語るミミック

 私は逃走に失敗し、『痴女チジョ』と言われ、布でぐるぐる巻きにされて連行された。


 連行される最中、体内に有る辞書で先ほど云われた『痴女』という言葉を調べ青ざめる。


 これは……退治されても文句が言えないのでは?


 私を抱えるひ孫君を恐る恐る見上げ、先ほどの痴態を謝罪した。


「ひ孫君? ごめんなさい。私……人間の体が初めてで興奮しちゃって……つい、はしゃいでしまいました。悪気は無かったんです!」


 謝罪も虚しく、彼はムッと私を睨む。

 うっ……メリッサ……私、もうすぐ会えるかもしれない。


 部屋に到着すると、ぐるぐる巻きの私は部屋の真ん中に置かれた椅子の上にそっと降ろされる。意外と丁寧だ。


 メリッサの息子おじいさんは自室に戻ったらしく既に姿はなかった。


 はぁ……退治しないとはいえ、私の待遇はどうなるんだろう?

 ダンジョンに逃がしてくれるようには見えない。置いてきたご馳走はお預けかぁ……。


 私を囲むよう人間が三人立った。


 一人目は先程のひ孫君。

 以前にも言った通りサラサラのブラウンヘアーに利発そうなグリーンの眼差し、そして彼は剣を持っている。

 着ている服は冒険者のそれだがいかつい装備をしていない為か、綺麗で上品さを感じる。真面目そうな空気を漂わせている青年だ。


 二人目は弓を持った男。

 彼は長身で三人の中で一番背が高い。薄いブルーの長髪を後で結っている。

 風変わりでゆったりとした服装をしている為、ひ孫君とは違いどこか掴めないルーズさを感じる。

 常にニコニコしている目の奥には濃紺の瞳がチラリと見える。珍しそうに私を見ては「へぇ~」とか「ほうほう」など呟いている。


 三人目は杖を背負った女の子。

 彼女はグリーンの髪の持ち主で、長い髪をお団子に結っている。丸い眼鏡の奥にパッチリとした目と落ち着いたピンクの瞳の持ち主だ。

 彼女は魔法使いの装いで、だぼっとしたローブを羽織っているがその下はオフショルダーのトップス、フワッとしたショートパンツからすらっとした白い足が伸びている。可憐でチャーミングといった印象だ。

 

 三人とも同じ年代だ。20前後位?

 ミミックだもん、人間の顔や年齢見分けるのは難しい。


 三人の装備はダンジョン浅~中層向けなので『ダンジョン新規開拓上等! モンスター討伐ガチ勢!』ではなさそうだ。

 怖そうな人達じゃなくて良かった!


 私がほっとしていると、ひ孫君が悩みながら言葉を発する。


「えっと……まずは自己紹介だね。僕はシトロネラ。君が助けてくれたメリッサのひ孫にあたる。剣士をしている。ハイ次。」


「え? いきなりだな……。俺はユズ。弓使いで、二人の幼馴染。そしてこのパーティーのリーダーだ! じゃあ、次はリンデン!!」


「私はリンデン! このパーティーの魔法使いだよ。よろしくね! ミュウちゃん。」


 おおぉ! 思った以上にフレンドリーだ、この子達!!……

 私も彼らに「ミュウです! よろしくお願いしまっす!!」と言い、ぺこりとお辞儀した。



 おっと〜? これはいい流れじゃないですか!? 私に追い風が吹いている!!



 和やかな空気だと思っていたら、一人真剣に困っている人が居た。シトロネラだ。

 ユズが困り顔のシトロネラに尋ねる。


「シトロ、この子どうするんだ?」

「う~ん……。一応、ギルドには報告書を上げるけど……それまで彼女はここで保護する。モンスターを捕まえた場合は即提出だけど、彼女はイレギュラー要素が多いから、こちらで簡単に調査してから報告しよう。それに、さっき言った通り祖父たちの恩人だから、できればギルドには引き渡したくないな……。」


「ふむふむ。なるほどね。シトロの気持ちは分かったよ!」


「……うん、ありがとう。悩んでいてもしょうがないから始めようか? ミュウ、君のことを詳しく教えてほしい。リンデンは報告書に載せる彼女のスケッチをお願いできる?」


「任せて!」


「……いやぁ仕事のできるメンバーで頼もしいな。……俺は茶を淹れてくる! あと彼女の洋服を見繕ってくるか。ぐるぐる巻きも可愛いけどなぁ。シトロの姉さんに相談してくるよ。じゃ!」


 三人三様に話し出し、一斉に動き出した。

 待って! 私こんなに沢山の人間と話したこと無いから、誰を見ればいいの?? ……混乱していると、緑髪の女の子リンデンが笑いかけて私に対応する。


「じゃあミュウちゃん! こっち向いてもらっていいかな? 少しの間だけ布を外させてもらうね。図解程度に簡単にしか描かないから安心して! シトロはこっち向くの禁止ね。」


 リンデンはそっと私を拘束していた布を取り外した。そして、彼女の柔らかい手が優しく触れて私の体を観察する。


 にゃ……ちょっと、くすぐったい。


「ミュウちゃんの瞳孔はダイヤの形になっているのね。可愛い! あとは……えっ! こんな所に鍵穴が有る……。」


 彼女は私の体を見て顔を赤らめた。


 む? 鍵穴?


 私は視線を下して自分の体を見てみると……胸元に鍵穴らしき穴が有った。


 何だろこの鍵穴……触ってみると固い。本物の鍵穴だ! 持っている荷物の一部が干渉して浮き出ているようだった。……あぁ、かな?


 押しても引っ込まないし、それほど大きくは無いから……放置!!


「女の子同士の仲睦まじい姿って、微笑ましいよな……尊い♡」


 お茶を淹れに行ったはずのユズが、リンデンの後にある扉の隙間からこちらを覗いて何か呟いていた。いつの間にそこに……!


「ふんっ!」


 リンデンが彼に向けて近くに置いてあったクッションを素早く掴み、ノールックで投げつけた。

 魔法使いにしておくのが勿体無もったいないほどの瞬発力だなぁ。コントロールも申し分ない。


 ユズはクッションが当たる前に無言のままガチャリと扉を閉め去って行った。

 何だ彼は……新種のモンスターか?


 リンデンとユズの一幕を眺めていたら背後に座るシトロネラから話しかけられた。


「ミュウ。リンデンがスケッチしている間に僕が質問するから答えて欲しい。君は人間を食べないって言ったけど本当?普段何を食べて生活しているの?」


「本当だよ! 昔は食べたいと思ったこともあったけど……覚えている限りでは無いよ。食の変化と共に食べたいと思わなくなって。今は鉱石が大好物で、主食は植物や同族以外のモンスター、あと時々人間がダンジョンに忘れて行った食べ物を食べてる!」

 

「鉱石と植物とモンスターっと……」などとボヤキながら彼は私の回答をメモしてゆく。更に次々と問いかける。


「なんで人の言葉が話せるの? 他のモンスターとも人の言葉で話すの?」


「具体的には覚えてないけど……100年ぐらい前にダンジョンで飢え死にしそうな時に人間に助けられてから話せるようになった。その後もダンジョンに来る人間とは人の言葉で話すけど、モンスター同士では話せないなぁ。たまに空気というか雰囲気というか……そんなので意思疎通できるモンスターもいるよ。」


「ん? という事は言葉を話す個体はミュウだけなのかい?」


 彼が怪訝な顔をして振り向くとリンデンが “ポン” と彼の顔目掛けて軽くクッションを投げた、


 あれ? ユズの時と速度と威力が違うぞ?


 彼は顔の前でクッションを受け取りそのまま申し訳なさそうに顔を隠した。


「こーらっ。だーめっ!」

「ごめん。」


「…………そうだねぇ。良く考えたらあのダンジョンでは私だけだったね。人間と話しているモンスター。」


「ミミックって寿命が長いのかい?ミュウは100年も生きているけど……」

「寿命?……同族もめったに見かけなかったから彼等がどれくらい生きるか分からないや……考えたことも無かった。」


「……ミュウは俺のひい婆様の他に誰と会ったんだい?」

「むぅ? 沢山いるけど、そうだなぁ。……ああ! ダンジョンのドラゴンを倒した人とも少しの間、一緒に行動したよ!!」


「え! ドラゴンを倒したって、あの英雄シトラス!?」


 彼は目を輝かせ振り返り、再びリンデンから軽い制裁を受ける。

「すまない。」


「英雄……おお! 私が話さなくても英雄になってるじゃん! そうだよね。ドラゴンを一人で倒す偉業を成し遂げた英雄の目撃証言を聞きます? 彼も確か『後世に語り継げよ~』とか言っていたし。それに、シトロネラたちは冒険者だからギルドにも繋がり有るよね? 彼からギルドに届けてくれって言っていた物も有って……。」


 その時、静かに扉が開きユズが登場した。

 タイミグが良すぎる。立ち聞きしていたね?


「ほぉ! それは非常に興味深いね。二人とも、姉さんには話を通してきたぞ。リンデンこれ姉さんから預かった。これも着せてあげてって。」


 ユズの手には茶器の乗ったトレーと布袋が有った。

 彼は私に背を向けながらリンデンに近づき布袋とお茶を2つ渡した。


 彼はそのまま私の背後に回り、シトロネラにもお茶を渡したのだろう「ありがと」と礼を言われていた。リンデンが私にお茶が入ったカップを「どうぞ」と差し出す。爽やかな香りのするお茶だった。


「よし、皆にお茶も渡ったし、英雄シトラスの裏話ゆっくり聞かせてもらおうか! よろしく頼むよミュウちゃん。」


 みんなの準備が整った所で、私はあの『怒れる暴れん坊』について話すことにした。

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