第12話「実験」

「…… ん」


 肌寒さと妙な痛みによって、意識を引き戻される。ゆっくりと目を開けると、鉄格子で仕切られた向こうに、複数の人物がいるのがわかった。


「ここは……」


 かつて目覚めた屋敷の地下に似てはいるが、よく見てみると細部が異なる。どうやら、別の場所らしい。何故自分はこんな所にいるのかと、クロは思考を巡らせる。一度記憶喪失になっている彼だが、今回は意識を失う直前の出来事を覚えていられたようだった。


(確か、依頼の後に襲われて……)


 ヴィオーノでの依頼。魔物退治を終わらせた後、共同戦線を張っていたはずの他の請負人たちに襲撃されたのだ。そして、相手の連携になす術なく敗北を喫してしまった。

 クロが今ここにいるのは、先程交戦した男女に捕まり、連れられてきたためだと考えるのが妥当だろう。手慣れた様子だったことから、彼ら彼女らこそが、頻発していた人攫いの実行犯だったと考えられる。

 ハクとフランはどうなったのか。それを確認しようとして、彼はようやく気がつく。


「な、なんだこれ」


 自らの周辺をよく見ると、両手にはそれぞれ手錠がはめられ、それが鎖で天井と繋がれているのがわかった。足は金具で壁に固定されている。磔にされているような状態だった。これではまるで、囚人に対する扱いだ。


「目が覚めたようだね」


 鉄格子の向こうから、仮面を着けた人物が、くぐもった声で話しかけてくる。声色からして、中身は成人男性だろう。実際に確認してみなければ断定できないが、襲撃してきた請負人たちとは、また別の人物に思える。

 頭頂部から生えた、獣のたてがみのような毛髪が特徴的だ。それが地毛なのか、仮面に施された装飾なのかは、現在クロがいる場所からは確認できない。


「ハクとフランはどうした!」


 クロは一番早く倒れてしまったため二人のその後を知らないが、あの状況で無事でいられるとは思い難かった。

 見える範囲に、二人の姿はない。別の場所に隔離されているのか、あるいは。


「一緒にいたらしいお友達のことかな? 残念ながら逃げられてしまったよ」


 捕まってはいないことがわかり、クロは一瞬安心したが、直後に続いた言葉を耳にして考えを改めることとなる。


「まあ、すぐに殺すけどね。犯行現場に居合わせたんだ。情報が漏れては困る」


「てめえ……!」


 すぐにでも殴りつけたい衝動に駆られたが、どれだけもがいても拘束具が外れない。ただ金属の擦れる音が聞こえるのみだ。


「うんうん。元気そうで何よりだ。じゃあ、実験を始めるとしようか」


「実験…… ぐああああああっ!?」


 突如として、クロの体に電流が走った。焼くような熱と痛みが、体中を駆け巡る。その激しさは、直前まで抱いていた怒りを一瞬でも忘れさせる程だ。


「反応は?」


「想定どおり、といったところでしょうか。魔力の漏れは微弱ですね。実験を続けているうちに収穫は得られると思いますが」


「そうか」


 男たちが会話している間にも、クロの叫び声と電撃は続いていた。彼はなんとか逃れようと身をよじらせるが、そう簡単に拘束が解けることはなく、無駄な足掻きに終わる。


「一旦止めろ」


「はっ」


 仮面の男の指示で電流が止まった。どうやら、この男が主犯格のようだ。そうわかっても、クロが媚びることはない。彼は獣の如く鋭い眼光を相手に向けていた。


「…… いったい、何が、目的だ?」


 息も絶え絶えに、クロはそう尋ねる。


「おや、そんなの決まっているじゃないか。闇属性の魔力について研究したいのさ」


「闇属性の、魔力……?」


 クロには意味がわからなかった。男の言う闇属性の魔力と、自分がどう関係しているのか。


「現代では、闇属性の魔力を持っているのは魔物だけとされている。まあ、人間として生まれてこないわけではないのだろうが、恐らく処分されてしまうんだろうね。つまり、こうして実験材料を手に入れられるのは非常に稀なんだよ」


 顔こそ見えないものの、饒舌に語る男の声は上ずっていて、興奮気味になっていることがわかる。


「何を、言ってるんだ……?」


「まさか、自覚していないのかい? 君には、闇属性の魔力が流れているんだよ」


「は……?」


 わけがわからなかった。どのような根拠があって、その結論に至ったのか。痛みが残っていなくとも、クロがその答えを自力で導き出すことはできないだろう。


「本当に知らないのか…… おい、魔石を」


「はっ」


 男は手下から何かを受け取り、クロに見えるように差し出してきた。目を凝らして見てみると、その手に黒い石が握られているのがわかる。


「ほらこれ」


「…… んだよ、それ」


「魔石さ。魔力でできた石だから、魔石。日常生活でも動力源として用いられているはずだけど、見たことがないかな?」


 痛みから解放されたばかりで上手く回らない頭を使い、クロは記憶を手繰り寄せた。それにより、確かにそれらしきものを旅の道中で見たことがあると思い出す。


「火なら赤。木なら緑って具合に、魔力の属性によって色が変わるんだけど…… 黒くなるのは闇属性だけなんだよ」


「それが、どうしたってんだ」


「これは、君から流れ出した魔力で作られたものだからね。君が闇属性の魔力の持ち主であることの証明に他ならないよ…… さて、お喋りはここまでだ」


 男が手下の方に目配せをすると、再びクロの体に電流が走った。

 痛いという感情だけが、彼の頭の中を支配する。男の言葉について考えている余裕など、あるはずもなかった。


「俺は少し席を外すから、後は任せた。無闇に傷つけるなよ。実験は慎重に、計画的に、だ。くれぐれも死なせないように」


 そう手下に言い残し、男が去っていく。

 その足音がクロの耳に届くことはない。雷が弾けるような音と、自身の口から発される叫び声だけが、クロの聴覚を支配していた。

 どれ程痛く、苦しんでも。叫び声を上げても。涙を流しても。意識を手放すことができない。あともう少しで暗闇に身を委ねることができるというその直前に、電撃は中断されてしまう。

 喉を痛めつける咳。荒れる呼吸。震える体。それらが落ち着いてきたと思った瞬間、またしても電撃に襲われる。


(なんで…… どうして、俺が、こんな目に……)


 焦点の合わない瞳が捉えたのは、自身を観察する男たちの姿。魔法の操作と思われる作業を行いながら、熱心に筆を走らせていた。恐らくは、反応を逐一記録しているのだろう。

 一人間に対するものとは思えないその扱いに、クロの心は刺激された。

 痛い。怖い。苦しい。助けて。そういった感情がことごとく変化し、収束していったのだ。

 憎い。

 人を人と見ぬような外道を前に、クロの胸中で黒い感情が渦巻いていた。それはやがて、ある衝動を生み出す。

 破壊。そして、その先の────


『君には、闇属性の魔力が流れているんだよ』


 ふと思い起こされる、男の言葉。


『闇属性の魔力を持っているのは魔物だけとされている』


 自身が闇属性の魔力を宿しているとすれば、魔物との差異は、いったい何か。

 いや、違う。何を誤れば、自身は魔物と同種の存在になってしまうのか。激痛に苛まれ、負の感情に呑まれそうになるこの状況でも、クロはその答えをすぐに得ることができた。

 心だ。

 感情の波に呑まれて暴走してしまえば、人として生きることはできない。それこそ、今目の前で非人道的行為を働いている者たち以下の存在となってしまう。

 心を強く保たなければ。良くも悪くも、その思いが枷となり、クロがなんらかの動きを見せることはなかった。それをいいことに、電撃の勢いはますます強くなっていく。


(ハク、フラン……)


 薄れゆく意識のなか、この場にはいない友の名を、心の中で呼ぶ。ただ、助けを求めているわけではない。


(お前たちは…… 逃げきれよ……)


 叫び声とともにクロの意識が途切れるまで、電撃は続いた。

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