第6話 SSD・S・SAPPORO

 音楽は文学だ。言葉から連なる歌詞は冗長なる情緒的である時もあれば、簡潔にコンパクトで洗練されており、その美しさのあまりに卒倒しかけたり涙を流したりするものである。言葉は愚痴をこぼしたり、吐き捨てたりすればそれまでだが、しかしそれを綴れば文学となる。さらに音楽と合わせた歌詞となれば芸術になる。言葉は文学で、歌詞は芸術で、音楽は文学だ。それを歌うアーティストはその存在そのものが芸術家そのもので、そのアーティストの名前は美しい。文字から連なるその名前は文学そのものであり、美しく尊い。我々希望のロストガールもそんな存在に慣れているだろうかと常に問い続け、常に疑問に思いながら俺は過ごしている。イチアーティストとなってしまった俺は、プロだろうがアマチュアだろうが、インディーズだろうが、素人のなり損ないだろうが、そんなのは関係ない。音楽を志す時点でそのアーティストは芸術家であり、文学家なのだ。すべての音楽に尊敬と敬意を。すべてのロックンロールに栄光と敬意を。すべてのアーティストに感謝と敬意を。



 さて、しかし一方で言葉では伝わらない、伝わりきらない、音楽では伝えきることができないことと言うのが、活動をしていると多々ある。もどかしい、小さな葛藤だ。でも同時に思う。歌は自分の一部に過ぎない。言葉は自分から出た一部分に過ぎない。全てではないんだ。百にはなれないんだ。伝えきることはどうしたって無理だ。でも、自分の一部ではある。百でなくても一ではあるはずだ。自分の一部ではあるんだ。だから、伝わるものはあるはずだ。きっとあるはずだ。そうやって信じていかないと、やっていけない。歌い続けることは出来ない。だから僕は歌うよ。俺は歌うよ。歌を歌い続けるよ。それこそが意味になっていくのだと信じて。



 今日のエムシーはこんな感じであった。ついつい喋りすぎてしまうのが俺の悪いところである。メンバーもまた始まったよと、少々呆れ気味である。一曲目フレアフリルティアードショート、二曲目ハッピーラッキーノーマルライフ、三曲目最後の魔法が終わったあとであった。エムシーが終ったことをメンバーに伝え、観客にも次の曲をやるのだということをそれとなく伝え、四曲目に入ることにした。四曲目はSSD・S・SAPPOROだ。



 レギュラーチューニング、カポ無し。



Fm7GAD



 エイトビートストロークのシャッフル。この曲はこの四つのコードが高速で、ギターによって鳴り始めるところから始まる。三小節弾いて、四小節目に変化をつける。


Fm7G



 Gコードだけ伸ばして、高速でアップダウンを繰り返し、そこにキーボードが入ってくる。ワンフレーズ弾いたらそれからリードギター、ベース、ドラムが同時に参入。



Fm7GAD



 繰り返す。イントロはまだ続く。このフレーズをしっかりと叩き込ませるかのように、続く。そして。



Fm7GA



 Aコードのところで少し余韻を持たせてイントロの終わりとAメロディへの導入を匂わせる。



「生まれる前から何してた、諦め覚えた僕らは」


「効率だけ求める世界ではしゃいでる」



 高速のドラム、続くベースライン、重なるギター。メインサウンドは神野が鳴らすバッキングのイントロから続く、同じコード進行。



「午後五時に沸かしたお湯に浸かりながら明日を嫌う」


「三千回目でようやく会えたなら」



 八インチのスプラッシュシンバルが、カンカンカンカンと、甲高い音を鳴らしサビへのフィルインを告げる。


「SSD・S・SAPPORO」


「on my head front of memoly」


「自分と誰かの言葉にがんじがらめられ」



 サビが終わり、間奏となる。特徴的なギターのリフが続き、ドラムが後ろからそれを支える。エフェクターの違う同じリズムの音がリードギターからも聞こえる。ベースとキーボードはここはお休み。



 ドラムとギターボーカルのみのニ番が始まる。バスドラムのキックのリズムに、ギターの音が響き、そこに歌が乗る。



「それじゃないと駄目だって誰が言ったんだろうか」


「望まないことばかり起こるならやり直そう」



 ベースの音とギターのパワーコードの音がリズムを刻み始める。


「どこまでも僕ら人間だ」


「かけがえ変わりないものなんてない」


「もう一度ここから、Ah尖りきれないまま」



 サビに入る。キーボードとスプラッシュシンバルがカンカンキンキンと鳴り、総勢ですべての音が重なる。



「SSD・S・SAPPORO」


「on my not another sky」

 

「ここが地元だ他の空にはなれやしない」


「なろうと思ってなれるものじゃない、思わないとなれないから」


「避けてきた夢を思い出す」



 スプラッシュシンバルがカンカンカンカンと再び鳴り、キーボードがメインメロディをなぞるソロ演奏を始める。キーボードソロだ。



 メロディアスで、しっかりとした音のソロが続く。ピアノの鍵盤と言うより、シンセサイザーのように音が加工された電子キーボードの音である。



「SSD・S・SAPPORO」



 キーボードソロが終わると、ギターとボーカルの音だけが取り残された。他の音はシン、と静まっている。



「高速・回転・地元」


「SSD・S・SAPPORO」


「ジャンクセールから見つけた、記憶は昨日の続き! Ah〜」



 ここでドラム、次にベース、次にリードギター、そしてキーボードと入って、ラストサビを迎える。



「SSD・S・SAPPORO」


「on my head front of memoly」


「自分と誰かの言葉にがんじがらめられ」



 最後全員でメインメロディの演奏。イントロと同じフレーズだ。そして、キーボードが終わり、リードギターが終わり、ベースが終わり、ドラムが終わる。残ったギターだけがFm7GADのコード進行を繰り返している。



 ジャランと一度、Gコードを鳴らしたら演奏終了。曲の終わりと共に拍手が送られる。



 SSD・S・SAPPOROは歌詞のサビにある通り、地元のことを歌った歌である。意味は順に高速、回転、地元である。高速で回転する、つまり建物や店が変わっていく地元のことを憂い、街は変わっていくのに自分だけは変わっていないことを嘆く孤独と悲哀の歌なのである。続いてon my head front of memoryとある。直訳すると私の頭に、前方の記憶となる。意味不明である。これはかなり音が意味するところがあって当てられているのだが、意訳すると私の頭の中にあるフロントオブメモリーは、SSD・S・SAPPOROということなのである。ますますわけがわからなくなったが、しかし、ロックンロールの歌詞に意味なんて見出してどうするというのもある。音があればそれでいい気もするのが不思議なところで、ロックンロールの妙だ。


 

「ありがとうございました。最後に一曲やって我々の出番は終了となります。撮影はここまで。ありがとうございました。ライブはまだまだ続きます。対バンは続きます。さて、俺の熱意は、俺達の熱意は伝わっただろうか。この汗に意味はあっただろうか。最後までロックンロールを胸に、楽しんていただけると嬉しいです。希望のロストガールでした」



 ドラム、ドコドン、シャーンとシンバルが鳴る。コピー曲が始まる。



 本日のコピー曲:サカナクション「三日月サンセット」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る