「ゆるされなくても」

 私は荒んだ生活を送っていた。

 餌を見つけてはただ食べるだけを繰り返す日々。


 人間に関わるとろくなこと無い。シトラス、サンダルウッド、メリッサ……人間は何て脆いんだ。悲しい思いをするのはもうゴメンだ!


「もう! 人間になんて関わるものかぁぁぁ!!!」


 思いの丈を地底湖に向かい叫ぶと、声がこだました。


 ふぅ! すっきりした。


 たまには前みたいにお茶でも飲も~! 意気揚々と水を汲み根城にしている部屋へ戻ると見かけないものが居た。


 ……はぁ……またモンスターか、この前追い払ったのに。


 私は木の棒を出して近くにあった岩を叩いた。

 最近のモンスターは臆病だ。大きな音で逃げて行く。


「はいはい。ここは私のテリトリーだよ? 出てった出てった。」


 このモンスターも音に反応して振り向く……

 モンスターは私に気付くと二本足で立ち、何か


「お前何もんだ? ……宝を持っているなら寄こせ!!」


 ひぃ! 人間だ!!! しかもいかつい男だ!!

 私は慌てて箱の中に閉じこもる。


「オラァァァ!!! 開けろ!!!」


 男は乱暴に開けようとしてくる。

 怖いよおおお……! 開ける訳ないじゃん!!

何だよこいつぅぅぅぅ!!


 でも、このままではいけない!! 私はシトラスからもらったモーニングスターを握り締めて思いっきり蓋を開けた。―――ふんっ!!!


 ―――がっ!


「これ以上乱暴にするなら、このとげとげで殴るよっ……って……あれ?」


 男は顎に何か当たったのか、伸びていた。


 このまま逃げても良かったけど。私の根城をこいつに取られては心外なので彼が目が覚めるのをモーニングスターを握り締めながら待った。


 若い男でがっちりとした体格をしている。日に焼けた肌と赤褐色の短髪。この男、見た目は冒険者とは違う。装備に一貫性が無い。なんだ?このちぐはぐな装備は?

 拾いものの寄せ集めというか……


 そして怪我も多かった。腕や頬など見える部分傷だらけだ。

 荷物も多くない、布袋を一つ大事そうに持っていた。


 男がピクリと動き目を覚ました。


「ここは……。」

「ここはダンジョンの中層だよ。君は何しに来たの? 近寄ったら殴るよ?」


 私は彼から離れた所でモーニングスターのチェーンを短く持ちながら、ぶんぶん回して威嚇する。

 男は驚いたように私を見た後、周囲を見渡す。そして最後にもう一度私を見て叫んだ。


「なんで! なんでいつも俺はこうなるんだ!! ああっ!!」


 男は取り乱して、頭を掻きむしる。そして終いにはうずくまって地面を叩き始めた。その様子に私は驚き動揺した。――――ひぇ、壊れちゃった?


 すると……嗚咽が聞こえてきた。


 ひぃーーどうしようどうしよう!!!! 泣き始めた!! 泣かせた!?

 落ち着かせなきゃ!! 落ち着かせなきゃ!!

 慌てた私がとっさに取った行動は……


「お……お兄ちゃん、話聞こうか?とりあえずお茶でも飲もうよ?」


 お茶のお誘いだった。


 ◇ ◇ ◇


 あーあ……人間に関わらないとついさっき誓ったはずなのに。このお兄ちゃんにも深入りしないでさっさと追い出そう。


 そんな事を考えながら湯を沸かし茶を淹れた。最近拾ったカップに茶を注ぎ彼に差し出す。


「温まれば落ち着くから。毒は入っていないから飲んで。」

「……。」


 男はまだぐすっぐすっとしていて、黙って差し出された茶を見ていたが、黙って飲み干した。


 熱くないんかい!


 そして、おかわりと言わんばかりに、カップを差し出してきた。


 ……これだけ図々しければもう大丈夫だろう。

 私は茶を差し出しながら彼に話しかけた。


「私はミミックの『ミュウ』君の事は何て呼べばいい?」

「……トドマツ。」


「……。」

「……何でこんなことに。」


「何が有ったの? 時間だけは沢山あるから話してみなよ。」


 私は茶を啜りながら彼に聞いた。暫くの無言の後に彼はポツリポツリと話し出した。


 トドマツ


 彼いわく生まれた時から不運の連続だったらしい。


『お前を生んだのは間違いだった』と生まれた時から母に呪いのようにつぶやかれていたらしい。父親が酒に溺れ暴力を振るわれ、更には母も育児放棄。

 幼かった彼は周囲の助けもあり両親から逃げることが出来た。そして街の養護施設で育てられることになった。

 施設では優しい人々に囲まれて過ごせていたらしいが……両親から受けた心の傷は埋まらない。


 彼は何かあると暴力沙汰を起こしてしまった。周囲が止める声を聞かず、次第に疎ましく感じ施設を飛び出した。

 友人も次第に離れていき、近くに残ったのは自身と似た者同士の荒くれ者。終いには犯罪に手を染め強盗を働く。

 戦利品の山分けで喧嘩となり、このダンジョンに追いやられたそうだ。


 むう……辛い生い立ちだ……。母親からそんなことを言われ続けたら心が耐えられないだろう。そして暴力。

 施設で優しい人に囲まれて生活できたのは幸いだったと思う。

 ただ後半は坂道を転げ落ちるように悪い方へ悪い方へと堕ちてしまっている。それを彼は先程から何かに付けて他人の所為せいにしていた。


 ……むう? 不幸を嘆く男が欲している言葉は何だろう……周りが悪い君は悪くない?


「辛い生い立ちだね……。」

「ああ、最悪だ。」


「トドマツはこの後どうしたいの?」

「……そんなの決まっている! 俺をここに追い込んだ奴等に復讐だ。」


「……そう。復讐してその後どうするの?」

「その後は……」


 彼は言葉を詰まらせた。


「その復讐、やめようよ……。」

「は? 俺のプライドが許さない!!」


「……そのプライドが、君をここに落としたんだね。」

「うるせぇ!!!」


 彼は私に向かってカップを投げつけた。しかしそのカップは直撃しない。

 私の後ろに有る壁にぶつかり、砕け落ちる。

 箱にもたれながら茶を飲み彼を見据える。私はそのまま話しかける。


「ずっとこのままでいいの?」

「黙れェ!! モンスターの癖に!! 説教しやがって!!」


「やーだね。ここに堕ちずに済んだ選択肢も有った筈だよ? その負の連鎖から抜け出しなよ。モンスターに話したら何か変わるかもって思ったから話したんでしょ?」

「くっ……!」


「トドマツは1人で自分を守りきったね。よく頑張ったと思う。……ただ、守り方が歪だよ。守り方を教えず諭せなかった周囲も悪いかもしれないけど。それを理由に他者を傷つけたり犯罪に手を染めていいわけじゃないよ? 君が奪われたみたいに他人から奪っちゃいけない……。」


人間の本を読みすぎたかな? 説教とは。

だけどトドマツは私を睨みながらも話を聞いていた。


「ここには君を傷つける人は来ないよ。もし来たら私が守るよ! だからここはひとつ、今までの君とはちがう選択肢をしてみない? 復讐をしないって。」

「…………ちっ。どちらにしろ怪我が治るまで動けねェ。その間はしねぇよ。」


「いいね! ありがとう!!」


 彼はそっぽを向いて眠ってしまった。

 短期間だけど復讐しないって言ってくれて嬉しかった。


「あぁ……腹が減った。」

「そうだね。モンスター狩りに行こうか?」

「……?」


 確かに、モンスターにモンスター狩りを誘われるのは不思議だ!

 彼を連れて私はモンスターを狩りに行く。彼には荷物持ちとして動いてもらった。

 シリウスから貰ったモーニングスターでモンスターを倒してゆく。


「今日の分はこの位でいいかな? 最後に地底湖にって水も汲んで来よう!」


 そんな私を見て、トドマツは呆れたように言った。


「お前、時々モンスターなのか人間なのか分かんないな?」

「見ての通り立派なモンスターだよっ!! 人間と話せるけどね!」


 私は「えっへん!」と胸を張った。


◇ ◇ ◇


 数日過ごしていくうちに彼の怪我は順調に治っていった。そして彼の態度も柔らかくなった。今日もダンジョン内でモンスターを狩っている時だった。

 

 人の気配を感じた。


 私とトドマツは物陰に隠れて様子を伺っていた。気配の主たちを見た時、彼から怒りが溢れてきたのが分かった。


「トドマツあの人達って……。」

「ああ、仲間割れした奴らだ。追ってきやがった!」


「……待って。トドマツはここで待ってて。復讐しないって言ったでしょ? あと、私の代わりにこれ持ってて。これ重くて動きにくいんだ。……私の宝物だから守ってね。じゃあ、行ってくるよ。約束だよ!!」


 私は体の中から鍵のついた小箱を取り出すと彼に預けた。突然の事にうろたえる彼を置いて私は追跡者の前に木の棒を突きながら姿を現した。


「やい、人間! ここは私のテリトリーだ。出てけ!! 歯向かうなら攻撃するよ!?」

「何だこいつ、ミミックか。こんなの二人なら余裕だ。殺るぞ!!」


 その声を皮切りに、二人は剣を構え私めがけて攻めてきた。


 警告聞いてくれないか〜。仕方ない。


 私も体内からモーニングスターを取り出し振り回す。


 ――――ガンッ!! 


 モーニングスターは彼らに当たらず、近くにあった岩を砕いた。

 ただ、その威力を目の当たりにした二人の様子は変わって行った。


「えへへへへっ! 間違えちゃった。よく見ないとねぇ。覚悟をよろしくぅぅぅ!!!」


 狂気じみたミミックを見た彼らは逃げ腰になっていた。

 私は容赦なくとげ付鉄球を振り回す。岩を砕き時には彼らを掠める。


「おい! こいつがあの人が言ってた人食いモンスターか?」

「ああ違い無い!! 喰われる前に撤退するぞ!!」


 私に近づくこともできず、危ないと判断したのだろう。

 彼らは退散していった。


「にゃはははは! どんなもんだい!!」


 あー良かったー。うまく追い払えて良かったー。

 物陰からトドマツが出て来て私に声を掛けた。


「ミュウ、大丈夫か? 何でミュウが奴らを……。」

「何でって、守るって言ったじゃない。トドマツも約束と私の宝物守ってくれてありがとう。」


「お前……俺がこの宝盗むと思わなかったのか?」

「思わないよ。トドマツは盗まない。私、今まで何人かの人間に会ったけど、それを人間に触らせたのはトドマツが初めてだよ。私を信じてくれてありがとう。」


 私はにっこりと笑い彼の手から預けた荷物を回収する。

 彼は私の言葉を聞いて驚いた。そして私に背を向けると荷物を持って根城の部屋へと向かって歩き出した。


「ミュウ帰るぞ、腹が減った。それに傷の手当てしてやる。」


 ◇ ◇ ◇


 夕食を食べ、眠りに就こうとした時トドマツが不意に話を掛けてきた。


「ミュウ、俺は変われるかな……。」

「もう変わり始めていると思うよ。現に衝動で復讐しなかったからね。初めて会った頃より丸くなったし!」


 彼は鼻をすすりながら話を続ける。


「俺、本当は幸せになりたい……でも、いろんな悪い事しちまった。沢山恨みを買っちまった。取り返しのつかない事もしちまった……こんな俺でも幸せになれるか?」

「なれるよ、時間はかかるかもしれないけど。人の世界には罪を償うチャンスが有ると聞いたよ。そして後はトドマツの行動次第だと思うよ。」


「そうだな、人の幸せ奪った奴が……すぐに幸せになりたいなんて、都合がいいよな……そうだな……。」


 彼は寂しそうにそう言って眠りに就いた。

 翌朝、彼は茶を飲みながら切り出した。


「俺、罪を償いに行こうと思う。ちゃんと裁かれて償う。もしその後も人生を生きる事が許されたら。贖罪の為に頑張って生きようと思う。一生許されないかもしれない。それでも、俺は何かしたいんだ! 変わりたいんだ!!」


 ◇ ◇ ◇


 この日の昼過ぎ、ダンジョンの入口近くまで彼を見送ることにした。

 彼は布袋を大切そうに持ち進んでいく。


「その袋って強盗の時の盗品?」

「いや、盗品は無い。俺の分け前はあいつらに全て奪われたからな。これは俺の私物だ。施設で可愛がってくれた姉ちゃんみたいな奴が『何かあったら売って生活しろ』って渡してくれたもんだが、手放せなかった。だから自首する前にこれを施設に返そうと思ってな。」


「そうだったんだ。優しいお姉ちゃんだね! お姉ちゃんともちゃんと話すんだよ。じゃあね、またこのダンジョンにも立ち寄ってよ!」

「ああ、ミュウ色々世話になったな。助けてもらった時は嬉しかったぜ……じゃあな。」


 彼は穏やかに笑って私に向かって手を振ると、振り返り入口の光へ向かい歩き出した。

 償いを経て彼の人生に幸運が訪れて欲しいと願った。


 ダンジョンの入口には、冒険の見送りか人が居た。

 その人影がゆらりと彼に吸い込まれるように動く。影が重なり……


 ―――ドンッ


 鈍い音がした。


「夫を返して!! 何で! どうしてよおぉぉぉぉ!!!」


 その影は何回か彼を刺した後、叫びながら消えて行った。

 それは白昼夢の様なほんの数分の出来事だった。


 ……トドマツ!!!


 呆気にとられていた私は彼の元へ駆け寄る。

 腹や胸を沢山刺されていた。服は彼の血で真っ赤に染まっていた。

 苦悶の表情で壁に座り込む彼の顔面は蒼白だ……嘘でしょ? こんな事って……。

 彼は私を見て申し訳なさそうに袋を差し出した。


「ミュウ……すまねえ……これかわりに……もっでいって……『ねえぢゃんに……ありがと……』て……」


 ……そして彼は動かなくなった。

 …………ああ……ああ!どうしていつもこうなる!!


「ああああああああああああああああ!!!!!」


 私は肩を震わせながら吠えた。


「人が倒れているぞ!!」


 人がこちらに気付き集まってくる。私は彼の持っていた袋を手に取りダンジョンの奥へと逃げて行った。

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