_望の宴

 賑やかで楽しそうな音が聞こえる。


 この音は……何だろう……人間の声? あれ? 暗い。私は気が付くと宝箱の中で眠っていた。


 あれー? いつの間に寝ちゃったんだろう?

 眠る前は何をやっていたんだっけ??

 

 ……まぁ、いっか!


  私は蓋を少し開けて周りの様子を伺う。ここはギルド・ローレヌの天然洞窟ダンジョン、私の故郷だ。いつ戻って来たんだろう?


 複数の人影が見えた。たまに冒険者達もダンジョンの中で酒盛りをしている光景は見かけるけど……そのたぐいかな?

 不思議に思いながらも蓋を開けて半身を乗り出すと、見えた光景に目を疑った。



 死んでしまった皆が居る。 



 メリッサとローザだ……彼女達はサンダルウッドから物語を聞いて、楽しそうに笑ったり驚いたりしている。


 サンダルウッドも彼女達の反応が良いらしく、身振り手振りを混じえて楽しそうに話している。


 そして、その向かいではシトラスとトドマツがお酒を飲んで豪快に「ガハハ!」と笑いながら腕相撲で力自慢をしていた。



 えっ!? みんないる……これは何だろう?


 ぽろぽろと涙が溢れてきた。心の奥で焦がれていた光景が繰り広げられていた。

 静かに涙を流しながら夢のような状況を眺めていると、シトラスとトドマツがお酒をうっかりこぼしてしまった。


「あ〜! こぼした!!」


 ローザが可愛くプンプン怒り、トドマツが「わりぃわりぃ」と謝っている。慌ててメリッサが他の食べ物に被害が及ばない様にてきぱきと避難させ、サンダルウッドが開いたグラスに酒を注ぐ。


 こぼして気まずそうにしていたシトラスが私の姿に気付き手招きしながら呼んだ。 


「ミュウ! 泣いているのか? どうした?? お前の好きな食べ物が沢山あるぞ? 早くこっちに来いよ。」


 彼の顔からは心の底に貼り付いていた憂いが消えたように明るかった。気が付くと私の手にもグラスが有りお酒が入っている。


 あれ?いつの間に……。


 

 そうだよね?


 ムスガシイこと考えなくていっか!いや~! やってみたかったんだよね〜!! このメンバーでも! 好きな仲間と美味しいもの食べて、にぎやかに話せるって最高っ!


 私は彼らの円の中に入り一緒に宴会を楽しみ出した。久々に会う彼等との話は尽きない。

 みんな、こうやって笑うんだ……。彼等は悩みを持ちながらダンジョンへとやって来たから、大なり小なり影を抱えていた。でも今は心の底から楽しそうにしている姿を見られてとても嬉しかった。


 どれだけ長く騒いだだろう? 入口から人の気配がした。来訪者だ!

 

 彼等に気付いたシトラスが「遅かったな。待ってたよ。」と来訪者の二人を自身の隣の席に呼んで座らせた。


 ローゼルとオリバナムだった。二人は穏やかな表情でやって来た。彼女は私に気づくと笑顔で手を振った。


 ローゼルは隣に座っていた女性陣に混ざりサンダルウッドの物語に耳を傾け、オリバナムはシトラスとトドマツの会話に混ざり笑いながら酒を楽しんでいた。


 仲直り出来たんだ。シトラスとオリバナム。良かった……。

 ああ……みんな楽しそうだな。これが永遠に続いてくれたらなぁ~。


 ……続くのかな?


 思考を放棄してたけど、これは夢? 現実?

感覚は無いけど、夢にしてはリアルだし……死んだみんなが居るって事は、私も死んだって事? だとしたら……



 あーーー……まぁ、良くはないなぁ……。



 黙って去って残してきてしまった幼馴染ズの顔が頭を過った。

 全然良くないな……真面目なシトロネラは落ち込みそうだし……リンデンも泣いてしまうかもしれない。いや、大泣きだ。……ユズは見えない所で悔しがりそう。


『いなくならない』って言ったのにウソになっちゃったな。悲しませちゃったら申し訳ないな……。


 私が悲しい顔で考え事をしていたのがいけなかったのか……。不意にトドマツがよっこらせと立ち上がった。


「おう! 時間だから俺、そろそろ行くわ。楽しかった! ミュウ、姉ちゃんに指輪届けてくれてありがとな。じゃあ元気で!!」


 彼は明るく言って部屋から出て行ってしまった。えっ……寂しくなっちゃうな……。


 それに続くようにローザが「よいしょ!」と立ち上がる。彼女は私の前にやって来るとしゃがみ込み、私の頬を両手で優しく包み、わしゃわしゃと触る。


「私も行くね! ミュウ。カクタスに伝えてくれてありがとう! ミュウもいい恋探してね。……ずっと友達だよ!!……じゃあね! バイバイ!!」


 笑顔で手を振りながら去って行った。

 そんな、ローザまで急がなくたっていいじゃん。まだまだ一緒に食べて飲んで騒ごうよ……。


 更にサンダルウッドも私の前にしゃがみ込み、キラキラと煌めく瞳で見つめて語りかける。


「ミュウ、僕の言った通り会えただろう? 話のように君と結ばれなかったのは残念だけど、僕を意識してくれたのは嬉しいかな。寂しくなったら会いにおいで、僕はいつでも物語の中で待ってる。さよならは言わないよ。」


 そして額にキスをしてウインクしながら去って行った。

 相変わらず気障きざだな。ドキドキしちゃうじゃん……。


 照れながら額を触ってると、メリッサが近くに座り優しく抱きしめてくれた。

 あの優しい香りがフワッと包み込む。


「ミュウ、息子や孫、ひ孫たちの事ありがとう。あの子達は強いわね……安心したわ。あの時、あなたに逢えてよかったわ。ミュウも幸せになるのよ。元気でね!」


 彼女はそう言って優しく手を振り、ふわりと髪をなびかせて部屋を後にした。

 メリッサも行っちゃうの? 涙腺が緩み目が潤む。



 そして、シトラス・ローゼル・オリバナムも私の前にしゃがみこみ声を掛ける

 シトラスが私の頭に大きな手を置き、くしゃくしゃと頭を撫でる。


「ミュウ、ギルドに会員証を返してくれてありがとう。あと俺達の問題につき合わせて悪かった。あのランタンはお前にやるから大切使ってくれ。それに、武器の使い方が上手くなっな。これからも沢山冒険を楽しめ! ……ほら、オリバナムもちゃんと言えよ。」


 そう言って彼は隣に居たオリバナムを肘で小突いた。


「な! もう。……ミュウ、君を追い詰めて利用してすまなかった……そして不老不死にしてしまった事も。ここに居たみんなを見ただろう? 彼等は君の所為せいで死んだとは思っていないし、君に会った事も後悔していない。運命は数多あまたの選択肢の上に存在する。結果的にああなってしまったが……。彼らの死に罪が有るとすればそれは僕のものだ。僕はこれから罰を受けてくる。どうか君は幸せになってくれ。」


 そう言って彼も優しく私の頭を撫でた。

 それを見たローゼルは安心したように私を見る。


「ミュウ、みんなを助けてくれてありがとう。私やオリバナムの事も気にかけてくれてありがとう。この二人が喧嘩したら今度は私がちゃんと止めるから安心して。オリバナム、私達あなたを待っているわ。これからも三人一緒よ。ミュウもみんなと幸せに暮らしてね。」


 そう言ってローゼルはギュッと抱きしめてくれた。

 

 「……じゃあ行きましょうか?」


 そういって三人は仲良く部屋を出て行った。段々と足音が遠ざかり光も離れていく。

 

 私は暗いダンジョンの中にぽつんと独り、残ってしまった。

 さっきまであんなに賑やかだったのに……今は耳が痛くなるぐらい静かで……。


 っ……ひっぐ……みんないっちゃった……。



「ねぇ! 待ってよ私もいく! ねえってば!!」



 私は杖を取り出し慌てて部屋の入口へと駆けて行くも、つまずいて前のめりに転んでしまった。


 痛い……体が痛いのか心が痛いのか分からない。涙が止まらない。



「みんな待ってよ! 一人は嫌だよ!! 置いていかないでぇぇぇ!!!!」



 私の絶叫だけがダンジョンに虚しく響いた。

 みんな置いていかないで……もっと、もっとみんなと話したいよ、みんなの事知りたいよ……





「また転んだのかい? しょうがないな……。」


 誰かが私の上半身を掴み、起こし上げてくれた。そして優しく埃を払ってくれる。

 やれやれと困り顔でシトロネラがこっちを見て言い訳をしてくる。


「やましい気持ちは無いからね? ミュウは相変わらずおっちょこちょいだな。まったく! ほっとけないよ!! ……仲間を置いて一人で行くなんて反則だよ?ミュウが行くのはあちら側じゃない。こっちだ。」


 また一人、私の前にやって来てしゃがみ込んだ。


「女の子の泣き顔もいいけど……ミュウちゃんは俺と一緒にふざけてシトロに怒られてるのが似合ってるな。また一緒にシトロからかおうぜ!」


 ユズがいたずらっぽく笑って、私の頬を軽くむにっと摘まむ。

 リンデンが私の涙をハンカチで拭いながら、ユズをたしなめつつ私に語りかける。


「もう! レディにそんなこと言って!! ミュウちゃん、一緒にお菓子食べに行く約束全部遂行すいこう出来ていないよ? 一緒に行こう! 元気になったイリス姉さんも一緒だよ!」


 あぁ……みんな……

 さっきまで暗かったダンジョンが彼らのお陰で明るく感じた。


「さぁ、行こう。」


 シトロネラが両手を差し出した。

 私は彼の手を掴み、箱の中から引き上げられる。宝箱だった半身が人間の脚へと変化する。

 そして、彼らと一緒にダンジョンを出るべく歩き出した。


 

 次第にダンジョンの入口が見えて来る。

 私達は眩しい光に包まれた。


 遠くから名前を呼ぶ声が聞こえる。


 ◇ ◇ ◇


「ミュウ!! 大丈夫か! 返事をしろ!」

「ミュウちゃん! お願い開けて!」

「ミュウちゃん……。」



 あれ? さっきまで歩いてたのに……また宝箱に戻っちゃった。蓋をバンバンと力いっぱい叩かれてる。ちょっ! 待って! 痛い痛い!!

 

 私は蓋を開けた。


 焦げ臭い匂いと共にすすで真っ黒に汚れた幼馴染ズが泣きそうな顔をしながら覗き込んできた。

 彼らの向こうに見える空はオレンジ色に染まっている。


「……どしたの? その顔。」

「「「 !!!! 」」」


 一瞬の間を置いて三者三様に話し出す。


「よかったよ~!! ミュウが生きてた!!!」

「ミュウちゃん、心臓に悪いよ~!!」

「……よかった。本当に良かった!」


 私はむくりと体を起こす。次第に思い出してきた。どうやら私は人型からミミックの形態に戻っていたらしい。


 辺りを見渡すと建物が焼けた残骸が目に入った。そこから少し離れたここまで、私を引きずった跡がある。そして、真っ黒に染まった焼け跡の中に一つ、大きな布を掛けられたものが有った。


 私がそれを見つめていたら、シトロネラが説明してくれた。


「人の遺体だ。……おそらくフランキンセンス先生だろう。 ミュウのすぐ近くに寄り添う様に居た。」


 ユズの説明によると。

 彼等がこの廃村に着いてみたら、この建物からすでに火が上がっていて、魔法を使い消化を試みるも全焼してしまった。


 絶望の中、焼け跡を探していたら宝箱状態の私が居て、その隣にフランキンセンスの遺体が有ったそうだ。


 彼はローゼルと一緒に逝ったのか……。


 不死の体ですら回復が追い付かない炎だったのか。きっと不死の体の影響で長く苦しんだだろう。永い孤独と強欲から解放されていればいいのだけど……私は彼に手を合わせて冥福を祈った。


 しかし、モンスターとはいえ何で私は燃えなかったの? 焦げてすらいない。

 私が煤だらけの宝箱を見て悩んでいたらユズが一言。


「そう言えば……ミュウちゃんは耐火の呪いに掛かっているよね?」


 たいか? ……耐火!!!


「「ああ〜!! 」」


 私とリンデンは同時に叫び出す。

 命に直結しないから解呪しなかったあの呪い!

 良く覚えていたね!? 本人も忘れていたのに。


 解呪しなくて良かった~!!!


 偶然かかった呪いに助けられてしまった。みんな一安心した所でシトロが手を叩いて次の行動を促す。


「さあ、今日は野宿になる、野営できそうなところを探そう! 明日は自警団に現場を引き渡すことになる。ミュウ、今夜中に詳しく僕達に説明を頼んだよ。」


 私は彼等を見つめ笑顔で答える。


「……うん。全部話すよ。長くなるよ?」


 この夜、私は事の顛末てんまつを三人に話した。


 この村の悲劇から始まり、フランキンセンスの死を以って幕引きされたこの事件を。

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