第7話 新曲
バンドというのは、音楽というのは流行り廃りがある。世代というものもあり、好みによっても聞く音楽は大きく異なる。人が百人いれば百人が同じになることはないだろう。世代や流行り廃りで似か寄ることはあっても、やはりまったく同じというのは親兄弟姉妹であっても難しいだろう。それだけに、音楽の好みというのはその人の人生を、人となりを表す一種の指標ではないかと思っている。
好みの歌詞はその人の考え方に共感していると言えるし、ギター、ベース、ドラム、キーボード、ピアノ、色物(バンドで言うところのバイオリンなどのストリングスなど)など好みの音楽の楽器はその人の感性を指し示しているのだろう。
しかし、その中でもロックンロールは特筆すべき点が多いのは語るまでもなかろう。ロックンロールはすべての人の心とともにある。学校で嫌なことがあっても、行きたくなくても、引きこもっていても、会社に行けなくても、仕事が嫌でも、人間関係が嫌でも、世間話とか話せなくても、いつもいつでもだんまりでも、心がしんどくなっても、苦しくても、吐きそうなぐらい苦しくても、それでもロックンロールはいつでもこころのそばにいる。リフを刻み、リズムを刻み、パワーコードを弾き、ベース音が響き、そして常にそばにいるのだ。生きていくのがしんどいことは、往々にしてあるだろうし、あってはいけないのだけれども、しかしそうあるのだから仕方なくて、どう割り切っていいのかわからなくて、間違ってるのかどうかだってよくわからなくて、それは歌を歌ってる俺もそうだし、生きていくのが嫌で、働くのも、人間と生きるもしんどいから生きるのをやめてしまえば、すべて終わらせることができるだろうとさえ考えたほどだ。残念なことに。
生きることとは死を意識することで、考えることだ。その感情は間違いではないし、その考えはよく考えたうえでの考えであることは否定されることはないのだろう。それは間違いない。そうやって頑張って歯を食いしばって、泣きながら生きているのだから、その生き様も肯定されるべきだというのは言うまでもないことは当然である。
俺の歌詞はそうやって完成されていく。作り上げられていく。いろいろなことを考えて、深く深く考えて、浅い言葉とともに作り上げられていくのである。よく聞かれるのだ。歌詞はどうやって書いていますか、思い浮かぶのですか、天から降りてくるのですかとか、なんとか。俺は考えて考えてひねり出して、絞り出していくスタイルである。だから、インプットは時期とか量とかが重要になっていて、音楽はもちろん、映画、漫画、小説、アニメ、芸術、なんでもいい。すべてのことを取り込んで、言葉にして、自分の言葉にして、それから、自分の作品に落とし込んでいく。影響とか、リスペクトとか、インスパイアとか、言葉や表現はたくさんあって、揶揄も批判もたくさんもらうことだけど、俺は周りの言葉があって、世界に溢れる言葉があって始めて自分の言葉を作り出せるから、その影響下はどうしたって抜け出せないし免れない。隠すつもりもないんだけどね、そういうところは。
対バンが終わったその夜、ライブハウスの外で冷え切った冷たい空気て火照った頭を冷やしながら、なんとなく次の曲作りのことを考えていた。幸いにも雪は降っていないこんなとき煙草でも吸えれば様になるのだろうが、あいにく煙草は吸わない性分でね。
そこに律が裏口からやって来た。どうやら彼女は煙草を吸うつもりらしい。先客として居た俺を見て少し躊躇ったが、俺はいいよ、いいよ、と仕草でその行動を許容した。少し離れたところで彼女は吸い始める。
「曲でも作ってたの?」
「よくわかるな、律。まあ、そんなところだよ。いいライブの後はいい音が書きやすい。そんなところさ」
「ふーん、タイトルは。仮でも決めた?」
「ロックンロールだけが味方、ってタイトル」
「へぇ、そりゃいい。またなかなか、どうしてイカシてるな」
苦笑いされたあと、しばし沈黙があった。俺はスマホを対応した手袋でポチポチと歌詞やら音やらをメモのような形で入力して、律は煙草を咥えてヤンキー座り。下のコンクリートは積もった数センチの雪で座るに座れなくて、仕方なくそんな態勢に。片手には灰皿を持って時間を過ごしている。
しかし、煙草を吸う人の煙草を吸いたいという欲求はすごいものがあるらしく、外が吹雪いていようが、嵐だろうが、どれだけ寒かろうが、吸いたいと思ったら外に灰皿のあるところまたは携帯灰皿片手に吸いに行くのだ。その欲求に対する行動力というのは尊敬するほどであり、いや、馬鹿にしているとかそういうことではなく、純粋に人間らしい行動だなと、勉強になる。そういう人間らしさこそが歌われるべきで、歌になるべきなんだろうなと、そういうところ一つを見てもそう思うのであった。
「あっ、あの……神野さん、ですか……?」
突然か細い声で、しかししっかりとした声で俺の名前を呼ぶ声がしたのでおれは、「はい、神野です」と答えてしまった。無警戒であるといえばそのままそのとおりだが、素直といえば聞こえよろしく聞こえるので後者で。
「あの、私、神野さんのファンで……サインをお願いしたくて……」
ああ、出待ちね。
俺は拒否する理由もないので快く、素人の落書きみたいなものだけどと言いながら、いつも書いているものを差し出されたサイン色紙を受け取って書いては返してニコリと微笑んだ。このサインも神様からもらったものの一つだ。自分ひとりではこんなもの書こうとは思わないし、考えることはない。誰かにお願いして作ってもらうことはあっても、自分では思いつくことすらなかっただろう。こういうのを求められるということは、俺も多少は認められるようになったんだろうなと、そんなことを思いつつ、俺はサインを受け取って心のなかでは大はしゃぎしているであろう女の子のお礼を受け取っていた。
「出待ちなんて、しかもアマチュアバンドの出待ちなんて今時珍しいな。そんなに好きかい、俺達のこと」
女の子は首が取れそうなくらい首を振って頷いた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。神野さんの言葉と音楽には人生が変わったほどです。ロスガの皆さんの演奏もすごくて憧れです。それで、そのええと、それでですね」
女の子は軽くパニックになっていたので、俺は軽く口添えをしてその場を収めようとした。
「サイン色紙、鞄にしまったら。大切なものだろう?」
「は、はい。私としたらなんてことを……すみません、ありがとうございます。ありがとうございました。またライブ見に行きます」
女の子はわーっといなくなってしまった。近くに友達だろうか、遠目から見ていた人が居たのでその人と合流してまた黄色い声を上げて帰っていった。俺は手を振ってそれを見送った。
「神野にしてはずいぶんと親切のファンサだったじゃないの。なに、どうかしたの?」
「いや、別に。普通の対応だったと思ったけど、どこか間違っていたかな」
「いや、普通だったよ」
「そっか、それは良かった」
それから少しして、「先に戻るね」と言って俺はその場を後にした。新曲のメロディを口ずさみながら、ガーデンとロスガのメンバーが待っている楽屋という控え室へ。
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