「ぼくをうけいれて」(前編)
ひ、暇だ……。非常にっ……暇だ……。
ドラゴンが討伐されてから約十年。
シトラスがダンジョン内のモンスターを倒したおかげで、ここは穏やかになった。そのおかげで餌が取りやすくなりその分時間が余る。
長く続く、食っちゃ寝生活……
あーー!! 何か面白いこと無いかなぁぁぁぁ!!!
そんな暇を持て余した私は新しい趣味を見つけた。
ダンジョン内に落ちている冒険者の忘れ物や置いていった物を収集するのだ。探してみると意外にも多い。時々剣とか落ちてる。それ、置いてって大丈夫だった??
中でもこのダンジョン内にその穴場スポットが有る!
私はダンジョン内のとある部屋の中に置いてある宝箱へと向かう。これは
そして遠慮なく宝箱を『ばこーん』と開けると、そこには冒険者たちが置いて行った荷物が入っていた。
荷物整理して持てなくなったモノを彼らはこの中に入れていくのだ。落とし物、忘れ物と言いうより……要らなくなったもの?
この宝箱はそういった連鎖が起きているのだ。置いて行っては誰かに拾われ、再び入りきらなかった荷物は置いていかれる。
「今日は何が有るかな~? お! あるある!!」
特に注目すべきに本が有る。私はその本を読むことを楽しみにしていた。
魔道書、歴史書、辞書、日記、人にまつわるエトセトラ……。
色々書くねぇ人間! ダンジョンの中から楽しませてもらっているよ!!
「やった! 魔道書発見~!! いっただきまぁ~す!!」
本を開いたら真っ先に魔法陣が目に入りそれはオレンジ色に光った。
まずい! これ呪いの本だ……私の魂に呪いが刻まれてしまった。
あーー……やってしまった。
私はあっさりと呪いに掛かった。……あれ? でも幸いなことに痛くも苦しくもない。
何の呪いだろう? 呪いにもいろいろある。
一番怖いのは即死! 次はジワリジワリと死が近づいてくるタイプ。毒や眠りもある。
私は開いた本を読み進めてみると……『燃えなくなる呪い』と書いてあった。
と言う事は死に直結してない……変な呪い。よしっ! 放置!!!
ダンジョンで本を開くときは気を付けよう。では気を取り直して。
「呪いよ~し! いっただきまぁす!!」
私の場合、本は基本食べます! と言っても口に入らないので箱内に入れてスキャンしておりますので!……読み終わった本たちは原型も残っておりますのでご安心を! ベトベトもヌメヌメもしないから大丈夫!!
「これは解呪の書か~ふむふむ。なるほどね~さっきの呪いは解呪するのも面倒だからいいや。ごちそう様。じゃあ次と、呪いよ~し! いっただきまぁす!」
私は読み終えた本を宝箱の中に戻し、新たな一冊を読んだ。
これは面白い! 何度か読み返したいから……一度持ちかえらせてもらうかな!!
しばらく楽しめるでしょう。
私は宝箱の中に、途中で拾ったアイテムや体内に残っていた乾燥薬草を補充して、私のテリトリーへと戻った。訪れるたびにアイテムが整頓補充されているのだ。きっと冒険者達も楽しんでくれるに違いない。
◇ ◇ ◇
私はシトラスと会った中層に戻ってきた。
中層の新規開拓は終わており、ここには人が留まらない。
シトラスが魔物を倒しまくったおかげで冒険者は下層へ下層へと新たな層の開拓に夢中なのだ。開拓済みのゾーンなんて誰も気にも留めない。
退治されないからいいんだけどね。などと考えているうちに人間の気配が近づいて来た。私は箱の中に隠れ外の様子をじっと伺う。
「ここはどこなんだ? ……お! 宝箱じゃないか!」
人間の男の声が聞こえた。噂をしたら人間が来てしまった!
彼はどうやら一人で……冒険者にしては装備が軽い。そしてどこか頼りない。
彼はミミックかどうかも確かめもせず目の前に有る宝箱―――私を開けた。
余りにも迷いなく開けるもんだから、私は抵抗する間も無く開けられてしまった。
「にゃっ!!!! ……」
…………。
両者目が合いしばしの沈黙が流れる。
どうするの? 閉めてくれる? そっと頼むよ??
「思いついたぞぉぉぉぉぉ!!! 天啓だぁぁぁぁぁ!!!!」
ダンジョン内に彼の魂の叫びがびりびりと響く。私は耳を塞ぎ、彼に抗議する。
「酷いよ! 近くで大声なんて……ってあれ? 何してるの?」
男は自身の荷物から紙とペンとインクを取り出し何か書き始めていた。
ちょっと……お兄さん? 私は彼の肩にそっと触れようとすると
「今いい所だから! ほっといて!!!」
すごい剣幕で言われてしまった。
こ……こわい。どうしよう? この人間……。ここから動かないつもり??
私は持っていた水を沸かし薬草茶を淹れ、何かに憑りつかれた彼が元に戻るのを待った。
二時間程経った頃。男は何かを思い出したように話し出した。
「む? いい香りじゃないか。レディ、お茶を淹れてくれたんだね?」
私は自分用にもう一杯飲もうと思ってお茶を淹れてた最中だった。レディって……人間みたいに呼ばれてしまった。
「お茶飲む? カップ持っていれば下さいな?」
「ああ! 有るとも。これでお願いするよ。いい香りだねェ~」
香草と薬草のブレンドだ。
「お兄さんはどうしてここに? 何をしているの?」
「僕かい? 僕は劇作家のサンダルウッド。新作を書く為にこのダンジョンを旅しているのさ。」
彼は優雅に語るが……旅という装備ではない。思いつきのまま飛び込んで来たな、この男。
黒髪で少し長い前髪の奥に赤銅色の瞳がキラキラと輝いている。
冒険者パーティーの中にも彼の様なタイプの人間を見たことが有った。吟遊詩人だったかな?
彼らと似た自由でマイペースな空気を彼からも感じる。……あぁ、これは主語が大きすぎたかな? 失敬!
「最近ドラゴンが倒されたと聞いてね。僕は思いついたんだ、今後は冒険物語がはやるって!!」
最近っていっても10年経つぞ? 大丈夫か?
彼は私が怪しむ様子も無視して語り続ける。
「それで急いで作品を書いたんだが……誰も僕を受け入れてくれなかった。……それどころかバカにして。誰も認めてくれなかった。……誰からか妨害されているんじゃないかって思う程に。」
彼の瞳に暗く冷たい感情が宿っていた。確かに受け入れられず馬鹿にされるのは堪えるものが有る。彼の語りは止まらない。
「そこで僕気づいたんだ! 冒険者ギルドに取材するだけじゃなくて、実際のダンジョンの中で書けば更にすごいものが書けると!! 僕の考えは確かだったね。勘が鋭すぎて困ってしまう! インスピレーションの泉が湧いて仕方がない!!」
彼はそう言ってこのダンジョンに入ってから書き留めた物を私に見せた。あんなに食いつくように書いた原稿だ。食べたら怒られそう。
食べなくても読むことはできるけど、文字読み込みの速度が落ちる。私は原稿を受け取りゆっくと読んでいく。
原稿は彼が言った通り冒険活劇だった。ふむふむ、面白そうだけどな。
「レディ、君こそ何でこんな所に居るんだい?」
「私?見ての通りミミックだからね。私はミミックの『ミュウ』このダンジョンに住み着いているんだよ。もう20年くらいになるかな?」
この言葉を聞いて彼の様子が変わった。
「…………へ? ミミック? モンスター??」
彼はそう言って、カップをポロリと落とした。次の瞬間
「僕食べられちゃうのかい? ああ……これが遺作になるなんて!! 神は僕を見放したのか!?」
騒がしいなぁ……疲れないのかな?
私は慌てて彼の誤解を解く。
「残念ながら私は人間が食べられないんだ。だからサンダルウッドのことも食べないよ。安心して。」
両触手を上に上げてひらひらさせる。敵意なしのポーズを取った。
それを見た彼は落ち着きを取り戻し、こちらに近寄ってきて私の触手をがしっと掴んだ。ぐっと顔を近づけてくる。
モンスターを怖がる割には大胆に触ってくるな。
「よかった……君はこのダンジョンで僕の前に舞い降りた天使だったんだね? 騒いですまなかった。ミュウに頼みが有るんだ! この作品が書き終わるまで一緒に居て欲しい!!」
「…………はい?」
突拍子の無い彼からの提案に私は情けない声で聞き返すことしかできなかった。
これがサンダルウッドとの出会いである。
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