電波塔と夜景

佐藤凛

電波塔と夜景

四年ぶりに君に会った。

駅の出入り口で待っている君を私は一目で見抜けませんでした。分からなかったのです。

君は随分と変わっていたのですから。そうですね。なんというのか。

都会に染まった君はなんだか汚かった。

使い古した雑巾のような破けた服を着ていて汚かった。

若い肌の上にまるで油絵具化のように塗りたくった化粧がやけに白くて汚かった。

一重だったはずなのに、無理矢理二重にされた目元が深海魚を見ているようで汚かった。

耳に開けたピアスが蓮の種に映って汚かった。

君がけだるげに動くと匂うのはキツイ薔薇の香水で汚かった。

髪は、ここぞとばかりに個性な色を(私にはなんという色なのかはわかりませんでした)元々あったであろう綺麗な綺麗な黒髪の上に重ねてあって汚かった。

私は目の前の君の変わりようが突然すぎてしまいまして、私の耳に向かって発された言葉を気づかないまま駅の出入り口のすぐそばで立ち尽くしてしまいました。

君はその深海魚のような大きな目をぱちくり動かしながら私を不思議そうに眺めていました。

君はいつのまにか都会という泥水の中に身を浸している内に、醜くなっていました。


私たちは駅を出たすぐそばにある商業ビル内のファミリーレストランで一息をつくことにしました。私はアイスコーヒー、君はホットのカフェオレを頼みました。注文すると直ぐに店員が持ってきてくれました。私はコーヒーより多いのではないのかと疑うほどの氷をストローでカラカラとかき混ぜて、一息で半分の量を私の食道に通してしまいました。君はカフェオレには手を付けず、ちらちらと私の方を見ながら携帯を見ていました。うんともすんとも言わない時間がしばらく続いていると、おもむろに君の方から口を開きました。

「貴方は、オシャレはしないのかしら。オシャレは乙女の嗜みヨ。」

君の中でいつの間にか、ボロ雑巾を着るのが嗜みになっているだけだよ。と言いかけましたが辞めました。君とは口論がしたいわけではありませんので。

「そうなの。勿体無い。貴方は元がいいのだから、ちゃんと化粧すれば、すぐに男に言い寄られるようになるの二。」

何がもったいないのでしょうか。人間はありのままが一番美しいではありませんか。私はそんなに化粧を好みません。ゆで卵のようなツルツルの肌に絵具を塗り付けて何が楽しいのでしょう。

「ねぇ。貴方。この子を見てみなさいヨ。綺麗よネ。私もこうなりたいのよネ。何が違うのかしラ。お洋服カシラ。お化粧カシラ。ねぇ。貴方。」

それはね、君が綺麗に憑りつかれているからですよ。君はどうも綺麗なものを見すぎているようでした。都会は綺麗なもので溢れすぎているものですから、上を見ていても、下を見ていても、はたまた右も左もキラキラしていて綺麗なものだから、目がチカチカしますよ。君はそのチカチカした目で、さらにチカチカする眩いものを見ているのですから、いつの間にやらガチャガチャになっている。それはいけない。本来追うべきは美しいものなのに。

君は都会になったんだね。と小さな声で呟きますと、過剰に君は反応しました。

「あら、貴方がそんなこと言うのは珍しいじゃないノ。嬉しいワ。そうだ、今日この後、ショッピングをして貴方をコーディネートしましょうヨ。その、みすぼらしい服装から早く脱却するべきヨ。」

どうして分かってもらえないのでしょうか。私の目には君は汚く映ってしまって嫌なのです。君が都会に立つ無機質なビルに見えてしまって辛いのです。ボロ雑巾を着て、街を歩くのを辞めてほしいのです。そのことに気づいて欲しいのです。君は、あくる日もあくる日もそうやって無機質な顔をして、自分を高いように見せつけて、他人にどう思われているのかを気にして生きていくのでしょう。そして、ある時気づいたころには遅く、もはや利用価値のない社会の産業廃棄物同然のような扱いをされて朽ちてゆくのです。

「そうと決めれば早速行きましょうカ。人間、思い立ったら行動が吉。」

そういって君は立ち上がって、置いてあった伝票を手に取りました。私が払うよと立ち上がると、手の平をこちらに向けてそそくさと会計を済ませていました。私の向かいの席にはまだ一口もつけていない冷めたカフェオレが寂しそうにポツンと佇んでいました。


外に出てみるともう日が暮れかけていて驚きました。君は手元の携帯を見ながら歩き始めました。

「こっちの方面に評判の良い店があるらしいわヨ。行ってみましょうカ。」

君は私をちらりとも見ないで人ゴミに入っていきました。私はその様子をぼんやりと立ち尽くして見ていました。ふとビルの隙間に目をやると、何かが動いています。よくみてみると尻尾が途中で千切れたネズミがヨロヨロと歩いていました。なんともボロボロで、毛並みはところどころ真っ黒に汚れていていました。しかし、私がこのネズミに感じた感情は汚いではなく、美しいでした。ボロボロになりながらも、命の灯が消えそうになりながらも、私より小さな小さな体で人間が勝手に作り出してきた大きな大きな都会の街を必死に生きているのです。そのようなことを考えていると、横から手のひらを掴まれました。

「何しているノ。早く行くわヨ。ヤダ、ネズミじゃなイ。汚らしいワ。早く行きましょウ。」

「そういえば、貴方こっちに来るのだいぶ久々だからあれができたのを知らないんじゃないノ。」

君が指を指したのは、夜空を貫き通さんとする電波塔でした。あんなものまで人間が作れると思うと、急に人間が怖くなりました。

「せっかくだから登って行きましょうヨ。きっと夜景が綺麗ヨ。」

私は君に言われるがままに手を引かれ電波塔の最上階まで着いていました。電波塔の中は思うより広くて、驚きました。その隅の方にお土産屋やら、茶屋などがありました。

「貴方、こっちに来てみなさいヨ。夜景が美しいワ。」

言われたと通りに目線をやると、数千万もの光がキラキラとしていました。

「来て良かったわネ。こんなにも美しいもノ。」

そうですね。綺麗ですね。この夜景。

「それに見て頂戴。夜空にも綺麗に星が輝いているわヨ。」

そうですね。美しいですよ。この星空。




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