第5話「番人と王子」
再び馬車に揺られた一行が着いたのは、青い海が映える砂浜だった。陽光の輝きが増幅されたかの如く、眩い世界が広がっている。
「ここに番人がいるのか?」
「定住してるわけじゃないだろうけど、よく訪れているみたいだからね。多分会えるはずだよ」
波の音を聞きながら三人分の足跡を砂浜に描き出していくうちに、クロは風情のある建物へと辿り着いた。どうやら海水浴を楽しむための道具や、食事などを提供する店のようだ。
「すみません。この国の番人にお会いしたいのですが、こちらで見かけませんでしたか?」
ハクがそう尋ねたのは、この店の受付と思われる人物。頭の鉢巻と強面が特徴的な男性だ。
「ん? ああ、姐御のことか。姐御なら今は潜り漁やって…… お、ちょうど出てきたみたいだぞ」
男性が海の方を指差したため、クロはそちらへと振り向く。視線の先では、海から上がってきたであろう一人の女性が歩いていた。
「おーい、姐御ぉー! なんか用事があるってよおー!」
男性が店を出て、手を振りながら女性を呼ぶ。そのあまりに野太い声が、クロとフラン、二人の肩を震わせた。
「おーう!」
女性も返事するとともに手を振り返し、クロたちの方へと向かってくる。そんな彼女の姿を確認した後、ハクは男性へと視線を戻した。
「行ってきます、ありがとうございました」
「いいってことよ!」
待っているだけでは失礼と感じたのか、ハクが女性の方へと駆けていく。クロ、フランもそれに続いた。
「初めまして、ハクと申します。アイアから試練を受けに参りました」
「ハク…… ああ、そうかそうか! アタシはヴェロット。この国の番人だ。よろしくな」
浅葱色の前髪をかき上げ、にかっと笑う。その手には大量の魚が入った網が握られていた。姐御と呼ばれるだけあって、豪快で明朗快活な女性のようだ。
「試練を受けるのは一人だけって聞いてたが……」
「私、フランって言います! 出身はここです! 私にも試練を受けさせてください!」
頭を下げるフラン。緊張しているのかやけに早口で、声も上ずっているようだった。覚えていないだけで、番人という存在は雲の上の人物と呼んでも過言ではないのかもしれないとクロは推測する。
「力むな力むな。フランね。で、そっちの坊主は?」
「クロです。よろしくお願いします!」
「いや名前だけって…… もっとなんかないのか?」
「彼は例の屋敷で保護したのですが、記憶がないようで…… 何か手掛かりを得られればと思い、一緒にヴェロットさんのもとを訪ねた次第です」
「なるほどな」
まじまじとクロを見つめ、黙り込むヴェロット。当然彼はその視線に気づいていたが、頭の中に浮かぶのは緊張とは程遠い内容だった。
(美人だなあ……)
クロがそんなことを考えてしまうのも無理はない。
潜り漁をしていたためか上は水着であり、豊満な胸が強調されている。色気が申し分ないが、番人と呼ばれるだけあってか美しくも逞しい筋肉の持ち主だ。裾の部分が広くなっていることでスカートのようにも見えるズボンも相まって、女性らしさの中にもどこか男性的な格好良さが見える。そんな彼女をわかりやすく示すとしたら。
(褐色系青髪美人お姉さん………!)
ちらりとフランの方を見る。
「…… 何?」
「いや、なんでも」
ヴェロットとフランを見比べていた、などとは言えるはずもない。だが、フランにはクロの内心がばれていたようで、彼女は明らかに機嫌を損ねていた。
「ま、どうせならクロも試練に参加しろよ」
「ええ!? でも、フランもそうですけど、そんな急に受けられるもんなんですか?」
「いや、本当は色々面倒な手続きがあるんだが…… ま、なんとかなる。そろそろ来る頃だろうからな」
「来る?」
「やいやいやい! 勝負だヴェロット!」
フランの声に被せるように、少年の声が響く。街へと戻るための階段の方を見上げると、やや低めの柵に足を掛けた青髪の少年の姿が確認できた。
「今日こそ、お前に、勝つ!」
青髪の少年は柵を踏み台にして、クロたちのいる方へと飛びかかってくる。言葉どおり、狙いはヴェロットのようだ。
「ひっさーつ!」
「くらえ魚爆弾」
「んぎゃっ!?」
あわや乱闘かと思われたが、そこはさすがの番人。右手に掴んでいた魚入りの網を使い、青髪の少年を一撃で鎮めた。一瞬の出来事にクロは言葉を飲み込む。
「ほら来た」
「え、ええええっ!?」
砂浜に伏している青髪の少年を見て、フランが驚きの声を上げた。その目はこれでもかと言う程に大きく見開かれている。
「どうかしたのかい?」
「こ、この人! この国の王子様だよ!」
「え」
「マジで?」
「まあ、この国の生まれじゃなきゃ知らなくても無理ねえかもな。おい、お前はとっとと起きろ!」
言いながら、ヴェロットは青髪の少年に軽い蹴りを入れた。その勢いで、伏していた彼の体が反転して仰向けになる。
「いってえ…… それが負かした相手にやることかよ」
愚痴を吐きながら立ち上がる少年。決着が付いても尚、ヴェロットに対しての態度を変えるつもりはないようだ。
「戦ったうちに入るわけねえだろ」
「んだとババア!」
「誰がババアだ殺すぞ」
「あの、それでその王子様がどう関わってくるんですかね?」
痺れを切らしたクロが会話に入り込んだ。一斉に自身の方を向いた二人に、若干たじろぐ。
「ああ、悪い悪い。軽く紹介しとくか。こいつはアキュー。フランの言うとおり、この国の王子だ」
「よろしくな」
「こいつらはクロ、ハク、フランだ」
ヴェロットによる紹介の後、三者三様の挨拶をした。それらに対して気さくな返事をしたアキューの態度が王族として普通であるのかクロは気になったが、この場で確認する程の度胸はない。
「試練を受けたいんだとよ」
「受けさせりゃ良いじゃねえか」
「証の指輪がないんだ。二人分」
「それを俺に用意してほしいってか?」
どうやら、話は難航しているらしい。それを察したクロは、ハクの耳元へと顔を近づける。
「指輪ってなんだ?」
「これだよ」
ハクは自身の左手を差し出して見せた。その中指には銀色の指輪がはめられている。まるで水晶のように透き通った中石が印象的だ。
「試練を受けるにはこれが必要なんだよ。証の指輪、端的に言えば資格みたいなものだね。国に申請すれば比較的誰でも貰えるんだけど、正規の手続きは結構時間がかかるんだ」
「ふーん」
聞くだけ聞いて、顔を戻すクロ。アキューと視線が合い、謎の気まずさから目を逸らす。
「…… なるほどな。事情はわかった」
ヴェロットに説得されてか、はたまた今のクロの素ぶりを見てか、アキューは納得したようだった。
「手配はする。が、どんなに早くても三日はかかる。四日後の朝には渡せるようにすっから、それまでは待っててくれ」
「じゃあ全員、四日後の朝に教会に集合で。指輪もそんときに。その後に試練開始だ」
「了解」
「わかりました」
「じゃ、俺はもう行くわ」
「ありがとうございました」
ハクが感謝の言葉を述べ、それに続いてクロとフランも頭を下げる。
「頼んだぞ」
「へいへい」
振り返ることなく返事をし、アキューは去っていった。
「…… ところで、試練って何をするんですか?」
待ちきれない、といった様子でフランが尋ねる。彼女は旅に出ることだけでなく、試練自体も楽しみにしているのかもしれない。
「それは当日になってからのお楽しみだろ。さて、今日はもう解散だ。いい加減戻んねえと魚の鮮度が落ちちまう」
またな、と手をひらひら振りながらヴェロットもこの場を後にする。その背中を見送ってから、三人は顔を見合わせた。
「何をするかわからないんじゃ、備えようがないよね」
「戦いに慣れておく、とかが無難なんじゃないか?」
「数日の戦闘経験だけでは、そう変化はないと思うよ。背伸びせず、今のままどこまでやれるか試してみよう」
試練の対策を立てることはできそうにないが、仕方がない。日が沈むまでにフランの家へと戻るべく、三人も帰路へ就くことにするのだった。
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