第19話「冥王と英雄」

「ありがとう、クロ」


「いいって。けど、せいりょうを追うって言っても、どうすればいいんだ?」


「神出鬼没だから、探し出すのは困難かもしれないね…… あ、そうだ」


 ハクは持参していた布袋に腕を入れ、何かを探し始める。


「あった。お師匠様、もしかしたら、これが何かの手掛かりになるかもしれません。調べていただけませんか?」


 そう言って差し出したのは、剣だ。正確には、刃が折れて使い物にならなくなった、がらくた同然のものだが。

 布袋を傷つけないようにだろう、僅かに残った刃の部分は古びた長い布で包まれていた。


「クロがいた屋敷にあったという剣です。折れてしまっていますが……」


「あー、そんなのもあったな。すっかり忘れてた」


 木剣の扱いに慣れてきたため、というのもあるが、ここのところ色々な出来事がありすぎたため、という方が理由としては大きい。


「ふむ。広く普及している一般的な剣じゃのう。これといって魔法が使われた痕跡も見られんが…… 念のため、詳しく調べてみることにしよう。冥王復活を目論む敵の尻尾を掴める可能性があるかもしれんしのう」


「よろしくお願いします」


「そうだ。結局、その冥王ってのはなんなんですか?」


 話が進む前に、クロは疑問をぶつけた。

 単語だけは何度か耳にしてきたが、瘴気に関係する存在だろうということと、それが復活すると不都合らしいということしか察することができなかったからだ。


「遥か昔、世界を滅ぼそうとした悪しき者じゃよ。英雄と呼ばれる者との激戦の末にその身を散らしたが、完全に消し去ることはできなかった。この世界に蔓延っている瘴気というのは、その冥王が宿していた魔力が変異したものだと考えられておる」


「もしかして……」


「闇属性の魔力じゃ。あくまでも、一説に過ぎないがのう」


 限りなく事実に近いだろう。瘴気に当てられた魔物たちは、闇属性の魔力に目覚めているのだから。


「…… 英雄ってのは?」


 初めて耳にしたその単語に、クロは興味を持った。


「そう呼ばれるようになったのは、冥王との戦いを経て、じゃがのう。その者もまた、光属性の魔力を宿しておった」


「へえ」


 だから、ハクが選ばれたのだろう。

 言葉には出さず、内心でそう思った。


「冥王と相打ちになる形で命を落としてしまったがのう」


(…… 英雄の瘴気、とかは残らなかったんだな)


 どれ程の強さだったのかはわからないが、相打ちに持っていける程、冥王とは実力が伯仲していたはずだ。

 それなのに何故、冥王とは異なり、死後、世界に影響を及ぼさなかったのか。

 クロが知らないだけかもしれないが、今日この場所を訪れるまで、彼が英雄という単語を聞いたことはなかった。冥王の瘴気に近しい何かを、その者が残せていないという推測は、間違いないだろう。

 とは言え、これ以上脱線させてまで話すことでもないと思い、口には出さなかった。


「死して尚、冥王はこの世界の脅威だ。復活なんてさせるわけにはいかない。そして、そんなことを目論む相手も同様に手強いだろう」


 だから、と付け足し、ハクがフランの方を向く。


「できれば、フランにはこの旅に参加してほしくない」


 フランは即座に言い返すようなことはしなかった。ハクの真剣な面持ちに気がついたからだろう。


「最初に本来の目的を言わなかったのは、悪いと思ってるよ。ただ、許してほしい。冥王を信仰するような人間の耳に伝わる危険を考えたら、そうするしかなかったんだ」


 確かに、ハクの視点で考えれば、闇属性の魔力を宿した記憶喪失の存在など見るからに怪しい。冥王に肩入れする人間かもしれないと疑われても、仕方のないことだ。それをぼかして伝えているのだろうと、クロは理解した。


「私は、二人に比べたら、弱くて、泣き虫で、頼りないかもしれない」


 フランが肩を震わせながら、言葉を紡ぎ始める。


「でもだからって、はいわかりましたって引き下がることなんてできない。大事な友達が危険な目に遭うかもしれないなら、尚更」


 危険への恐怖か、はたまた拒絶されることへの恐怖か。それはフラン自身にしかわからない。だが少なくとも、彼女はその恐怖に打ち勝って、思いを伝えている。

 その覚悟が届いたのだろうか、お師匠様がため息を吐いてから話を切り出した。


「…… ではこうしよう。どのみち、今のお主たちでは、ヒョウとやらをはじめとした四死生霊と名乗る者たちと対峙したとき、勝利することはまずできん。よって、半年間わしのもとで修行に励んでもらう。最終日、わしが設ける課題を三人で突破できれば、三人旅を認めよう」


「本当ですか!」


 フランが机に身を乗り出す。


「ただし、それを突破できたとしても、旅の途中でハクによって力不足と判断された場合には、強制送還じゃ」


「うっ……」


 厳しい条件だ。だが、こうでもしなければ、ハクの旅の目的を果たすことはできないのだろう。


「わかりました。私、やります!」


「いい返事じゃ」


「頑張ろうな、フラン!」


「うん!」


 震える少女の姿は、もうどこにもない。


「早速始めますか?」


 ハクがそう尋ねたが、お師匠様は首を横に振った。


「クロとフランにとって、ここはまだ慣れない場所で落ち着かないじゃろう。今日一日くらいは、ゆっくりした方が良い」


「では、その前に一通り二人を案内しますね」


「うむ」


 ハクが部屋を出ていこうとしたため、二人もそれに続いたが。


「そうじゃ、ちと待ってくれんか」


 何かを思い出したかのように、お師匠様が声をかけてきた。


「いかがなさいましたか?」


「いや何、少し魔法でも見せてやろうと思ってのう。長話が続いて退屈じゃったろう」


「いいんですか!?」


 フランが目を輝かせる。名の知れた大魔導師の行使する魔法が見れるとなれば無理もないのだろうが、彼女のあまりの食いつきぶりにクロは少し呆れてしまった。


「まあ、大したものではないがのう…… クロ、少し手伝ってくれんか?」


「え、俺ですか? 魔法の使い方なんて知らないですけど」


「構わんよ。何、そう難しいことではない。わしが手を叩いたら、『私の名前はクロです』と言ってくれれば良い」


「『私の名前はクロです』?」


「うむ」


 まだ合図は出ていないが、確認のためにクロは復唱する。


「これに何か意味があるんですか?」


「それは、やってみてからのお楽しみじゃよ」


「フラン、下がっていた方がいいかもしれない」


「う、うん。わかった」


「え、何? 俺爆発でもすんの?」


「そんなわけなかろう…… 始めるぞ」


 お師匠様が咳払いをした。

 一瞬、静寂に包まれた後、合図の音が響く。


「『私の名前はクロです』」


「ぶっ!」


 フランが吹き出した。それとほとんど同時に、お師匠様が再び手を叩く。


「ど、どうした? 何か面白かったか?」


 何が起こったのか、クロは理解できなかった。

 笑いを堪えるようにしているフラン。

 難しい顔をしながら、顎に手を当てて何か考えている様子のハク。

 表情に特に変化がないお師匠様。

 三者三様の反応で、推測を立てるのも困難だった。


「い、いや…… だってクロ、全然呂律が回ってなかったから……」


「ええ? そんなはずないと思うんだけどな」


 だが、フランの反応を見るに、そうだったのだろうとクロは認めざるを得ない。


「…… 認識を阻害する魔法の一種じゃよ。既に解いておるから、もう問題はない」


「は、はあ」


 クロからしてみれば実感がなく、拍子抜けしてしまった。


「あー、面白かった。もう一回、もう一回やってください!」


「今回はここまでじゃ」


「えー」


「フラン、そろそろ行こう。この家は広いから、回るのに時間がかかるんだ」


「はーい」


 それから二人は部屋を出て、ハクに連れられて家の中を移動する。

 食事を取るための居間や、寝床となる部屋、風呂場など、主に利用するであろう場所を案内された。先程の部屋は応接室らしい。


「外から見たときも思ったけど…… すごい広いよね」


「土地代とんでもねえ額になりそうだな」


 落ち着かない様子のフランと、辺りを見回しながらそう話す。普段ならここでハクが注釈なり解説なり入れてくれるが、今回はそれがなかった。


「ハク?」


 フランが心配そうに、顔を覗き込むようにしてハクの前方に立つ。


「え? ああ、ごめん。なんだい?」


「もしかして元気ない?」


「いや、そんなことはないよ」


「ならいいんだけど……」


 元気がないのかどうかまではクロにはわからないが、ハクの様子が普段と違うことには気づいていた。


「ごめんね、心配かけて。さ、案内はここまでにして、昼食にしようか」


 本人が大丈夫だと言う以上、しつこく聞いても迷惑をかけるだけだ。そう判断し、クロは何も言わなかった。

 昼食の後、旅での出来事などをお師匠様に語ったり、修行の段取りを立てたりしているうちにあっという間に時間は過ぎ、一日が終わる。


(明日から、修行か……)


 クロはハクと同じ部屋で、ベッドに体を預けていた。

 仰向けになり、天井に向かって腕を伸ばす。


(お師匠様はフランへの課題みたいに言ってたけど、他人事だと思ってられないよな)


 課題程度乗り越えられなければ、ヒョウをはじめとする四死生霊を倒すことはできない。クロとしても、課題は絶対に突破しなければならないのだ。


(やってやる。絶対に)


 期待と緊張を胸に、その夜は幕を下ろした。

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