クエスト:ミミックの捜索

 ミュウちゃんが屋敷から姿を消した。


 シトロネラの話だと、夕方一人で出かけると言ったきり戻って来ない。

 ミュウちゃんが戻って来ない事に気付いたシトロは夜通し彼女を探すも、見つからなかったそうだ。彼は彼女を止めなかったことを酷く悔み、自分を許せないでいた。


 彼女が姿を消した翌日、私達幼馴染パーティーで集まり彼女を捜索する事になった。ユズは相変わらずの遅刻癖が発動しているのでまだ来ていない。彼が到着するまでの間に私達はもう一度屋敷内をくまなく探すことにした。


 しかし、この屋敷ではミュウちゃんの他にもう一つ事件が起きていた。


 今朝、フランキンセンス先生からイリス姉さんの治療を終了する旨の手紙が届いたからだ……。急な治療の終了に家族は動揺を隠せない。

 フランキンス先生に連絡を取ろうとしても繋がらないそうだ。家にもギルドにもおらず、シトロネラの家族は彼の行方を探している。


 昨日の夜、意識が戻った姉さんにはその事を『伝えてはいけない』と先ほど箝口令かんこうれいが敷かれた。


 姉さんは、先生の事を慕っていた。……いえ、愛していた。以前彼女は『彼が居るから辛い治療にも耐えられる』と言った程だ。10年に渡り治療を耐えた彼女が、彼から命も恋人としても放り投げだされたと知ったら。彼女はどうなってしまうのだろう。考えただけでも恐ろしい。


 ゆっくりとベッドに横たわり、天井をぼうっと見つめる彼女をそのままにして、私は静かに部屋から去る事しかできなかった。


 活動部屋に戻るとシトロネラが席について頭を抱えていた。昨日まともに眠れていない彼の目の下には黒い隈が浮かんでいた。

 彼は私に気付いて話しかける。


「リンデン……いたか?」

「ううん……姉さんの部屋には居なかった……」


 ミュウちゃんはどこに行ってしまったのだろう。『イリス姉さんも私もいなくならない』と言ってくれたのに……。


 ユズを待たずに街を探そうかと話して居た時、私たちの気持ちとは真逆の明るい声が聞こえてきた。


「おはよう! 二人とも。遅れてすまなかった!!」


 ユズが遅れて活動部屋に到着する。

 私達はそんな彼を真剣な目で見つめた。


 いつもと変わらずのらりくらりしているけど……今日の彼はおそらく本気の彼だ。目の奥がギラギラと輝いている。何かに怒っている。

 目を細めて隠しているが、子供の頃から一緒に過ごしてきた私には分かる。


 ユズは三人の中で恐ろしく頭が切れる。彼の行動の全てに理由が有って、この遅刻もどこからか情報を仕入れて裏付けを行なっていたからに違いない……。私達が窮地に陥って彼の目がギラギラと輝いている時はいつも彼に救われている。


 そんな彼は開口一番、突拍子もないことを言い始めた。


「二人とも、出かけよう! シトロネラ、俺の分の馬を借りていいか? リンデンは魔法で飛んでもらおう!」


「出かけるってどこにだよ……ミュウが……」

「そのミュウちゃんを迎えにだよ」


「「え……?」」


「フランキンセンスが今朝ギルドの顧問錬金術師を辞めた。全て放り出してどこかに飛ぶんだろう。ミュウちゃんは奴と一緒に居る」


 いきなりの情報に私とシトロは絶句した。代々ギルドを裏から仕切っていた人物が辞めた!?


「なんでミュウちゃんが先生と? それに、そんな話聞いてない……!!」


「そう、彼が辞める件は幹部の間だけの機密事項だ。今朝、とある幹部の家に手紙が入っていたらしい。あと、金も。内々で受理されて公式発表は明日と言われているから……いやぁ! リーダーだから情報が早く入って来ちゃうんだよなぁ。日頃幹部のみなさんにゴマすっておいて良かった!!」


 彼は誤魔化すように頭を掻きながらにこやかに笑う。確かに、ユズは幹部からの無理なクエストを頻繁に受けて来ていたな……この為だったのね。


 そしてユズの顔から笑顔が消え、目を開けて低めのトーンで話し出す。久々に見る彼の真顔に私とシトロは驚く。ここからが彼の真骨頂だ。


「……全てにおいてタイミングが良すぎないか?

 二人の失踪。それに、あのダンジョンの宝箱を運んで報告を挙げるように指示したのは顧問錬金術師フランキンセンスだ。彼はあの時からミュウちゃんを探していたんじゃないか? それに昨日、ミュウちゃんは『取り返そう』と言って出て行ったんだろう? 誰から何を取り返す? フランキンセンスからイリスだろ」


「!!! 馬を借りてくる」


 ユズの言葉を聞いたシトロネラは慌てて駆け出す。彼は廊下を走って行ってしまった。

 ユズは「シトロには言いにくいんだが……」と前置きをして話し続けた。


「フランキンセンスは錬金術師だ。錬金術師の秘術に『賢者の石』がある。それは飲んだ者を不老不死にすると言われている物だ。ギルドを牛耳っていたフランキンセンス一族を『ある一人の人物』が名前を変えながら演じていたとしたら?」


「……不老不死なら、姿が変わらなかったことに説明がつくわ。でも何でそんなことを?」


「ミュウちゃんから後で聞いた話だと、英雄シトラスは幼馴みの女性を亡くしている。シトラスとフランキンセンスが不和を招いた原因がその女性の死で、フランキンセンスは不老不死になり、その女性を復活させるために長年実験を重ねていたらどうだ?」


「……ミュウちゃんを使って、その女性を造ろうとしてた?」


「ああ、それにミュウだけじゃない。イリスねえを使って同時に実験をしていたとも考えられる。ミュウの回収失敗に対する保険だろう。ミュウとイリスの容姿は。ミュウは何かに気づいてフランキンセンスからイリスを取り戻すために彼の元に向かった。しくはイリスを盾にミュウが奴から脅されたか……。まぁ、状況的に前者だろう」


 日に日に赤く染まる二人の髪と、青く輝く瞳を思い出した。偶然会った二人がそっくりになって行く。ユズの仮説が本当なら……


「絶対に、許せない……二人を傷つけて……ミュウを彼から取り戻さなきゃ!」

「その通りだ。途中まで造ったイリスを投げ出し、ギルドも捨てるほど彼にとってミュウは手に入れたい存在完成に近い存在だ。奴が隠したら永遠に戻って来ない。本気で取り返しに行くぞ」


 シトロが走ってくる音が聞こえた。


「二人とも待たせた! 行こう」

「おう!」「うん!」


「ユズ! 居場所も見当ついているんだろ?」


「もちろん! フランキンセンスと英雄シトラスが生まれ育った村が北西にある。今は廃村になっているが、家くらい残っているはずだ。村とは反対方向の港や街道で彼らの目撃証言は無かったからほぼそこで間違いない。馬と魔法なら昼頃に着く。馬の上で居眠りして振り落とされるなよ」


「ああ、頼りになるよリーダーは!」


 私達は急いで馬と杖に乗って、ミュウが居ると思われる廃村を目指した。

 彼に……永遠に隠されてしまう前にどうか間に合って!!

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