第16話「瞑想」

「さて、ここから次の段階です」


「良かった。まだあるんですね」


「ええ、ここからが本番と言っても差し支えないでしょう。もう一度、床にお掛けください」


 クロは再び床に腰を下ろし、次の指示を仰ぐようにリペルを見つめる。


「先程の感覚を思い出してみてください。そうですね、順番としては、まず芯の熱を意識し、次にその熱を冷気に変換させつつ、体の表面まで移動させてみましょう。芯には熱が残ったまま、というのを忘れずに。最後に、それを全身に流動させるようにしてみてください」


「…… 一気に難易度上がってません?」


「想像するだけで構いません。魔力や魔法と想像力は、切っても切り離せない関係にあります。想像に引っ張られて、魔力が感じられるはずですよ」


「わかりました」


 彼女が言うのなら、そうなのだろう。そう思いながら、クロは言われたとおりに実践してみた。

 体の芯に、火を灯すような光景を思い浮かべる。すぐには上手くいかなかったが、根気よく、何度も、想像力を強く働かせることで、熱の感覚を取り戻した。


(次に、冷気に……)


 熱を移動させながら変換させる、ということがなかなかに難しい。温から冷への変換、というのが想像しづらいからだ。


「んんんん……」


「私の説明が悪かったかもしれません」


 苦戦しているのを見かねてか、リペルが声をかけてくる。クロは集中を続けながら、耳だけ傾けた。


「自らの意思で行うのは熱の移動だけ。変換は勝手に行われる、そう考えてみましょう」


「移動だけ、移動だけ……」


 熱を、体の表面に持っていく。熱の核となる部分を芯に残したまま、分け与える要領だ。

 そんな想像を続けていると、途中で表面の熱が冷気へと変わった。油断せず、クロはそのまま最後まで移動を行う。

 しばらくして、体の外側が冷気によって覆われるのがわかった。


(最後に、全身に……)


 魔力が流れ込んだときの感覚、それを思い出しながら、探り探り進めていく。だが、これも一筋縄ではいかなかった。

 今、己が感じているものを流動させるには、どうするべきか。何故、円滑に行えないのか、思考することで答えは出た。


「これは……」


 リペルが声を漏らす。


(よし……)


 クロの体に、魔力が発生した。彼が魔力を感じられるようになった、と表現した方が正しいだろう。理由は簡単、今まで感じていた熱と冷気が、そのまま魔力となったからだ。

 では何故、流動に成功したのか。

 それは、己の中の熱を更に強く想像したからだ。流れを作るには、それだけ大きな動力が必要になる。内側で流動するための熱と、変換して外側で冷気として流動するための熱。それが用意できれば、なんということはなかった。


「どうですか?」


「見事です。その感覚は、これからの旅で必ず貴方様の助けとなるでしょう。決して、忘れることのなきよう」


「…… これ、どうすればいいですか?」


「集中を解けば、自然と規模は収縮しますよ」


 想像と集中をやめると、確かに魔力の流れは微弱になった。だが、完全に消滅したわけではない。これは、魔力を感じられるようになったためだろう。元々、クロの中に魔力は存在し、気づいていなかっただけで今までもこのような状態だったのだ。


「今のは俗に言う、瞑想というものです。魔力の鍛錬においては基礎的で地道なものですが、だからこそ重要になります。日々これを続けていれば、魔力の総量や質が向上しますよ」


「ありがとうございます!」


 クロは立ち上がって、深く頭を下げた。


「礼には及びませんよ。むしろ、私にできることはここまでなので、心苦しくあります。魔導士の国、アイアには、博識な大魔導師様がいらっしゃるようですので、ハク様たちと相談して訪ねてみると良いでしょう。もし助力いただければ、更なる成長が見込めるかと」


「アイア……」


 聞き覚えのある国。確か、ハクの出身だったと思い出す。


「それにしても、不思議なものですね」


「え?」


「捜索を依頼された際にお聞きしたのですが、どうやらクロ様は、記憶を失っていらっしゃるようですね」


「はい。そのせいか、魔力のことも全くわかんなくて」


「…… 誰しも、物心ついたときから、魔力や魔法についてある程度の知識が身についています。それだけ、魔力は人々の生活に根づいているのです。専門的、限定的な知識となれば、また話は別ですが」


 そう言われて初めて、クロも違和感を覚えた。


「記憶喪失になったからといって、魔力のことも全く思い出せないということが、あり得るのでしょうか」


 例えば、食器の使い方や、言語、ある程度の一般常識は忘れていないのだ。それなのに何故、魔力に関しては一切覚えていなかったのか。


「…… 邪推でしたね。忘れてください」


 リペルが首を振った。考えても仕方のないことだと判断したのかもしれない。クロとしても変に追及されるよりは楽なため、掘り返さないことにした。

 もちろん、頭の片隅に置いておくつもりではあるが。


「それでは、今日はこれで失礼します。魔力方面の治療は終わりですが、クロ様の傷が癒えるまでは、私が身の回りのお世話をさせていただきます。私もこの宿に滞在しておりますので、何かありましたら同じ階の角部屋をお訪ねください」


「わかりました。ありがとうございます」


 そうそう、とリペルは付け加えた。


「無断外出はくれぐれも控えてくださいね。いつ誰にその身を狙われてもおかしくない状況ですので」


「わ、わかりました」


 闇属性の魔力が良く思われていない、ということに変わりはない。クロは今一度、気を引き締めた。


「それと、今回の騒動については、他言無用でお願い致します。現在調査中とのことですが、下手に噂が広まると、国家の信頼を失いかねません。もっとも、真実によっては国家転覆が起こった方が良いのかもしれませんが」


「ええ……」


 顔に似合わないリペルの物騒な発言に、クロは若干引き気味になる。


「冗談ですよ。ですが、くれぐれも話を広めないようにしてくださいね。クロ様に悪いようにはしませんから」


「わかりました。気をつけます」


「感謝します。それでは」


 深くお辞儀をし、リペルは部屋を出て行った。クロはベッドに腰を掛け、ふう、と息を吐く。


「疲れたな……」


 それなりに時間が経過していた。それもかなり濃密なものだったため、体力の消耗を後押ししているのだろう。


「やっぱ、病み上がりは駄目だな」


 少しばかりの休息を取ることに決めたクロ。ベッドの上に座ると、窓から外を覗き込んだ。

 夕焼けの赤と、夜の青が同居しているような、幻想的な時間帯。思っていた以上に、二度目の睡眠で時間を浪費していたらしい。

 ハクの言葉からして、睡眠中、リペルが一度この部屋を訪れていてもおかしくはないだろう。もしかしたら、申し訳ないことをしてしまったかもしれない────クロのそんな懸念は、部屋の扉を叩く音によってかき消された。

 やけに大きな音である。


「どうぞ」


「クロ!」


 扉を開ける音とほぼ同時に、クロの名を呼ぶ声が聞こえた。

 部屋に入ってきたのは、フランだ。それも、何故か涙目の。


「良かった、無事で……!」


「おお、無事も無事、超元気よ」


 駆け寄ってくるフランに対し、クロはおどけてみせた。


「私のせいで、ごめんね……」


 いつもの彼女であれば、呆れるか怒るかするだろう。クロはそう思って先程の返答をしたのだが、話は予想外の方向へと進んでしまった。


「フラン!」


 彼女の名を呼び、続けて部屋に入ってくる者がいた。

 ハクだ。


「フランのせいじゃないよ。伝える必要はない」


「だとしても、ハクだけのせいになんてできないよ」


「なあ、二人してなんの話だよ。さっきのごめんねって、いったいどういうことなんだ?」


「…… クロが人攫いに気絶させられた後も、私とハクは襲われ続けたんだ。一生懸命戦ったんだけど、私が無意識のうちに魔法を使っちゃったみたいで、気がついたらこの国に戻ってたの」


「魔法を、無意識に?」


「フランは追い詰められて、相手を強く拒絶していたんだ。その感情が、魔法となって現れたんだと思う」


 話を掴めない様子のクロのためか、ハクが補足して説明した。


「フランが放った矢が跳ね返されて、僕たちに命中したんだ。恐らく、相手を特定の場所に転移させる魔法だったんだろう。そのおかげで、僕たちは運良く逃げきることができたんだ」


「おかげ、なんかじゃないよ」


 フランの表情が曇る。それにつられてか、ハクも暗い表情になった。


「私のせいで、あのときクロを助けることができなかったんだから」


「…… もし魔法の暴発がなくても、僕はフランを連れて逃げていたよ。君を責めることなんてできない」


「でも」


「誰のせいとかどうでもいいだろ」


 重くなっていく空気に耐えきれず、クロは口を開く。


「色々あったけど、三人ともこうしてまた顔を合わせて話せてる。なら、それでいいじゃんか」


「で、でも……!」


「自分のせいだって思ったとしても、それは心の中に留めておけばいい。だってよ、三人とも自分が悪いって思ってるんだから、これ以上話したって無駄だろ?」


「それは、そうだけど……」


「はい! じゃあこの話おしまいな!」


 クロは両手を叩いて、話を強引に切り上げた。


「…… ふふっ」


 そう笑い声を漏らしたのは、ハクだ。堪えきれなくなったようで、大声を出して笑い始めている。彼がここまで笑うのは珍しい。


「ど、どうした?」


「ごめんごめん。あまりに強引だったから、つい、ね」


「…… 変なの」


 フランもまた、笑顔を見せた。三人の表情は緩み、雰囲気が明るくなっていく。


「そういえば、試練の話はどうなった?」


「それなら、今日挑戦させてもらうことになって…… なんとか突破したよ」


「え、マジか」


「…… 何さ、その反応」


「悪い悪い、そう怒んなって」


 物言いたげな視線が、フランから向けられた。クロとしてはただ驚いただけだったのだが、確かに失礼な反応だったと思い直し、自省する。


「証が手に入ったなら、治療が終わり次第、次の国に向かう…… ってことでいいんだよな?」


「そうだね。僕も、なるべく早くアイアに到着したいと考えてるから…… ただ、クロが試練に挑戦したいって言うなら、しばらくここに滞在することも考えるけど」


「いや、俺はいいよ。先にアイアに向かうことにしようぜ」


 試練を受けさせたがっていたはずのハクが先に進もうとしているのなら、そうするべきなのだろうと判断した。


「つっても、何日後になるかなあ」


「焦る必要はないよ。修行とか、資金調達とか…… できることは色々あるからね」


「でも、さすがに明日は休みたいかな……」


 ため息混じりに、フランが呟く。どうやら、今日挑戦した試練は過酷だったようだ。少なくとも、彼女にとっては。


「だいぶ参ってんな…… 試練、そんな大変だったのか?」


「聞いてよ、それがさ────」


 初めはぎこちなかった会話だが、徐々に普段の空気感を取り戻していく。

 何気ない日常。久しぶりに身を置いたそこが心地良く、クロは痛みも時間も忘れて仲間との談笑に耽るのだった。

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