おめかしミミック
「その子がダンジョンで行き倒れていた女の子かい?」
部屋の中にイリスと共に居た白衣姿の青年がこちらを見て心配そうに尋ねた。
彼の見た目は私よりも年上で20代半ばから後半と言ったところか? 大人の落ち着きを放っている。
しかし……ダンジョンで行き倒れ?!
ユズは『お姉さんには話を通した』と言っていたが……そんな説明をしたのか。
驚く私をよそにリンデンとシトロネラは慣れたように彼に話を合わせる。
二人の様子を見る限り初めてではなさそうだ。二人して即興で話しを合わせてしまうなんて……演技派だな二人とも。
「……そうなんです! この子『ミュウ』って言います。ダンジョンで迷ってお腹が減って倒れちゃっていたみたいで……ご飯食べたらすっかり元気になりました! ただ、服がボロボロで困ってしまって……お姉さんに相談したら譲ってもらえることになって……ね?」
『ね?』って言われて私は首を縦にぶんぶん振る。よく分からないけど振っておこう。
それを聞いた、白衣の青年が優雅な笑みを浮かべて話し出す。
「そうだったんだね! 元気が出たのなら良かった。初めましてミュウ君、僕はイリスの主治医兼ギルド・ローレヌの顧問錬金術師のオリバー=フランキンセンスだ。気軽にオリバーと呼んでくれ。」
シトロが彼の紹介を補足する。
「彼は僕達が所属するギルドの顧問錬金術師だよ。先生には姉弟共々お世話になっているんだ。」
へぇ~! この人が……ダンジョンの美化活動を呼びかけた人か。
と、言う事はまずい……この人にミミックってバレたら研究される!!
私はギュッとシトロネラに抱きつく。
「はじめまして、ミュウさん。私はシトロネラの姉のイリス。よろしくね。ダンジョンの中で大変だったわね。私達は貴方を歓迎するわ! 部屋まで来てくれてありがとう。さっそくお洋服選びましょうか? ……殿方はここでご退場ね!」
イリスお姉さんの見た目は私と同じくらいの年齢だ。彼女は話し動くと、人形の様な無機質さが消えた。
ダンジョンで見つかった私に何の嫌悪もなく聖母の様に話しかける。
しかし、悪戯っぽくオリバー氏に笑いかけた辺りは年相応さを感じる。
主治医と患者ね……。
「ああ、そうだね。ミュウ君も体調が悪かったら僕に気軽に相談しておくれ。じゃあ僕はここで。また来るよイリス。」
彼はイリスに優しく微笑みかけて頬にキスをすると大きな診療鞄を持って部屋から去って行った。
主治医と患者ねぇ~……。
野暮な事を考えていたらシトロが動きだした。
「姉さんよろしくお願いします。リンデン、ミュウの事頼んだよ。」
「うん、任せて。」
シトロは私をリンデンの隣にゆっくりと降ろした。
私は立ち上がる事はできるので、そのまま手を差し出したリンデンの手を取り隣に立った。
そうしてシトロも部屋から出て行った。
ふぅ。ミミックってバレなくて良かったぁ~!
二人を見送ったリンデンがイリス姉さんに心配そうに話しかけた。
「姉さん体調は大丈夫?」
「ええ、今日は調子がいいの。新しい薬が効いてきたのかしらね?」
彼女はこの部屋に入ってからずっとベッドの上でクッションにもたれて座っている。
サイドボードには水と薬が置いてあった。
「ご病気なんですか?」
「ええ、体が弱い方だったのだけれどここ最近めっきり弱くなっちゃって。ミュウさんは足大丈夫? オリバーに見てもらった方が……」
イリス姉さんが心配そうに私の足を見た。そうだよね。シトロに抱っこされて今はずっとリンデンに寄りかかっている。
まずい……歩く練習しないと……オリバー氏の元に送られて実験体コースだ。
私があわあわしているとリンデンがフォローしてくれた。
「ミュウはさっき驚いて腰抜かしちゃって転んじゃっただけだから! 今日は大事を取ってシトロにお姫様抱っこしてもらってるだけなの。大丈夫だよね?」
ありがとう! リンデン!!
私は必死にぶんぶんと頭を縦に振った。大丈夫です。今日中には歩いて見せましょう!!
私もずっとリンデンにしがみついている訳にはいかないので椅子に座ることになった。
「そう? じゃあ、春先で寒いし早速選びましょうか?」
「はい! お姉さんとお洋服選ぶの楽しみ!」
ちなみにこれはリンデン。オリバー氏が去ってから超元気だ。もしやリンデンはオリバー氏が苦手か?
◇ ◇ ◇
イリスお姉さんから着なくなった服を、とのことだったが……『クローゼットから好きなのを選んで』と云われた。……え?
彼女の服は仕立てが良くお高そうだ。いや、実際高いだろう。
私はこっそりリンデンに「一番安そうなので……かつ窮屈じゃない奴がいい!」
と希望を告げた。
彼女は私の意志を汲み取ってくれたのか、ウインクして服を選んでくれる。
服選びはリンデンに一任した。私は人間の常識を把握している訳ではないので、うっかり変な行動を取ったり変な物を選んでしまう可能性がある。
お姉さんの前でそれは絶対に避けたい。きっと彼女の知りえる情報はオリバー氏にも筒抜けだろう。絶対主治医と患者の関係じゃないって。
先ほどのように、痴女と呼ばれることをしてしまったら……身元を怪しまれ、調査され、ミミックとバレて……今度こそギルドに突き出されかねない。もう誰にも私を痴女とは呼ばせない!
そんな私の悩みをよそに、二人はキャッキャと楽しそうに服を選んでくれた。可愛い女の子が楽しそうにしているその姿を見るだけで心が和む。ユズが言っていた意味を少し理解した。平和だ……ここにも楽園はあった。
リンデンはお姉さんにとても懐いているなぁ……まるで本物の姉妹のようだ。
二人とも元気に健やかに育てよ。
あれ……? 人型になって気持ちが急に老け込んでしまった。
友達のひ孫達をみたらそうなるか……。
そんなこんなで、譲っていただく服が決まった。私の髪色がピンクかつ、今は春先と言う事でテーマは『チェリーブロッサム』だそうです。
ピンク色のワンピースに白色のカーディガンを羽織る。薄いグレーの靴もご厚意で頂いた。そして髪も二人が結ってくれた。可愛いけど……私、再現できなかも。
鏡で姿を確認して様変わりした自分に驚いた。馬子にも衣装とは言うけど、本当だーー!!
元々お姉さんの所持品だけ有って品が良く落ち着いている。今の私はどこからどう見てもお嬢様だ。意義は認めない。
服が変わると気持ちも変わってきた。私もお姉さんに見習ってお淑やかにしなくてはと思う。できるだけ。
鏡の中の自分とイリスお姉さんを見ていると、やはり私と彼女はどこか似ている。
見た目の年齢も近く彼女の服を着ているから余計似ているというのもあるが……私の髪と瞳の色が濃くなれば姉妹や双子と言ってもバレないだろう。私もおっとりとした表情になれば彼女に近づけるかもしれない。
偶然出会った他人が似ているなんて、珍しい事もあるんだな……ドッペルゲンガーって奴?
などと考えていたら……
「「かわいい~!」」
と二人が拍手をくれた。えっ! 照れるなぁ。
「二人ともありがとう。」ここでは取り出せないけど、あとでお姉さんにお礼としてとっておきの鉱石を渡そう。
「ミュウちゃん似合うよ~!」
「よかったわ! これでお出かけもできるわね。……そうだ! リンデンよかったら机の上にある封筒を持って行って!!」
「これの事?」と言ってリンデンは机の上の青い封筒を手に取りイリスに見せる。
「そうよ、チケットを頂いたのだけど、私は行けないから良かったら二人で見て来てほしいの。」
リンデンが封筒の中身を確認すると中にはチケットが二枚。
それを見て彼女は目を輝かせる。
「ああ! サンダルウッド原作の舞台!! これ最近人気の演目ですよね!……来週か、あぁ!! でもこの日、私も行けなくて……でも見ると人生変わるくらい面白いって言うから……う~ん。」
◇ ◇ ◇
「なるほど、僕の人生を変えてこいと?」
「うん! ミュウのエスコートも宜しくね。お姉さんの気持ちを無駄に出来ないでしょ?」
私達は元居た部屋に帰ってきた。
帰りはリンデンに手伝ってもらいながら屋敷の廊下をゆっくり歩いた。バランスのとり方が分かってきたので、この部屋に着くころには彼女の介助なしで歩くことが出来た。ふふっ! やりました!
リンデンは、演劇のチケットをシトロネラに託したのだ。
最初、彼は面倒くさそうだったが、彼女からイリス姉さんの名前を出されて説得されると
「まぁ、姉さんが行けと云うならば、仕方ないな……。」
などと、満更でもない顔でもごもご言って、彼は私と出かける事に了承した。
この子もお姉ちゃんっ子か。
「ミュウは演劇って分かるの?」
同伴者兼保護者役のシトロが訪ねてきた。
「名称としては聞いたことあるけど、体験したことは無いなぁ。観劇中は騒がずに大人しく座ってみるんでしょ? ああ、でも原作者の『サンダルウッド』は知っているよ?」
「「「え? 」」」
部屋に居た三人はこちらを見て驚く。
「知っているって……本で読んだとか?」
「ううん、数日間一緒に暮らした。」
「「「暮らしたぁ!?!?!? 」」」
そう、私は彼と数日間ダンジョン内で生活したことが有ったのだ。
懐かしいな……にぎやかで楽しかったのを覚えている。
私は彼と過ごした数日間について語り始めた。
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