第9話「謎の男と猿と雉」
「なんじゃこりゃ」
時間は夜。転移魔法陣を使い、次の国の結界外にある集落へと辿り着いた一行。
雷の国、ヴィオーノと思われる国は黄色の輝きに包まれていた。それはまさしく雷のようにほとばしっていて、触れたら感電しそうな勢いを持っている。
「入った瞬間、感電死したりしないか?」
「そんなわけないでしょ……」
フランが呆れるようにそう返した。
「結界に使われている魔力の属性によって、その見た目も変化するんだよ。害はないから安心して」
「ならいいんだけどよ…… ん?」
クロは周囲を見回し、ふと気になるものを見つけ、指差す。
「なあ、あれなんだ?」
国と、三人が現在いる集落を取り囲むように、四つの塔のようなものがそびえ立っていた。
「ああ、あれは結界拡張塔だよ」
「なんじゃそりゃ」
「雷属性の魔力の性質を活かして、結界の有効範囲を広げているんだ。正式な結界範囲として認められているわけではないけど、魔物はほとんど現れないんだよ」
「へえ」
やはりハクは物知りだ。クロは感心しながら、彼の話を聞く。
「たった一人の魔導士が、魔法で造り上げたんだよね? 確か、三百年前だったかな?」
「…… 有名なのか?」
フランも知っていることに、クロは驚いた。彼女に対して、博識だという印象は抱いていなかったからだ。
「何その顔…… ヴィオーノには旅行で来たことがあって、そのときパパに教えてもらったんだ」
「なんだ、そういうことか」
「なんだとは何さ!」
ぷんすかという擬音が見えそうな程に、フランが怒る。
「悪い悪い。でも、魔法って本当にすげえんだなあ」
「…… こんな魔法を使える人物が凄い、とも言い換えられるね」
確かに、このような魔法を誰でも扱えるわけではないだろう。三百年も前となれば、さすがに生きてはいないだろうが、その人物のことがクロは気になった。
「どんな魔導士だったんだ?」
「あまり文献は残っていないけど…… 岩属性の魔法を使えたらしいよ」
「岩?」
「うん。今でもあまり見かけないけど、当時は今以上に珍しい属性だったらしいね」
「…… そういえば、人によって魔力の属性ってのが違うんだっけか?」
マクアで木剣を購入したときにも、属性という単語が話に上がっていたと思い出す。確か、老婆の兄が宿していたという氷属性の魔力は、珍しいものであるというような内容だった。
「そうだよ! ちなみに私は木属性!」
「へえ。珍しいのか?」
「いや、比較的多いはずだよ。五大属性の一つだからね」
「五大属性?」
「クロは本当になんにも知らないなあ」
「…… フランは知ってるのかよ」
「当然! 今から教えて差し上げましょう!」
胸を張って得意げな表情をするフラン。わざとらしく咳払いをしてから、再び口を開いた。
「水、雷、火、木、土。この五つをまとめて、五大属性って呼ぶの。他にも属性はあるけど、元を辿れば五つのうちのどれかに行き着くんだよ!」
「…… 詳しいもんだな」
フランに対しての評価を改めるべきかもしれない、とクロは内心で思うが、それは口には出さない。余計なことを言って機嫌を損ねても面倒だからだ。
「ハクは何属性なんだ?」
「…… 光属性だよ」
「へえ。そんなのもあるんだな」
五大属性ではない、ということは珍しいものなのだろう。誇らしげに語っても良さそうなものだが、ハクは気乗りしていないような表情をしていた。あまり話したくないことだったのかもしれない。
「俺は何属性なんだろうなあ」
クロは純粋にそう思って呟いただけなのだが、ハクの視線が、僅かに揺れた。色々考えているのだろうが、その内容については全く察せない。
「…… さて、そろそろ行こう。馬車が出る時間になる」
転移魔法陣を使い、マクアから、次の国ヴィオーノの結界外にある集落へと転移できたが、そこから先へは徒歩か馬車で移動する必要があった。
夜間の馬車の利用料金は日中より割高らしい。御者が証を持っている馬車でないと移動ができないからだ。
だが、魔物と遭遇したときのための護衛役を引き受けることで、日中よりも安く馬車に乗ることができるとわかり、一行は出費をできるだけ抑えるため、この選択を取った。魔物と遭遇することも、そうそうないだろうという判断だ。
三人分の賃金を御者に支払ってから乗り込む。程なくして、馬車が動き出した。
クロは窓から景色を覗く。結界の範囲が拡張されているとは言え、さすがに人は出歩いていないようだ。そう思ったのだが。
「…… ん? なんだ?」
馬車が、急停止した。
「すまん! 途中乗車の客だ!」
御者の声。こんな道端で、とクロは思ったが、断る権利も理由もないため、そのまま新たな客を待った。
「いやー、悪い悪い。助かったぜ」
そう言って乗り込んできたのは、一人の男。後方に撫でつけられた水色の頭髪を掻きながら、クロの向かいに座ってきた。
「悪いな坊主。邪魔しちまって」
男は制服のような上着を着用している。三つの色で構成されていて、面積が広い順に水色、藍色、紫色。
だというのに下はそれに見合わない私服で、着崩すにも程があるだろうというような服装だった。
とは言え、高い身長と男前な顔のおかげか、どこか様になっていて、総合的に見れば頼れるお兄さんという風貌だ。
見た目だけなら。
「いえ、別に……」
「そう堅くなるなよ。仲良くしようぜ。俺はヒョウ。お前は?」
「…… クロです」
「クロ、か。そっちの二人は?」
「フランって言います!」
「…… ハクと言います」
「フランにハクか。よろしくな」
言いながら、ヒョウはクロの手に視線を向けた。
「…… へえ、お前ら試練を受けてるのか」
どうやら、指輪を見ていたらしい。すぐに試練と結びつけることができるあたり、ヒョウもなんらかの形で試練と関わりを持っているのかもしれない、とクロは思った。
「はい! って言っても、まだ一つ突破しただけなんですけど」
人見知りをしない性格なのか、フランは既に打ち解けているようで、会話を弾ませている。対して他の二人はというと、口数が少なくなっていた。
クロは、ヒョウに不信感を抱いている。理由は彼自身もよくわかっていない。それ故、同時に自己嫌悪も始まっていた。
「クロ、どうしたの? 元気ないけど」
「そ、そうか?」
「寝不足じゃないかな。三人旅が始まってから、こうして夜に活動するのは初めてだし、慣れないのも無理はないよ」
「眠いなら寝とけ? 若いうちに寝ねえと、背が伸びねえからな」
冗談混じりに言うヒョウ。
普段なら、クロはその様を見て、悪い人間ではないのかもしれないと思えるのだが、この相手に関しては話が別だった。
「…… そうですね」
どう返したらいいかわからず、目を逸らしてから当たり障りのない言葉を吐き出す。
「…… ところで、クロ。一つ聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「お前、剣はどうしたんだ?」
「剣?」
なんのことかわからず、ヒョウの顔に視線を戻した。
「屋敷に置いてあった剣だよ。あのぼろいやつ」
「ああ、あれは折れちゃって…… え?」
返答しながら、違和感を覚えるクロ。その違和感の理由を探す間もなく、ハクが杖の先端をヒョウへと向けた。
「クロが持っていた剣のことも、ましてや屋敷の件についても、貴方には話していない。それなのに、貴方は知っていた。いったい、何者ですか?」
「落ち着けよ。こんな場所で魔法なんて使ったら、客車が吹き飛んじまうぜ?」
その言葉を受けてかハクが杖を引くが、視線はヒョウから動かさずに警戒を続けている。
「どういう、ことなんだ……?」
「その顔、やっぱりお前面白いわ」
その言葉が、クロの脳内に響いた。まるで、どこかで聞いたことがあるような、不思議な感覚────────
「ぐっ……!?」
突如として襲いかかってきた激痛に、クロは頭を抱えた。不鮮明な映像を脳裏に浮かばせながら、割れるような痛みが彼を苦しめる。
(屋敷のときと、同じ……!)
「クロ、大丈夫!? クロ!」
フランがクロに近づき、容態を確認した。
「クロに何をした!」
「…… なるほど、こういう反応か」
「答えろ!」
ハクは杖を握りしめて怒りを露わにしている。
「何もしてねえよ。あまりにもお前らが鈍いんで、少しからかってみただけだ。ま、さすがにもう気づいてるよな」
ヒョウが徐に立ち上がり、左手をひらひらと振った。
「俺が、お前を屋敷へと運んだ張本人だよ」
「お前、が……?」
頭を押さえながら見上げるクロの眼に映るのは、薄気味悪い笑みを浮かべた男の姿。
「客人! 外に出てくれ!」
緊張した空気に、御者の声が響く。
「魔物だ! 討伐を頼む!」
「こんなときに……!」
「ほらほら、早く行かねえと馬車がおじゃんになっちまうぜ?」
「くっ…… フランはここでクロを見ていて!」
「でも、ハク一人じゃ危険だよ!」
「俺なら、大丈夫、だ……」
クロは立ち上がって、声を振り絞った。
「三人で、戦おう」
「…… わかった。だけど、無理はしないでね」
「おいおい、俺は頭数に入れちゃくれねえのかよ」
ヒョウが冗談混じりに呟く。そんなことはお構いなしに、三人は馬車を降りた。
馬車の前方で、一匹の猿が陣取っている。全身の毛が逆立っていて、殺気立っているのが明らかだった。
「見た目は確かにただの野生動物だな」
「油断しちゃ駄目だよ。凶暴なだけじゃなくて、身体機能が大幅に上昇しているからね」
「でも、猿一匹なら馬車で逃げきれると思うんだけど」
「魔物はそいつだけじゃない!」
御者の声に、三人はすかさず周囲を窺う。だが、他の魔物の姿はない。そんななか、ハクがふと顔を上げた。
「上だ!」
二人も同じように空を見上げると、一羽の雉が翼を振るう瞬間が確認できた。その雉から、強風が繰り出される。
「きゃあっ!?」
舞い上がった砂埃が入らぬよう、三人は目を閉じた。
その状況で、クロは気配を感じる。何か良くないものが近づいてくると、理解したのだ。それ故に、無理にでも目を開けて、その方向へと駆け出した。
「うおおっ!」
フランに近づいていた猿の腕を、木剣で受け止める。
「せこい手使ってんじゃ、ねえよ!」
そのまま猿を押し返した。風も止み、視界が良好になる。
「こっちは俺が引き受ける! 二人は飛んでる奴をなんとかしてくれ!」
「了解!」
「気をつけてね!」
二人が離れたのを確認してから、クロは再び相手の方へと向き直った。一方の猿はというと、息を荒くして彼の方を睨んでいる。
どう攻めるか決めかねる彼に、猿が飛びかかってきた。
(躱してから叩き込む!)
かなりの瞬発力だが、反応できない程ではない。そう考えたクロは、後ろへ数歩飛んで猿の攻撃を躱そうとした。
だが。
「は?」
猿の爪が、伸びた。いや、正確に言うなら、爪に重なるようにして、爪を模した黒い『何か』が出現したのだ。
「うおおっ!?」
余裕を持って回避できると高を括っていたために反応が遅れたが、なんとか木剣で防御することができた。木剣は切られることも折られることもなく、猿の『爪』をしっかりと受け止めている。
猿は続けて、もう一方の『爪』をクロに振るった。
「危ねっ!」
クロはすかさずしゃがみ込んで、攻撃を躱す。左手で土を掴んでから、体を右に転がして猿から距離を取った。そして立ち上がり、再び木剣を構える。
猿は着地してすぐに距離を詰めてきた。
それに対し、彼は木剣で応戦する素ぶりを見せながら、機を窺う。
(…… ここだ!)
猿を充分に引きつけて、左手に握っていた土を放り投げた。両手で木剣を握っているように見せていたことで、警戒されることなく、相手の顔面に命中する。少量とは言え、目に入れば数秒の視界不良は免れない。思惑どおり、猿は目を閉じながら暴れ始めた。
「気をつけてれば、大したこと、ねえなあ!」
猿の猛攻を数発いなしてから、もう一度距離を取る。猿が位置を変えずに暴れていることと、目を閉じていること、クロはその二点を確認した後、木剣を空高くへと放り投げた。
「さーて、剣はどこに消えたでしょーか?」
眉間に皺を寄せながら目を開けた相手に、クロはおどけてみせる。
直後、きょろきょろと辺りを見回す猿の脳天に、木剣が綺麗に落下した。クロはふらつく相手に接近し、その真っ赤な額に右の拳をめり込ませる。
地に伏した体が立ち上がることは、ない。
「か、勝った……」
予想外の出来事によって窮地に立たされたが、機転を利かせることで辛くも勝利を収めることができた。だが、安堵するにはまだ早い。すぐさま、雉と戦っているであろうハクたちの方へと顔を向けた。
が、雉の姿は上空にはない。
「ってあれ? なんでこんな近くにもう一匹…… いや、一羽か、がいるんだ?」
それなりに距離を取って戦っていたはずだが、雉の魔物がクロのすぐ近くに倒れていた。雉は、光り輝く縄のようなもので動きを封じられている。
「ごめん。牽制するのに失敗してね。危うくクロの邪魔をされるところだった」
「大丈夫? 怪我してない?」
ハクとフランが駆け寄ってきた。二人とも、心配そうな表情をしている。
「結果なんともないから、気にするなよ。それより、こいつらはどうする?」
「猿の方は気を失ってるみたいだし、もう暴れる危険はないんじゃないかな。雉の方は…… まあ、見てればわかるよ」
言われるがまま、クロは雉を見つめた。
拘束されながらも雉は抵抗する様を見せていたが、次第にその動きは静まっていき、やがて停止した。
「何やったんだ?」
「光属性の魔法で、沈静化したんだよ。魔物は闇属性の魔力を付与されているから、光属性の魔法が効果的なんだ」
「へえ、そうなのか」
正気に戻ったことを確認できたハクが、魔法による拘束を解く。すると、雉はゆっくりと羽ばたいて夜空を飛んでいった。
「猿は…… このままにしておくしかないね。連れて行くわけにもいかないし」
「そっか……」
フランが憂いのある表情を見せる。恐らく、猿に対して罪悪感のようなものを覚えたのだろう。
「そうだ、それよりあいつ!」
クロは客車へと駆け込んだ。ヒョウを問い詰める必要があると判断したからだ。
ただ、その姿は既に消えてしまっていた。
「は……?」
もう一度外へ出て、辺りを見回す。だが、ヒョウの姿はどこにも見えなかった。
「おじさん! さっきの男は!」
「いないのか? そんな馬鹿な……」
外にも客車にも、人が隠れられるような場所はない。つまり、ヒョウは一瞬にしてどこかへ消えてしまったということだ。
「ハク、これも何かの魔法なの?」
「こういった魔法がないわけじゃない。けど……」
躊躇うような間を空けた後、ハクは言葉を紡いだ。
「こんな魔法を使えるってことは、あの人は多分、僕たちよりも遥かに強い」
その場の空気が重くなる。ヒョウが敵かどうかはわからないが、味方だとはクロには思えなかった。恐らくは、他の二人も同じ気持ちなのだろう。
「…… あいつがどれだけ強かろうが関係ねえ」
クロは拳を握りしめて、続けた。
「次見かけたときには絶対逃がさねえ。何がなんでも、俺について知ってること全部吐かせてやる」
己の心に生まれた恐怖と不安をかき消すかのように、クロの口から出てきた強い言葉。それは、凍てつく夜の闇に吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます