第二章『魔法』
第17話「四死生霊」
新調した木剣を片手に、平野を歩くクロ。二人分の眼差しが背中に向けられているが、意にも介さず目的の場所へと突き進んでいった。
「クロ、急ぎすぎじゃない? 傷が開いちゃうよ」
「このくらい平気だって。嫌って程休んだからな」
振り返っておどけて見せるが、心配そうなフランの表情が変わることはない。それに気がついていながらも、クロは見て見ぬふりをして再び進行方向へと視線を戻す。
「ハクの旅をだいぶ遅らせちまったからな。少しでも巻き返さねえと」
「君が気にする必要はないんだけどな……」
目を覚ましてから十日程で、クロの傷は完治した。大事を取って数日様子を見た後、ようやく、魔導士の国アイアを目的地に定めて旅を再開することに。
転移魔法陣を使って大陸を越えた一行は、自分たちの足で次の国の結界内へと歩みを進めていた。誘拐事件に巻き込まれたせいで、資金調達が思うように行えなかったからだ。
先日のように夜間料金で馬車に乗るという選択肢もあったが、クロが病み上がりであることを考慮し、日中に動き出すこととなった。
徒歩と、魔物との戦闘。どちらがより体に負担をかけるかなど、言うまでもなくわかることだ。
「…… なんか、地味だな」
向かう先にそびえる国を見ながら、クロが呟く。
アイアを守護する結界は、透明だった。光の反射具合で部分的に視認できる程度で、他国のものと比較すると見劣りする。
「アイアの結界に運用されているのは、無属性の魔力だからね。その影響だと思うよ」
「無属性?」
「その名のとおり、属性がないってことさ」
「へえ。そんなのもあるんだな」
先日の件で魔力への理解が深まったつもりだったが、知らないことはまだまだ多いらしい。到着したら色々と調べてみよう、とクロは考えた。
幸い、アイアには博識な大魔導師とやらがいるそうなので、その人物に尋ねてみるのも悪くないだろう────
「なあ。ハクのお師匠様って、どんな人なんだ?」
「名の知れた魔法使いでね。あらゆる知識と、それを活かした魔法は本当に……」
「いや、そうじゃなくて。こう、厳しいとか、礼儀を重んじるとか…… そんな感じの」
聞けば、リペルが話していた大魔導師とハクのお師匠様は同一人物かもしれないとのことだ。記憶の手掛かりと、自身の更なる成長をクロは期待していたが、その前にお師匠様の人となりを知っておきたかった。
「とても気さくで、親しみやすい方だよ」
「へえ、意外だな」
ハクがとても礼儀正しい性格をしているため、お師匠様に厳しい指導でもされていたのかとクロは考えていたが、予想が外れる。
「良かったあ。もし怖い人だったらどうしようかと思ったよ」
「心配いらないよ。でも、失礼のないようにね。お師匠様は、本当にすごい人だから」
(…… やたら尊敬してるな)
盲目的に崇拝しているようにも思われたが、口には出さなかった。顔も知らない相手への誹謗になりかねない内容を言葉にすることは躊躇われたからだ。
もしかしたら、それだけの敬意を受けるにふさわしい存在なのかもしれない。そう思うことにした。
「そういえば、試練は受けないのか?」
あまり熱心に語られても困ると思い、クロは話題を切り替える。
試練や番人といった話題は、しばらく上がっていなかった。聞きながら、さすがに挑戦しないことはないだろうと心の中で考える。
一つ、挑戦しない理由があるとすれば。
「うん。アイアでは試練は行われていないからね」
「へえ…… え?」
クロは思わず聞き返した。既に突破済み、という答えを予想していたからだ。そもそも試練が用意されていないなどとは、考えていなかった。
「詳しく話すと長くなるんだけど…… アイアには番人がいないんだよ。だから、証を手に入れることができないんだ。結界自体は、ちゃんとあるんだけどね」
「番人がいないって…… 管理とか大丈夫なのか?」
「大丈夫みたいだね。今のところは」
珍しくハクが言葉を濁す。クロは気になったが、長話をじっと聞いていられる自信もなかったため、それ以上聞くことはなかった。
「…… あれ?」
フランが、ふと立ち止まる。振り返ると、彼女が空を仰いでいるのがわかった。
「どうした?」
「何か落ちてくる」
上空を指差すフラン。クロも彼女と同じように空を見上げると、確かに何かが、風に流されて落下しているとわかった。
長方形の、紙のようなものだ。それはゆらゆらと宙を舞いながら、ゆっくりと、時間をかけて高度を下げていく。
三人がそれに合わせて位置を調整することはなかったが、なんの偶然か、手紙は彼ら彼女らのすぐ近くへと辿り着いた。
「これは…… 手紙?」
手に取ったのは、ハクだ。封をされた手紙の裏を見ると、そこには意外なものが書かれていた。
「なんで、僕の名前が……?」
汚い文字だったが、そこには確かにハクの名が。彼の書いた手紙が送り返された、というわけではなさそうだ。となれば、彼宛のものと考えるのが妥当か。
恐る恐るといった様子で、彼が手紙の封を切る。中からは、一枚の便箋が出てきた。
「こ、これは……!」
目を丸くするハク。握る力が強くなったことで、便箋が歪んだ。
「何が書いてあるんだ?」
覗き込むようにして、クロとフランも内容の確認を試みる。
「いやきったねえ字!」
宛名同様、汚い文字が長々と書かれていて、読むのに苦労しそうだった。クロはたまらず、手紙から顔を遠ざける。
「代わりに読んでくんね?」
「う、うん」
文字の汚さに対してフランは反応を見せていなかったが、クロの言葉を受けてか彼女も同様に身を引き戻し、内容が語られるのを待っていた。
戸惑った様子を見せてから、ハクが手紙の文章を読み上げ始める。
『雷の国突破を記念して、いくつか情報をくれてやる。改めて自己紹介といこう。俺はヒョウ』
「ヒョウ!?」
驚きのあまり、クロは声を上げた。
「…… 続き読むね」
「あ、ああ。悪い」
一呼吸置いてから、ハクが再び読み始める。
『俺はヒョウ。凍死を司りし
「…… だって」
「また、あいつか……」
雷の国ヴィオーノの結界内に向かう最中に出会った、後方に撫でつけられた水色の頭髪が特徴的な男。
クロが失った記憶の手掛かりを有していると思われる彼が、またしても暗躍しているようだった。
「でも、どうやって手紙をここまで運んだんだろう。近くにいたはずないだろうし……」
辺りを見回しながら、フランが口を開く。
周囲に他の人間の姿は見えない。近くに遮蔽物もないため、潜伏しているわけでもなさそうだ。
「僕たちに察知できない距離から、僕たちの位置を捕捉して、風属性の魔法か何かで飛ばしてきたんだろう」
「そんなことできるのか?」
推測を聞いて、クロがそう尋ねた。魔法には詳しくない彼でも、ハクが述べたことを実際に行うのは難しいのではないかと思えたからだ。
「高度な魔法の技術がないと難しいけど…… 現に手紙が届いているわけだし、できたんだろうね。この四死生霊と名乗る男たちには」
四死生霊が一人。手紙にはそう書かれていた。
つまり、ヒョウはなんらかの組織に属しているということだ。そして、その者たちの目的は。
「冥王の復活……」
ハクがぽつりと呟く。
「なあ、冥王ってなんなんだ? 冥王の瘴気と何か関係あるのか?」
無関係であると考える方が難しい。だが、その詳細を推測できる程、クロの頭脳は優れてはいなかった。
「…… この件はお師匠様に報告しよう。クロの質問も、そのときに」
クロは今すぐにでも疑問を解消したかったが、ハクも手一杯なのだろうと察し、それ以上は何も言わなかった。
手紙をしまってから、三人は再び歩き始める。その足取りは重く、アイアの結界内に辿り着くまで、一言も交わされることはなかった。
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