ホームランの力が強すぎる未来

竜田くれは

ホームランを打てば、勝ち。常識でしょ?

「ストライク!アウトォ!」

 球審の宣言コールが響き渡る。

 9回裏、最後の打者は見逃し三振に倒れた。


 電光掲示板スコアボードに映し出されているスコアは3-2。

 自分の応援している方が3だ。

 だが、相手チームのファンは沸き、応援歌を合唱し始める。元々熱狂的なファンが多い球団だが、ホーム開催という事もあって、その盛り上がり様はオリンピックで優勝したかのようだ。ただのシーズン143分の1だが。選手達も満面の笑みを浮かべている。


 対する此方のチームの選手、監督は直ぐにロッカールームに下がって行った。

 ファンは冷めきった顔で足早にスタジアムから立ち去る。

 

 これはつまり、相手が勝ったという事だ。


 現代の野球のルールを知らない人はこう思うだろう。

「3点のチームが勝ちじゃないの?」

 と。


 重要な記録スコアを提示していなかった。

 この試合のある記録スコア、1-0。相手が1だ。

 これは、本塁打ホームランを放った本数である。


 現代の野球は獲得した点数ではなく、打った本塁打ホームランの数で勝敗が決まる。

 得点などゲーム差同率の場合の順位に影響するくらいだ。

 互いに本塁打が出なかった試合は引き分けとなる。


「何で得点を表示しておきながら、本塁打ホームランの数で試合が決まるの?」

 と問われても、一ファンである私には分からない。

 このバカげたルールに変わったのは10年前のことだ。

 

 所謂フライボール革命によって多くの打者が打球角度を上げるようになり、パワーも増した。その結果、プロ野球全体で本塁打ホームラン数が大幅に増加。打席のあまり回ってこない8番捕手でも50本、本塁打王ホームランキングに至っては216本も放つ時代になってしまった。での200本塁打ホーマーが2020年代には100人程度しかいなかった、と言えばその凄まじさが分かるだろう。で200発だ。対照的に投手成績は悲惨なものになり、打高投低がはっきりと表れていた。世はまさに、フライボール革命の時代だった。

 

 12年前、日本のプロ野球で使われるボールが変わった。

 止まらない超打高投低に一石を投じようとしたのだ。

 プロ野球の公式球が変わった事例は遥か過去にもあったらしい。

 その時はボールの会社が叩かれるくらい投高打低になってしまったらしく、たった2年でボールが変わったようだ。自分は生まれていないからインターネットで知った。

 

 だが、投じたその一石は、巨大すぎた。

 学校のプールに校舎をぶち込んだようなものだった。


 始まったのは、超投高打低の時代。

 ボールが、全く飛ばない。あれ程多かった本塁打ホームランは激減し、10数試合に一度見られれば良い方だった。大量の本塁打ホームランに快楽を覚えていた観客は段々観に来なくなってしまった。

 

 ボールが変わった翌年。

 本塁打ホームランを打ったチームにボーナスが付くようになった。

 だが、本塁打数は伸びず、客足は遠のいたままだった。


 その翌年、つまり10年前、ルールが変わった。

 プロ野球を統括する組織が暴挙に出た。


 得点ではなく本塁打ホームランで試合が決まる。

 これはルールが根底から変わってしまう。


 当然各球団、選手はボイコットし、各方面から批判された。

 しかし、抵抗むなしく現行のルールに決定してしまった。


 ボールを変えればよかったはずなのだが、頑なにボールに拘った理由は今でも謎である。他球技のスパイ説、某球界大物OBの意向説など野球ファンの間ではよく議論されている。


 当然10年経った今でもこのルールに不満を持つ者はいるようで……



 勝ったチームのヒーローインタビューが始まる。

 ホームチームなので2人だ。


 インタビューが始まる前、此方のファンの誰かが野次を飛ばした。

「点数ではこっちが勝ってるんだぞ!」


 マイクを渡されたヒーローの一人、本塁打を放ったお調子者の選手が一言。


「ホームランを打てば、勝ち。常識でしょ?」

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ホームランの力が強すぎる未来 竜田くれは @udyncy26

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