第9話 葛藤
天才という存在は常に羨望を向けられる存在であることは、いやというほどわかってきたが、しかし、天才という存在そのものが嫌だというのはこれは言うまでもないことであり、自分自身が嫌だった。神から与えられたこの音楽の天才がという才能がなければ俺は音楽家として成功することはなかったし、認められることはなかっただろう。その点では感謝してるし感謝してもしきれない幸運だと思う。素直に思う。しかし、それは同時に自分の実力ではないのではないかという葛藤がつきまとうことになるのだ。自分の力ではない、自分の音楽ではない。与えられたもので、それは偽物で、借り物の、仮り物の、驅り者の姿に過ぎないのだと。神様からの借り物でしかないのではないのかと。俺はそう思うのだ。葛藤。俺は常に葛藤している。音楽を始めたときから。音楽が認められたときから。音楽で生きていくのだと自覚したときから。
その日のライブは新曲発表会であった。新曲は二曲。『ロックンロールだけが味方』と『ぬりえのダンス』一発目にぬりえのダンスをやって会場を盛り上げることに成功すると、今度は二曲目に取り掛かる。今回もファンたちは撮影に躍起になってスマホをずっと回している。それでいい。そうやってこの曲を、新しい曲を拡散してくれ。
『ロックンロールだけが味方』というこの曲はミドルテンポなナンバーで、一定のリズム進行に歌詞を無理やり詰め込んだような歌である。
曲、開始。
レギュラーチューニング、オープンコード。
DGAE、エイトビートストローク
Amelody
愛されてました。ボクも好きでした。でも王国は腐りきってました。
毎日の湿度は高そうです。全然流れてくれません。
いじめなんて呼べません。でもなにもかもが憂鬱なのです。休む言い訳探しながら今日も登校していきましょう。
桜並木を横目でバイク
いつも厳しいの現実さん。
仕事相手上司お客様。
自分のため全てわがままです。
自分以外の全ては僕が受けて
CGAmC/CGFC
サビ
どんな歌でも構わない
どんな声でも歌っていく
どんなキミでもボクでも誰でも
もう一日生きても悔いないです。
ロックンロールだけが味方です。
ストラト抱えてやつれてます。
抹茶のアイスが好物です。
ようやく夏が終わるそうですよ
DGAE
Amelody2
卵は飛ばない陰口だけです。
一人で生きていくんだと誓いました。
留年して中退してハハハのハ。
大事な友達と乾杯します。
他の人でもいいのです。
ボクがやる必要ないのです。
承認欲求。存在証明。
だけどそれでも。
それだけでも。
お前だけには絶対・絶対やらせねぇ。
ギターソロ
※
2弦、9f、11f、13f、11f、9f
1弦 9f、11f、13f、11f、9f 9f、11f、13f、11f、14f、11f、9f
※繰り返し
CGAmC/CGFC
last サビ(落ちサビ)
キャッチボールを父さんとしました。
合格した事母さんとハイタッチ。
くだらないことを弟と笑いました。
帰ればまだ夕飯をいただけます。
CG
僕はまだ
どんな歌でも構わない
どんなキミでも
どんなボクでも
誰も構いやしないんだ
もう一日生きても悔いないです
もう少し頑張っても損ないです
家庭事情噂罪咎も
青春のスパイスで終わります。
腐りきった世界で腐りません。
ロックンロールだけは味方です
ロックンロールだけが味方
「ロックンロールだけが味方ーー!!!」
最後に叫ぶように歌い切ると、俺は勢いのままギターを掻き鳴らした。そして掻き鳴らしながらドラムのところへ行ってリズムを合わせて、他のメンバーとも息を合わせてジャーンと一つ鳴らして曲を終えた。
拍手が起こった。歓声も起こった。俺の名前を呼ぶ声がする。認められた瞬間だった。新しいことを創作して、そうやって創り出された曲が世に出ていく瞬間で、そしてそれが認められた瞬間。すべてが報われる、これまでのプレッシャーと思い悩みと葛藤を誤魔化してくれるような、そんな瞬間。
「ネクスト。ミュージックナンバー、イレブン」
俺は叫ぶ。次の曲を告げると、さらに歓声が上がる。それは希望のロストガール発表から11曲目。次の曲は『ハッピーラッキーノーマルライフディストピア』である。こちらはアップテンポなロックナンバーで、普通の毎日というのは幸福と幸運に満ちているものであり、普通の毎日を繰り返すことで得ることができるというもの。しかし一方でそれそのものがディストピアであるということに意外と気がついていないのだという歌である。ちなみに、二番ではロストガールな僕に希望をと、ロスガのことがしれっと歌われている歌でもある。
レギュラーチューニング、カポタストイチ。
Gt
1capo
CGAmCFG、エイトビートストローク
幸せ探してる あの子を見逃して
現状の変化すら 逃げだってさ
ひねくれた感性に騙されて
無くしたら寂しいのに無くしてる
お遊びだけの交尾を制服で
停学になれば 青春がスパイシー
どんな罪咎も 若さで済ませてた
あの時からずっとお前らなんて嫌いだ
サビ
CGAmCFGC
ハッピーラッキーノーマルライフ
is dead ディストピア
最高の夜を過ごせ
二度目はもう二度とないから
End of surveillance capital
それこそプロパンダ
繰り返したいつも通りが
僕を苦しめ始めた
ギターのリフが一小節鳴って、それからギターが低音を刻む中に二番、Aメロが歌われていく。それは静かに、然して高揚していくように。
二番、Aメロ
13に失った彼女は戻らない
20年目も鉄風は鋭いな
18の過ちから逃げ出した
ロストガールな僕に希望を
間奏
落ちサビ。ギターのみで歌い上げる。
say good bay
only my fate and fortuna future
その声で僕のことを呼んでくれ
ラストサビ、全部の音が乗っかる。
ハッピーラッキーノーマルライフ
isdeadディストピア
ありがとう。その温もりだけで生きていく
ハッピーラッキーノーマルライフ
isdeadディストピア
幸せと幸福のない普通(この)生活が
終わらないこの日々がディストピア
歌が終わるとディストーションの効いたギターの音が残響音であるかのように、ジャカジャカとひとり残って響き続けていた。ドラムもベースも、リードギターも、キーボードも音をすでに止めている。そして最後にC↓G↓Am↓と鳴らして曲を締めた。
やっぱり音楽はいい。とてもいい。演奏した音は確かな音となって響いて耳を通して脳へと伝わる。脳で音楽を聞くのだ。心や体で聞くんじゃない。脳で音楽を聞くのだよ。そうすれば葛藤や迷いも吹き飛ばしてくれる。勇気爆発でなんとかなるだろうよ。
オリジナル曲を一通り終えると、それから練習通り、ELLEGARDENの高架線をコピーしてライブを終えた。最高に熱くて最高のライブだった。ああ、もうなんでだろうな。悩み苦しんでいるときほど音に傾向して、サウンドの音圧が高鳴っていくのは。
すべての音が出し終わったとき、ギターを掲げて、両手を上げるようにして大歓声を浴びていた。いつもの二百人ぐらいしか入らない箱なのに、何千人も大歓声を上げているかのようだった。それを浴びているかのようであった。汗は流れ、照明が強く強く照らしている。照らされている。アンコール、アンコールの声が聞こえる。手拍子が鳴り止まない。俺はずっとそのままだった。メンバーが心配し始める。俺はにやにやと笑っていた。アンコールを煽り、それを受け続けた。しばらくして、拍手も止んで、俺はギターを構え直した。歓迎の拍手が鳴る。俺は一礼する。そしてマイクを通さないで、大きな声で言う。
「ありがとうございます。アンコールありがとうございます。予定になかったけど、一曲やります。俺、今演奏できて幸せです。いつもありがとうございます。これからもよろしく!」
ジャカジャーンと掻き鳴らされたギターを合図に、曲が始まる。リードギターの高音が掻き鳴らされていく。今夜は最高の夜になりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます