「やっと、ぼくのものに……」

 ローゼルの記憶を取り込み、彼女の思考をトレースした “私” はローゼルに近い存在となってしまった。


 段々とローゼルへと染まり行く中、ミュウに戻ろうとするが自責の念に囚われた彼女がそれを拒否した。


 私を見て満足したオリバナムは、私を馬車に乗せ街を後にした。早朝出発した馬車が目的の場所へと到着したようだ。


「ローゼル到着したよ。ここ、覚えてるかい?」


 私は馬車を降り一軒の屋敷の前でオリバナムと二人で佇んでいた。


 馬車は私達を残し、逃げるように去って行った。


 周りを見渡してみる。昔、村があったであろう痕跡が残っていた。人の気配はなく、悲しいほど静かだ。

 崩れた廃屋、荒んだ井戸……家々の配置には覚えが有った。ここはかつて私達三人が生まれ育った村。


 そんな思い出がいっぱい詰まった村も廃村になってしまったのか……。あれだけの犠牲者が出た。それに、100年以上もの月日が経っている。当然といえば当然か。


「覚えているわ。……ここで、私たちの運命が分かれてしまったのですもの。」


 私は過去の惨劇を思い出し目を伏せた。

 運命を分けた約100年前の出来事、この村にモンスターの大群の襲来があった。


 タイミング悪く村の戦士たちが遠くの森にモンスターを討伐に行っている際にそれは起った為、戦う力を持たない多くの村人が犠牲となった。


 私も、その中の一人だ。


 最期に見た光景は、涙を流し私に謝るシトラスと彼を責めるオリバナムだった。

 シトラスは悪くない……彼は勇敢に戦った。彼のお陰で助かった命もあった……ただ私の運が悪かっただけ。だから二人とも喧嘩しないで。

 そんなことを考えていた所で記憶が途切れている。


 討伐で村に居られなかったオリバナム。

 村に残り戦ったが、守りきれなかったシトラス。


 幼馴染で仲の良かった彼らの間にも埋められない溝が出来てしまった。


 感傷に浸っていると、私の手をオリバナムが引いて屋敷の中へと導かれる。

 ここは彼の家。廃村になっても管理してきたのだろう。古くはなっているが家の形と機能は保っていた。

 そして……ここは私を閉じ込める『牢獄』となる場所。


 私は心の奥底に沈んで貝のようになっている彼女ミュウに問いかけた。


(無理して “私” になる事は無いのよ?……引き返すなら今よ。)


 この状態が長く続けば私はローゼルへと変わりミュウは消えてゆくだろう。

 彼女は俯きながら力なく首を横に振った。


(また、狭い部屋で長く暮らすだけだから……変わらないよ……。)


 彼女から明るいキラキラしたものは一切無くなっていた。これは絶望……。彼女はこんな感情も知ってしまったのか。


 私達の所為せいで、何ら関係の無い彼女をここまで傷つけてしまった。

 ……それならば、私も彼女と一緒に絶望の檻に入ろう。


 私はそこへと足を踏み入れた。


 子供の頃、三人でこの家でよく遊んだ。錬金術師家系の彼の家は珍しいものが沢山有り、さながら宝箱の様な家だった。そんな思い出に封をするように使わない家具に埃除けの布が掛かっている。


 屋敷の中はどんよりと暗く空気が重かった。


 そして異様な物が目に入った。『絶対に逃がさない』という意志を感じる鉄格子が、窓の至る所にめられていた。


 屋敷内を歩き続けると彼の部屋に案内された。


 彼の部屋は研究室を兼ねていた。様々な実験器具が机に並び、本が積み上がっている。

 計算式が書かれた黒板。そして、部屋の隅には大人一人が入りそうな大きな箱……そう棺が置いてあった。中に誰が入っているかは容易に想像できた。


 彼は墓を暴いてまで、私を手に入れたのか……。


 狂っている。


 私の記憶の中で穏やかに優しく笑う彼はどこへ行ってしまったのだろう? 真面目で責任感が強くて……戻って来てよオリバナム。


 彼の異質さを目の当たりにした後に、私がこれから暮らす部屋へと案内された。


 この部屋は新しく家具を取りそろえたのか、まるでこの部屋だけ違う家のように綺麗だった。ベッドや椅子テーブルなど生活に必要な家具が揃っていた。

 勿論、窓には鉄格子が嵌り、私が部屋に入ると扉は彼が持っている鍵で外界から堅く閉ざされた。


 不死ミュウの体に意識を閉じ込め、更に家の檻で肉体を閉じ込めた。

 これで彼の計画永遠は完成された。


 部屋に入るなり、彼は私を抱きしめ肩に顔をうずめた、そして目を潤めて優しく微笑み、再会を喜ぶように口づけをしてきた。

 その抱擁と口づけは次第に深く激しくなる。全身で腕の中の存在を確かめるかの様に……100年の時を取り戻す様に……逃がさないように。


 抱きしめられた私の中には、悲しみだけが雪の様に募って行った。


「っ……ああ! ……やっと君を手に入れた!! 君が居ない時間は業火ごうかで身を焼かれるように永く辛い時間だった。もう君を離さないよ。ここで二人で暮らそう。誰にも邪魔させない。」


 彼は優しい眼差しで私を見つめ、恋人のように甘い口づけを幾度となく交わしてくるが……。胸が引き裂かれたように痛い。涙が溢れてきた。


 私が知っているオリバナムがいない……私の死が彼をここまで狂わせてしまった。


 私がもっと強くあれば……モンスターに対抗できる力が有れば……私が弱いからこうなってしまった。


 今の彼は強欲の塊だ……自分の手かからすり抜けてしまったものは魂すらも欲しがる。何を犠牲にしてでも。


 私を造るのに一体どれだけの犠牲を払ったのだろう。彼の言い草だと両の手で数えきれない程ではないだろうか?


 どれだけ罪を重ねたの?


 彼は私の頬を伝う涙を指で拭うと、優しく抱きかかえベッドの上へとゆっくり降ろした。この後、彼が私に何をするかなんて容易に想像できる。


(わたしは……本物のローゼルではない……まがイもの……彼は本当に報わレル?)


 何を今更……覚悟を決めたはずなのに。狂った運命に身を委ねると……


(失わレタ命ハ戻らなイ……ソレはことわり


 また、子供の頃楽しく三人で遊んだ姿を思い出した。優しく博識なオリバナム、大らかで強いシトラスまた二人に会いたいなぁ…………。


(ミンナ不幸セ!!)


 その時、意思に反して体が動いた。

 私に覆いかぶさるように近づくオリバナムの肩を両手で掴み拒んでいた。

 そしてローゼルの姿が揺らぐ。髪色は濃いピンクとなり、青く澄んで美しかった瞳は仄暗ほのぐらい紫色に変わる。うっすらその目に光が宿る。


 そして心の底に沈んでいた彼女ミュウが姿を現す。……誰かが悲しむ姿はもう見たくない。


「……もう、やめよう。」


 ―――パンッ!


「痛っ……。」

「ローゼルに戻れ……。」


 オリバナムが私の頬を叩いた。彼は私の擬態が解けたのを良しとしなかった。

 愛しいローゼルとの時間を邪魔するのは何人なんびとたりとも許さないと云った顔だ。私は震えながら言葉を紡ぐ。


「いやだ……ローゼルが悲しんでいた。彼女の心も壊れちゃう!それに君も本当に満足できる? 自分を騙し続けられる? 誰も幸せになれないよ??」


「君は少なくとも5人犠牲にしている。その犠牲を無駄にしない為にもローゼルであり続けろ。……それに僕も限界だ。100年間、彼女をひたすらに待ち続けた。彼女だけが僕の希望なんだ!! 会わせてくれ!!」


 これがオリバナムの本心……。100年間彼女を求め狂い続けた彼の悲痛で苦しむ顔を見て、悲しみと困惑でいっぱいになる。


「彼女の魂が戻らないことは僕も知っている……それでも、もう一度彼女の声を聞きたい! 名前を呼んで抱き締めて欲しいんだ、一緒に居たいんだ……それが叶うなら僕は不幸でも何でも受け入れる。どんな結末でも!」


 偽りと知って受け入れるの? 苦しみさえも欲しがるの? どうすればいい? 誰の願いを成就じょうじゅすればいい?

 そんな私の口から言葉が紡がれた。再びローゼルの姿へと戻る。


「そうね……。これ以上犠牲者を増やすわけには行かないわね。」


 私の意志に反してローゼルが私を支配した。

 暗い決意だ。何をする気?


(ミュウ、心配してくれてありがとう。我儘わがままな親友でごめんなさいね。彼は私がどうにかするわ。今を生きている人が亡霊に振り回される必要なんて無いのよ……。)


 彼女は私の中から思い出の小箱を取り出し、そっと自身の隣に置いた。

 そして、彼を抱き寄せて優しく微笑んで語りかけた。


「オリバナム……永く独りにしてごめんなさいね? 私は貴方のものよ。だから、もう離さないで。あなたの強欲は私が貰うわ……。一緒に逝きましょう。あなたも大好きよ。」


「……ああ……ローゼル! 分かってくれたんだね? やっと、僕のものに……あぁ、もう絶対に離さないよ。」


 震える声で答えた彼も応えるように強く抱きしめた。彼の頭を優しく撫でた後……


 魔法で部屋に火を放った。


 二人とも広がりゆく炎を見つめながらお互いの鼓動を聞いていた。

 過去を懐かしむかのようにローゼルは私に語りかけた。


(ミュウ……ありがとう。あなたの中でシトラスの最期に逢えた。オリバナムはこのまま連れていくわ。だからあなたはミミックに戻りなさい。そして自由に生きて。みんなに託された願いの通り幸せに生きて。)


 炎は全てを呑み込んだ。ローゼルのかけらも。オリバナムの永遠の命も。



 焼け跡に残ったのはたった一つ。



 すすだらけの宝箱。

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