第11話「罠」
それから七日間、三人は依頼をこなすことに尽力した。最初こそ慣れない作業に苦戦したものの、計画どおり簡単な依頼から徐々に難易度を上げていき、そして今日、とうとう魔物退治の依頼を受注している。
「そっち行ったぞ!」
「了解!」
ハクでもフランでもない声に応じつつ、クロは逃げ出した魔物を追いかけた。手負いの相手に遅れを取ることもなく、勢い良く木剣を振るう。刃がないため斬り裂くことはできないが、気絶させるには充分な威力だった。
それが、最後の一匹。戦闘開始直後には包囲網を作る形で存在していた多くの魔物が、十分も経たないうちに制圧されていた。
「もう終わりか。あっけなかったな」
「他の人たちが強かったからね。かなり助けられたよ」
クロは周囲への警戒を解き、ハクとフランの方へと近づく。
この場にいるのは、九人。結界外に現れる魔物の数が増えているとのことで、他の請負人との共同戦線を張っていたのだ。
戦闘経験が豊富とは決して言えないクロたちが危なげなく戦闘を終えることができたのは、間違いなく彼ら彼女らのおかげだろう。三人以外は全員顔見知りのようで、その高い連携力を活かして次々と魔物を無力化していった。
(…… 俺も、あれくらい強くならないと)
感心しているだけではいられない。
ヒョウから自身の情報を引き出すため。共にいてくれる仲間を守るため。クロはもっと強くなる必要があるのだ。
「疲れたぁ…… 早く戻って、明日に備えよう」
フランが抱いていた恐怖も、既に霧散したらしい。協力ありきとは言え、自らの手で魔物を倒すことができたためだろう。その成功体験は、きっと、彼女にとって大きなもののはずだ。
「その前に、他の人たちと話してみないか? 強くなる秘訣とか聞けるかもしれないぜ?」
「それもいいけど、後にしようよ…… また魔物が現れたら、さすがに厳しいだろうし」
「フランの言うとおりだよ」
無事魔物を討伐することはできたが、疲労がないわけではない。次、同じ数の魔物に包囲されれば、無傷ではいられないだろう。まずは、安全な結界内まで戻る必要があった。
「…… それもそうだな」
焦燥感から二人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。クロは微笑を浮かべつつも内心で自らを戒めた。
(ん……?)
言葉を交わす三人のもとに、一人の男が近づいてくる。気がついたらしいハクも向かっていき、手を差し出した。感謝の言葉を伝え合って解散するのだろうと、クロは思ったが。
「てやあっ!」
男が突然、携えていた剣でハクに斬りかかった。予想外の出来事に、三人とも反応が遅れてしまう。
「なっ……!」
ハクは間一髪のところで斬撃を躱したが、男に次々と攻撃を仕掛けられていた。動揺しているからか、それとも力量差故か、彼は反撃に出ることができないでいる。
「ハク! っの野郎!」
援護しようとしたクロに、数発の弾丸が撃ち込まれた。魔力で構成されたものらしく、実弾ではないためか衝撃の割に大した傷にはならない。
攻撃された方を見ると、別の男、先程まで共に戦っていたはずの請負人が、銃を構えているのがわかった。
「なんの真似だ!」
「まだわかんねえのか?」
他の請負人たちもまた、三人を囲むようにして怪しい笑みを浮かべている。つい先程までは付近にいたはずだが、三人が勝利の余韻に浸っている間に移動していたらしい。
「お前らはまんまと罠に掛かったってわけ」
「何を言って……!」
クロの言葉を遮るように、射撃。彼は咄嗟に剣身でそれを防いだ。ただ、衝撃を受け流すことはできなかったようで、手が痺れを訴えている。
「喋ってる暇があるのか?」
「くっ……」
聞き出す暇どころか、考える余裕すら与えてはもらえないようだった。兎にも角にも、まずはこの状況を打破しなければ。
「さあ、狩りの時間だ」
「このっ!」
フランが矢を放つ。だがそれは、狙撃手の近くにいた男が持つ盾によって防がれてしまった。
数においても、連携においても、相手の方が上だ。孤立しては勝機を見出すことが困難になるだろう。戦闘を行うようになって日が浅いクロでも、その程度の思考は可能だった。
「フラン、俺のそばから……」
「きえああああっ!」
フランに離れないよう言おうとしたが、上空からの奇声でかき消される。見上げると、短剣を持った女が落下してきているのがわかった。クロは転がるようにして回避したが、フランとは反対方向に逃げる形になってしまう。
「くっそ!」
どうやらもう一人の、大槌を持つ男によって放り投げられたようだ。女は華麗に受け身を取った後、フランの方を向いた。
「お嬢ちゃんの相手はアタシだよ!」
「うわあっ!?」
フランに対し、次々と短剣が振るわれていく。今のところ負傷させられてはいないようだが、時間の問題だろう。
彼女は接近戦を不得手としている。一刻も早く、助けに向かわなければ。
「フラン…… ぐあっ!?」
クロは動き出そうとしたが、背中から衝撃を受けたことで足を止めさせられた。狙撃手にまたしても邪魔をされたのだ。
「お前はこっち」
「ちっ」
大した傷にならないとは言え、痛いものは痛い。その痛みはクロの動きを確実に鈍らせる。それでも、弱音を吐いてなどいられない。
「どこまでやれるかな?」
「お前ら全員、ぶっ飛ばすまでだ!」
まずは、目の前の相手をどうにかする必要がある。
クロは狙撃手の方に向かって、真っ直ぐ駆け出した。直線的な動きだけでは、変わらず格好の的だ。当然、銃撃が彼を襲うが。
「…… っ! らああああっ!」
衝撃でよろめきながらも、走りを止めない。剣身を使って致命傷を避けつつ、相手との距離を一気に詰めた。
「マジかよ」
「うおおおっ!」
全力で斬りかかるクロ。だが、盾を持つ男がその巨体に見合わない俊敏性を見せて反応した。木剣は目当ての人物にぶつかることなく、盾によって軌道を阻まれる。
「ふぬぬぬぬ……」
相手の片腕は、クロの両腕程の径を有していた。どちらが打ち勝つかなど、一目瞭然だろう。
屋敷にいた魔物。あの攻撃を受け止められるだけの力を発揮することができれば、きっと────そう考えたが、当の本人にも仕掛けがわかっていないためか、その願いを引き寄せることはできなかった。
「軽いな」
懸命に堪えるも、クロは腕力で押し負けて弾き返されてしまう。体勢を崩されたが、相手が間合いを詰めてこなかったため、事なきを得た。
このまま打ち込み続けても意味がないと判断し、今度は盾役を迂回して近づこうと試みるが。
「装填完了、発射!」
数発の弾丸が再び発射される。回避不可能な速度だったため、クロは甘んじて受けた。頭の片隅に、このくらいなら受けきれる、という考えを置きながら。
「ぐあっ!?」
だが、それは見当違いだった。あまりの衝撃に、クロは後ずさる。幸い、踏ん張りを利かせたたため倒れることはなかった。
「さっきのが全力じゃねえんだよなあ」
「てめえ……!」
「クロ、危ない!」
フランの声が聞こえたのと同時に、気配を感じる。その方向へ振り返ると、大槌を持った男がすぐそこまで接近しているのがわかった。
盾を持つ男と同じ程に太い腕。そこから振るわれる大槌による衝撃を受ければ、ただでは済まない。クロは即座に回避しようとしたが。
「体が、動かねえ……!?」
「効いてきたか」
全身が痺れ、思うように動かせない。どうやら、先程受けていた銃撃に何か細工がされていたようだ。
今更気がついても、どうにもならない。
大槌が、次第に迫ってくる。それはやけにゆっくりと感じられたが、確実にクロとの距離を縮めていた。
(やべっ…… これ、死んだ────)
己の死を覚悟する。
不甲斐ない自身への嫌悪。仲間への憂いと、罪悪感。様々な思考が刹那に駆け巡ったが、左半身に強い衝撃を感じたのを最後に、クロの意識は暗闇の中へと消えた。
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