お届けミミック

「なぜ曾婆様メリッサの事を知っている?」


 私を開け、布でぐるぐる巻きにした人間の男が、私を睨み見て静かに語りかけてきた。


 緊張が走り、私は唾をゴクリと飲み込む。


 ここは私が生き残る分岐でもある! 失敗は許されない!! 私は姿勢を正し彼を真っ直ぐに見つめて真剣にその問いに答えた。


「私が彼女の最期を看取ったから知ってる。メリッサはモンスターである私に優しくしてくれた数少ない人間だよ。ところでメリッサの息子さんっているの?」

曾婆様ひいばあさまと話した?祖父なら……この屋敷に居るが……。」


 ―――えっ!? メリッサの家族がこんな近くに居るなんて! 超偶然!!

 このチャンス逃すわけには行かない。私は彼に懇願した。


「お願いっ! 彼に渡したいものが有るから会わせて欲しい!!」


 ◇ ◇ ◇


 1時間位待った後、老人が一人部屋に現れた。


 かつてはメリッサと同じ髪色だったのだろう、所々にその痕跡を残し今では白髪となっていた。家族に降りかかった災難を乗り越え生き抜いた顔には深く皺が刻まれている。そして目の前の来訪者の真贋しんがんを見抜くように鋭く光る緑の瞳。


 私は彼に逢う事が出来て安堵したが……疑いの眼差しで見られることに少し胸が痛んだ……


 そりゃそうだ。


 ミミックに会いたいって言われて、警戒するのは仕方がない。自然な事だ。私はその小さな心の棘を自分の言葉で抜いて納得させた。


 彼は私と距離を取った位置に立ち話しかけてきた。


「お前か……母の名を知るモンスターとは。」

「ハイ。お母様には大変お世話になりました。ミミックの『ミュウ』っていいます。彼女から荷物と伝言を預かっているのでお渡します。」


 私は体の中をごそごそと漁る。彼女から預かった鞄は……ああ! これだ。

 両触手で鞄を掴んで “ずいっ” と彼に向けて差し出した。


 あれ?


 彼は動こうとしない。部屋の中がシンと静まり返る。

 私が「おかしいなぁ」と首を捻ると


「荷物を床に置いてくれ。僕が彼に渡す。」


 私を開けた男……ひ孫君がそう静かに話した。

 ああ、そうか! 確かに罠だったら危ないからね……私は納得してそっと床に鞄を置いた。

 そしてずりずりと後退した。仕上げに攻撃の意志が無いことを示すため両触手を挙げる。うん、完璧!!


 私を見たひ孫君が警戒しながら鞄を手に取り、危険物が無いかを確認した後、それを老人に渡した。老人は鞄から品物を取り出し確認してゆく。 


 本を手に取りパラパラとめくり読む。その手が次第にゆっくりとなる。彼の様子を見たひ孫君は尋ねた。


「お爺様……これらの品々は本物ですか?」

「…………ああ、これは母の日記だ。」


 老人は手が震えていた。そして、時の経過で痛んでしまった手紙の封を開ける。

 静かに手紙を読み進めて行くうちに、彼の目から零れ落ちる物があった。


「メリッサは息子さん……あなたの事を心配していました。『私の所為せいで申し訳ないことをしてしまった。許してくれないかもしれないけど……愛しているよ』と……。」


 老人は驚いて私を見た後、泣き崩れてしまった。


「……母の最期はどうだった……。」

「……最期は優しく笑って眠るように逝かれました。彼女の体はダンジョンの中に。他のモンスターに食べられないよう埋葬しました。」


 私も、その日の事を思い出し胸が痛くなった。泣きながら穴を掘って彼女を埋めたことを生涯忘れることは無いだろう。


「そうか……。看取って埋葬まで……。ありがとう、ミミックのミュウよ……。」


 !!!


 彼からの礼に私は驚いた。

 私も慌ててぺこりとお辞儀をした。


 メリッサの息子さんに預かり物と伝言を渡せて良かった。

 メリッサ、遅くなってごめんね。

 

 人間の皆はおじいさんの周りに集まって品々を見ながら話をしている。

 時を超えて届いた家族の思い出の品々。話しが尽きないだろう。


 …………


 私はきょろきょろと見渡して扉の位置を確認する。扉の開け方はさっき見ていたから分かる。

 体の中にしまってあった杖をそっと取り出し、触手で杖を突きながら勢いよく部屋を出た。


「「「え?」」」

「あ! っておい!!! 逃げるな!!!」


 ひぃっ! 気づかれちゃった!!

 メリッサの一族とはいえ人間だ。中には私を退治しようとする人もいるかもしれない。


 偶然にも用事は果たせたし、もう逃げよう!

 これで良かったよね? メリッサ?


 私はガコンガコンと派手な音を立てながら建物内を必死に移動する。


 こちとらダンジョン生まれ、ダンジョン育ち!

 人間の作った建造物なんぞやから華麗に逃げ切って見せる!!


 ―――と意気込んでみたものの。


 ひっ……はぁぅ……疲れる……!

 移動するの……苦手だった!!

 こんな事ならダンジョンを歩き回って鍛えておけば良かったぁぁぁ!!!


 今更ダンジョンでのグータラ生活を嘆いても逃げ足は速くならない。

 息を切らしながら頑張るも……あっけなく追い付かれてしまった。


 ええぇ~!! 人間……速い……よぅ……。


 私は杖を抱え、箱の中にくたっと倒れ込む。

 そんな私をメリッサのひ孫が……呆れた顔で覗き込んだ。


「はぁ、はぁ……あっ……おねがい……です!私……人間は……食べません!! 退治……しないで……下さい!!」


 私は息を切らしながら必死に言葉を絞り出した。かくなるうえは……命乞いだ!!!


 もっと無害をアピールしよう。そうだ! あとは……何でもするというか? ……いや、それは……過去に言って失敗したじゃないか! ……言わないでおこう……あとは……


 彼は何かに驚き顔をそむけた。そして着ていたジャケットを私の中に投げ入れた。

 君、よっぽどミミックの中身嫌いなんだね? 私も少し傷つくよ?

 布の隙間から抗議するように彼を見つめた。

 そんな彼は頭を抱えてため息をついている。


「……はぁ。なんだよこのミミック。知っているミミックと全然違うぞ?」

「私、こんな姿ですけど……本当に人間食べないんですぅ! ……信じてくださぁいぃ!!」


 私はずるっと上体をお越し、箱の淵に寄りかかるが……がこん! と情けない音を立ててバランスを崩し、前に倒れてしまった。いだい!!


 あぁ~起き上がれない……もう疲れたよ~。


「はぁ……ほんと目のやり場に困るなぁ。君は爺様とひい婆様の恩人なんだから退治なんかしないって。……もう!」


 ―――――え? 朗報!? 退治しないの?

 彼は『よっこらしょ』と、私の中身を掴んで起こしてくれた。


「いい? 触ったのは仕方なくだからね? やましい気持ちは一切無いからね?」

「そうだよね……気持ち悪くてゴメンナサイ……」


「きもちわるい? 君は……自分の姿を見たこと無いのかい?」

「姿? ……ミミックは宝箱の形してて中身は触手と歯と……」


 私は説明しながら両触手をぴくぴくと動かす。

 それを見てひ孫君は眉をしかめた。


 私、何か間違えてる?


 彼は私の前にしゃがみこみ、触手を軽く握り上下に軽く振りながら呆れ、言葉を放つ。


「これは……どう見ても“手”だろう。あれを見て。」


 私は彼に従い、指さす方を見ると……壁かと思った所に二人の人間が居た。


「にぃ! また人間が……あれ?」


 視線の先に居る人間の一人は、私の隣にいるこのひ孫君で……もう一人は宝箱の中に入った女の人間が居た。私が動くたびにその女も動く。


 人間の生活道具の中には姿を映す板が有ると聞いたことが有る。もしやこれが……


「これって鏡?」

「御名答。」


 本でも読んだことある。金属とガラスで作られた板の存在。ほぅ! これが。


「つまり、これが私? ……人型だったの?」


 私はずっ……ずっ……と小さく跳ねて鏡に近づき自分の姿を観察した。彼も私が倒れないように手を添えながら一緒に近づく。


 触手だと思っていた物が手だったのか! へぇ〜!! 私の見た目はひ孫君より少し年上……

 肌は白くて、髪色はロゼ……ピンクというのかな? 毛先の色が白く薄くなっている。体に何か絡むなとは思っていたがこれだったみたい。人間でいえば背中ぐらいまでの長さが有る。

 瞳は薄い紫だ。顔は……人間の基準でいうとどうなのだろう。私は体ごとガコンと振り返りひ孫君に尋ねる。


「ひ孫君。私の顔って人間から見てどう?」

「え? ……び、美人だよ。」


 彼は目をそらし少し頬を赤らめる。


 ――――美人。ほうほう。


 私は更に観察を続ける。肩に乗せられている布を落として首から下を見る。

 

 触手もとい手でペタペタと体を触る。


 柔らかくて表面がサラサラしている。人間の服の下はこのようになっているのか! この肉の塊は何だろう。こっちはもっと柔らかい、ここは骨が入っていないのだろうか。


「どこ触っているんだ……もう。」


 彼は呆れ声でそう言って私が落とした布を巻きなおした。……せっかく見ていたのに。私はその布をパッと開き彼に尋ねた。


「ひ孫君。私の体って、人間的にどう?」

「僕に聞くな。変態め!」


 ――――ヘンタイボディー。ほうほう。


 私は人間でいう足が見当たら無いなぁ。腰から下が宝箱と一体化しているが……確かまだ触手はあった気がする。


 箱の淵に手を懸け腕を思いっきり伸ばすと……

 ―――ずるっ! ……どさっ。


「うっ……痛い……。」


 手をかけていた部分が消失してうつぶせにひ孫君の上に転んでしまった。

 箱が消えちゃった!! どうなっているんだろ!? 私は上体を起こして確認する。


 宝箱に当たる部分が消失してその代り人間の脚に当たるパーツが増えていた。


「わぉ! なんか増えたぁ!!」


 私は座って感激して足をぺちぺちと叩く。

 私の感動とは裏腹に下敷きになっていたひ孫君が私を見てプルプルと震えている。


「どうした? 青年?」

「……君は……恥じらいを知れ!!」


 そう言って彼は私を素早く下し、布という布で私を拘束した。

 やばい、調子に乗った……退治される。


「シトロネラ! 叫び声が聞こえたけど大丈夫か……って、この子あのミミックか?」

「ああそうだ。人間に擬態している。痴女だから気を付けろ。」


 む? 痴女? とな??


 私は体中に有る辞書で『痴女』の文字を引きながら、ひ孫君に横抱きで持ち上げられて元居た部屋へと布でぐるぐる巻きのまま連れ戻されるのであった。


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