第5話 エゴサの鬼
それは一週間と少し前のことである。
「対バン? 今度のライブ?」
「そうです、そうです。大丈夫なら予定入れてしまいますけど、神野さん、どうです、どうです?」
「だって、誰か反対の人いる?」
全員が首を横に振った。オーケイなのかと聞くと、全員が頷いた。
「じゃあ、いいよ。相手はガーデンか。確か前にフェスかなんかで一度一緒だったよね。ほら、髪の長い子。百合ちゃんだっけ?」
「はい。ギターボーカルが鷲坂百合さん、ベースが田中美桜さん、ドラムが山下留美さん。スリーピースガールズバンドです、です」
スタッフの田村は答える。
「彼女たちはまだデビューとかはしてなくて、自主制作のCDを販売して売出中ってところらしいです。まあ、つまりはプロを夢見るアマチュアバンドですね。今回というか、百合さんから熱烈なオファーが前からありまして、色々機会を探っていたんですけど、タイミング的にもスケジュール的にもそろそろ対バンとかしてもいいかなと思いまして、今回提案致しました、って感じなんですけど、けど」
「そっか。それは嬉しい限りだね。まあ、少し直前どけど、最初からスケジュールは組んでいたんでしょ?」
「すいません、ついお知らせ遅くなっちゃって」
「いいよ。でかいイベントとかなら別だけど、いつもの箱でいつもの演奏だろ。主催はうちでいいのかな?」
「はい。ロスガ主催、ガーデンさんゲストです。場所はいつものラッシーホール。定員二百五十人のチケットは即日完売です」
なんだよ、もう既にチケット売ってたのかよ。宣伝とか見なかったけど。
「あっ、さすがエゴサの鬼ですね、神野さん。今回は宣伝する前に発売したら即日完売しちゃったって感じですね。久々ですよ、ここまで早く売り切れるの。知らなかった人も多くいると思うので、追加販売できたらいいなぁとは思ってるんですけど、人の入る場所がなかなかなくて」
まあ、狭い箱だからな。実際行ってみるとそんなことはなくて、なかなかスペースあってとても快適なんだが、それでもドームとかゼップとかに比べたら狭い。収容人数にも限界はある。機材席開放できたとしてもほんの少しだろうよ。やれやれ、もっと余裕を持ってスケジュールしてくれよな。
「すいません、本当に気をつけます。それで、もう一つ前もってお伝えしたいことありまして」
? なんですか、田村マネージャー。
「五月の連休にフェスと言うか、イベントというかお誘いがあってですね。そこにロスガも参加しないかということだったんですよ。そのイベントというのが少し変わっているといいますかそのなんていうか……」
なんだよ、言い淀むな。
「その、実はコピーバンド祭りっていうイベントなんですよね。つまり、他人の曲を演奏するコピー限定で、自分たちのオリジナル無しでやるっていう。芸術の森の野外ステージでやることになっているらしいです。もう既に一部の出演者とか、ライブの詳細サイトとかは告知されているんですけど、サイトとかが出来上がっていたりするらしいんですけど、アマチュアバンドの目玉として出てくれないかって誘われていまして……」
スケジュール的には大丈夫なのか? 他のやつと被ったり、タイトなスケジュールになったりはしていないか?
「五月の連休はここだけにしようと思っています。他はお断りで。特に毎年出ているようなライブがあるわけではないですし、今回はそこに集中してみても良いのかなと、かなと……」
どうする? みんな。
すると、うーんと、考えながらやがて意見が飛び交い始める。
「コピーか」「コピーだけなのか」「それはそれでおもしろそうだけど、なんか曲被りそう」「あっ、それは思った」「どうしようね」「いいんじゃない、別にやっても。普段も一曲はコピーしてるんだし」「まあ、そうね」「そうだね」「そうするか」「じゃあ、決まりだな。なあ、神野。出ようぜ、そのライブ」
「わかったよ。まあ、俺も今この話を聞きながら、音楽の勉強にはなるかもしれないって少し考えていたところだ。レパートリーを増やす機会にもなるだろう。各々候補曲を出して、持ち寄って選ぶことにしよう。こういうのは俺が独断で決めても仕方ないからな。なあ、田村。そのコピーは邦楽限定か? 洋楽は駄目なのか」
「はい、邦楽限定だそうです。日本の音楽ならばバンドじゃなくても構わないらしいですが」
「ふーん、なるほどね」
それを聞いて素直にアニメソングとか、アイドル曲とか、そういうのをバンドアレンジするのも良いのかもしれないと、少し思った。あまりにもマイナーな曲ばかりやっては観客が楽しめないだろうが、さっきメンバーからの意見があったようにあまりにも有名曲だと被る可能性がある。他の出演バンドと事前に打ち合わせやすり合わせができるのならばそれに越したことはないのだろうが、俺達みたいに急に出演が決まるところも少なくないだろう。そうなると、事前に決めて被らないようにすることは難しいかもしれない。たとえば大学生のサークルであっても、学内ライブをする時に、同じサークル内でもやりたいアーティストや曲が被ってしまうなんてのは多々あることだ。コピーバンドまつりなんていう、そのライブの特性上、性質上、それは加味されていることだろうし、お客さんもある程度は許容してくれるだろうとは思うが、それでもあまりにも有名曲ばかり、被りばかりというのはつまらない。流行りの曲よりかはコピーであってもどこかで自分たちの独自性を出していきたいところである。テーマと言うか統一感を出していくのは鉄板だろう。アーティストで偏らせて曲を統一させてもいいが、そのアーティストだけをコピーするということをしてもいいが、しかし、それこそ丸々被ってしまうなんてことになってしまったら目も当てられない。まあ、何にせよまだ時間はある。じっくり考えよう。今は目の前のライブに集中したほうがいい。今度の対バンのセトリはどうしたものか。
「ガーデンはメタルっぽいイメージがある。SSDSとかどうだ。テンポが早くて、ハキハキとしている。今度のライブにはぴったりじゃないか」
ベースの奏が提案する。
「SSDSか。それは、ついこの間やったばかりだからな。まあ、でも、レパートリーの少ない俺達のバンドのことだから、定番というか、いつもの曲というか、そういうのが出来上がっちゃうのは仕方ないか」
「いいじゃん、やろうよ。最近はテレキャスのほうが弾き心地良くなってきてるし。ちょうどいいって神野も言ってたし」
ギターの愛が賛同した。ほかを見ても頷いている。やれやれ。
「じゃあ、セトリの一曲は決まりだな。田村、時間的に何曲やる予定だ?」
「七曲です」
「じゃあ、オリジナル五曲、コピー二曲、アンコールあれば一曲かな」
「いいと思う」
「それでいい」
「うん、それで行こう。よっしゃ、残り決めて練習だ」
「神野くん、あと四曲どれにする?」
キーボードの草野天が俺に聞いてくる。そうだな、どうするかな。俺は少し考えて、頭をひねって、答える。
「フレアフリルティアードショート、ハッピーラッキーノーマルライフディストピア、最後の魔法、あまりある生きよりも」
「うーん、なるほど。初期の曲が多いね。それとアップテンポな曲ばかり。鬱系の曲がないね。らしさがなくなっちゃわない?」
「いや、これらの曲でも十分ネガティブな歌詞ばかりだよ。俺の歌はいつだってそうさ。まともなことを歌ったものなんてありはしない。でも、だからこそ支持されていたり、認められている部分もあるとは思うんだけれどもね。アップテンポな曲ばかりなのは、相手に合わせてみたんだけど、駄目かな」
天はそれを聞くとやれやれといった様子で、腰に手を当てて答えを返した。
「ふーん、まあ、いいんじゃない。他の皆も異論なさそうだし」
全員何でも来いと言った風格と言うか、風貌である。俺は感謝を述べつつ、それからようやく今日の練習に入っていこうとそう言ったのであった。
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