの?フレンチ?イタリアン?? とにかくあっちに歩こうか。あ、そうだ! あそこのデパートがまだ開いてるから、ちょっと買ってくるものがあるので、杏子ちゃんはここで待ってて。ダッシュで行ってくるから。」
「いいけど、あそこのスタバに入っててもいい? ちょっと喉乾いちゃったし。」
「わかった。じゃ、まっててね。」
翔平はものすごい勢いでそばのデパートに走っていった。いつになく、たくさん歌った杏子は喉を潤したかったが、持参のミネラルウォーターがなくなったが、珍しくコンビニが見当たらないので、どこでもいいから喫茶店に行きたかった。ちょうどいい、祖父母に連絡しておこう。
翔平は浮かれていた。あとにも先にも、杏子とデートのように2人だけになれるのは初めてだからだ。翔平はデパートで香水を探した。モデル並みの容姿に店員たちが群がっていた。普段は群がる女には全く興味を示さず、塩対応な翔平だが、気分が良いこともあり、ニッコリと笑いながら早くしてほしいと催促し、杏子が使っているのと自分のボトルたちをバックパックにしっかりと詰め込んだ。
「ごめんね、お待たせ! それ飲んだら、どこでご飯にしようか? 賢三がいなくて、淋しい? 俺とデートって、初めてだよね? 今ね、オヤジに電話で美味しいお店はどこ?って聞いたんだ。イタリアンでカジュアルで、美味しいところ教えてもらったよ。そこに行こうよ。あんな親父でも役に立つことがあるって、びっくりしたけどね。」
「お父さんとは上手くやっているのね? 嶋田さん夫妻だけかと思った。」
「嶋田さんにも連絡しておいた。オヤジが電話すると嫌だから。 イタリアンでは何でも美味しいもの食べようね! 賢三に何食べたか教えて嫉妬させようかな。ワインもシャンペンもダメなんだよね。。。せっかく杏子ちゃんと初めて外食できるのにな。。。」
「そうね、私もお酒は飲めないし、ちょうどいいじゃない?翔平は完全に禁酒してまだ半年も経ってないからね、ダメよ。」
翔平が杏子を連れて行ったレストランは、かなり高級なものだった。個室が用意されてあって、飲み物はノンアルで揃えられていた。これは翔平が頼んだものではなさそうだ。翔平の父は、全てをお膳立てしてくれていた。翔平は分かっていそうだが、まるで無視した感じ。。。お父さんはきっと、電話をもらえただけでも嬉しかったに違いない。2人は、魚介類系の7コースディナーというものを用意された。翔平はそれを拒まなかったが、杏子は圧倒されてしまった。賢三と二人でこういうところに行ったことはない。まぁ、たまにはいいか。。。翔平が言うことを聞いているし、こんなに可愛らしい笑顔を見せる翔平を観たことがなかったから、杏子は嬉しかった。
「今日はさ、逗子の家に帰るから、杏子ちゃんも一緒に行こう。大丈夫、ちゃんと優しく扱うよ。どうせ賢三がいないんだから、帰っても面白くないだろうし、俺のところでも音楽は聴けるよ。俺、今作ってる曲、杏子ちゃんに聴いてほしいし。」
「何言ってるのよ翔平。私は自宅に帰らなきゃ。。。」
「ダメだよ。俺だって、ちゃんと面倒見られるよ。心配しないで。あとさ、さっきのAfro Blue をちゃんと録音しようよ。俺のペットを入れて。あぁ、なんか凄く素敵じゃない? ワクワクしちゃうな。」
翔平は心底嬉しそうだった。杏子は覚悟を決めた。大丈夫・・・この子は私の嫌がることはしないから。。。ただ、賢三とあとから揉めるであろうことが明白なので、それが気がかりだ。美津子さんに連絡しておこうかな。。。でも大事ににしたくない。。。
翔平を振り出しに戻したくない。
その頃、賢三はというと・・・修学旅行の最初の夜に生徒たちからエロ本の没収15冊を達成した。本校、始まって以来の快挙だそうだ。
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