哀愁ミミック

「ここが街の孤児院だよ。」


 私は幼馴染ズの三人に孤児院に連れて来てもらった。

 アポイントまで取って頂き、誠に助かります!


 ここは街で唯一の孤児院。長く昔から運営されている歴史が有る施設だ。

 私達4人は緊張の面持ちで施設の中へと進んだ。


 庭では子供たちが楽しそうに遊んでいる。ベンチに座っている初老の女性が私達を見かけると話しかけてくれた。


「こんにちは、今日お約束してたシトロネラさん達かしら?」

「そうです! こんにちは。今日はお時間頂きありがとうございます。」


 シトロネラがこの件については窓口となってくれた。彼のおじいさん経由で連絡を入れてもらったので、今後私はクロウ家に足を向けて眠れない。


「いえ、いいんですよ! さあこちらへ。」


 私達は彼女に案内されて客間へと入って行った。シンプルで明るく清潔感がある室内で、私たちは紅茶をごちそうになった。


 壁には子供たちの書いたであろう色とりどりの絵が飾ってある。その絵とは逆に、彼女は不安そうな面持ちで「今日はどういったご用件で?」と尋ねてきた。

 私も姿勢を正し、膝の上の布袋を握り締めて丁寧な口調で話を始める。


「20年前にダンジョンの入口で亡くなったトドマツってご存知ですか?」

「……ええ、覚えています。私が担当していた子でしたから、私にとって弟のような子でした。」


 彼女は目を伏せ、悲しげな顔をする。

 彼は施設では可愛がってくれたと言っていた。そして彼が最後に言っていた『姉ちゃん』とは彼女か! 逢えてよかった。


「彼から死に際に『世話になった施設にこれを届けて欲しい』と頼まれた物が有るのでお持ちしました。」

「―――え?」


 彼女は意外だったのか驚きを隠せない。私は袋の中から小箱を一つ取り出し彼女に差し出した。

 彼女は恐る恐る箱を空けて中身を確認する。それは青い石が嵌った綺麗な指輪だった。それを見た彼女は信じられないと言った表情でそれを見つめた。


「これ、彼に渡した指輪です! ……生活に困ったら売って使いなさいって渡した……。」

「彼はどうしても手放せなかったみたいです。ダンジョンを出て自首する前に直接届けたかったけど、その前に死んでしまったので……。」


「え……自首?」


 彼女は初めて聞く言葉のように驚いて聞き返した。

 そうか……この話は誰にも伝わっていないよね。ごめんトドマツ。

 私は自身の両頬を叩き、喝を入れる。


「彼が数々の犯罪を犯してしまった事は知っていますか?」

「ええ、いろいろ話だけは……施設を出たとしても、彼の事気になっていましたから……。」


「彼、亡くなる当日『たとえ許されることが無くても、罪を償って……その後も生きる事が出来たなら贖罪をしたい』と言っていました。……そして最期に『姉ちゃん、ありがとう』って。」


「―――!! そうだったのですね。……今までそんな話聞かなかったから……。私の事なんてとっくに忘れてしまったと思ってたのに……あの子は……。」

「お願いがあります! トドマツの幸せを願ってもらえないでしょうか……? 我儘なお願いだとは十分承知してます。」


 彼女は優しくうなずき「もちろんです。も彼の幸せを願います。」と答えてくれた。


『これからも』……傲慢だったのは私の方だ。ごめん、トドマツ。

 君の味方は私だけじゃなかった。彼女もだよ。


 彼女から聞いた話だと、その指輪は彼女の母の形見だそうな……それを彼は知ってか知らずか手放さなかった。……知っていたのか、それともここで愛された証として持っていたのか。今となっては知る由もない。


 私達は彼女と別れ帰路に着く。


「指輪、返せて良かったね。」

「うん、三人ともありがとう! おかげでだいぶ身軽になれたよ!」


 私はジャンプするとそのたびに体内からドスッドスッと重い音がする。

 これでも軽くはなっている! 乙女である私に、体重に対するツッコみは控えて頂こう!!


「ミュウちゃんは沢山預かり物しているのね? 他に何を預かっているの?」

「うん、あと2つかな。半年前の伝言と、100年前の物品。伝言の方は私の心の整理がつかなくて……。」


「じゃあ100年前の物品は?」

「返す主が分からないんだよね。言われたことは覚えているけれども……顔も声も思い出せなくて。」


「それは難儀だね。」

「慌てなくてもいいんじゃないか? ゆっくり思い出せばいいよ。」

「そうよ。ミュウちゃんの様子を見てると、何かの拍子に思い出しているから……大丈夫!」


 みんな……優しく励ましてくれてありがとう。

 彼から言われた『100年後』が今年だとしたら、きっと導かれるように会えるかもしれない。確か彼は恋人にでも囁くように話していたな『可愛い……』


「可愛いミミックちゃん!」

「ひやぁぁぁぁぁぁ!」


 ぼやっと考え事をしていた私に向かい、ユズがからかう様に顔を覗いてそのセリフを言ってきたので驚きのあまり悲鳴を上げた。びっくりさせないでよ!!


 そして顔も覚えていない人物に甘く囁かれたことを思い出して赤面する。

 私の叫び声と顔を見てシトロネラがユズの頬をつねる。

 この二人だからできる芸当です。


「ねぇリーダー。女性にそんなイヤらしいことしちゃダメって教わらなかった? ねぇ?」

「いだいいだいだい……イヤらしい事なんて!! ごめんって……何もしてないって!」


 まずい! 誤解を早く解かねば。


「ごめん! ユズには驚いただけで!! その……昔そんなセリフを甘く囁かれたのを思い出して恥ずかしがっただけだから。……サンダルウッドの一件から恋とか愛とか意識しちゃって。その……体がぞわぞわするだけだから!!」


 私は気まずくなりながら正直に答えた。ユズよごめん!!


「あら? 珍しいね。ミュウちゃんが恥じらうなんて……心境の変化?」

「いい傾向じゃないかい? 人らしくなってきたよ。」

「ミュウちゃん……アリガト……。」


 ……人らしく。


 人間と関わっていると新しい感情が次々と生まれてくる。

 私はこの後どうなるのだろうか? 人になるのかな?


 ミミックで居られなくなるのも寂しく感じる……。

 私は複雑な心境の中、施設で貰ったお菓子を頬張るのであった。

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