「わたしをたべて」

 ダンジョンにはいろいろな人間がやってくる。


 冒険者の他にも……迷子、逃亡者、犯罪者、置き去り、破壊者などなど訳アリで一癖も二癖もある方々が多い。


 今回も女性が一人、私の前にやって来て倒れ込んだ。

 むぅ? 冒険者というより逃亡者かな……追手から逃げて来たように見える。

 

 なぜなら装備が冒険者とは違うのだ! 軽装すぎ!!

 この格好で冒険者と名乗るなら、ダンジョンを舐めているとして、こちらは小一時間説教をする用意がある!!


 そんな珍しい来訪者を鍵穴から観察していると、彼女は私を開けようと何の迷いもなく蓋に手をかけた。


 えええ!!! びっくりしたぁ……彼女、私を宝箱と勘違いしているようだ。

 ダンジョンで不用心に宝箱を開けるのは感心しないなぁ。

 従来のミミックはここで人間をぺろりと食べるけど、私は違う。

 50年以上も前には人間に対して食欲を感じなくなっていた。グルメなミミックなのだ! にゃははは!


 とりあえず、頑張って私を開けようとしている彼女に、蓋を開けて挨拶する。


「もしもし、お嬢さん? こんにちは! 私、宝箱じゃないよ。期待させてごめんね。」


「きゃっ!」


 彼女は急に開いた私に声を掛けられて小さく悲鳴をあげて、持っていたランタンを落してしまった。ランタンは軽い音を立ててコロコロと彼女の近くに転がる。


 驚かせすぎちゃったかな……?


 あまりにも驚いたのか彼女は動けないでいる。

 私は彼女が落としたランタンを拾い上げ、来訪者のお嬢さんを明かりで照らした。


 ランタンの光が、クルクルと柔らかく弧を描く長いブラウンの髪を照らし出した。

 私を見て驚く瞳はアーモンド型のパッチリとした目で緑の瞳は潤み、服装はやはり軽装だけど、どこか上品さを感じる。


「あなた……人の言葉を話すミミックなの?」

「そだよ。」

「お願いが有るの! 私をたべて!」

「へ!? 食べるの?!」


 私は彼女の予想外の願いに驚愕した。

 食べるってつまり……。何で、そこまでして終わりを急いじゃうの? 懇願する彼女に私は困りながらやんわりと答える。


「ごめん……私、人間は食べられないんだ。お嬢さん、誰かから追われているの?」


「えっ? なんでそれを……?」

「冒険者の装備じゃないから。食べられないけど、良かったら私の中に隠れる? 足音が二つ近づいて来ているよ。」


 反響した足音が遠くから微かに聞こえる。私はこの空間に慣れているから距離と人数も分かる。


 追手と聞いて彼女の顔がみるみると青くなった。冷や汗を垂らし、何か覚悟を決めて私の目を見て頷いた。そして私の中に飛び込んでくる。

 

 彼女が私の中に飛び込むとふわりといい匂いがした。甘く、優しい……今までの人間とは違う香りだった。


「狭いけど、我慢してね!」


 わたしは蓋を固く閉ざし、同時に外の様子を伺う。

 人間の男が二人、私達が居る空間にやってきた。足音を聞いた彼女は震えていた。呼吸が早くなると窒息してしまうので、小声で優しく彼女をなだめた。


「大丈夫だよ~落ち着いて。ゆっくり呼吸してね。」


 男たちは宝箱わたしの存在に気付いたようだ。


「宝箱が有る。開けるか?」

「待て! 確認する。」


 そう言うと男は、近くにあった小石を私めがけてヒュンと投げた。


 いたぁっ!! ……加減を知らない奴だなぁ。


 私は他のミミックと同じように、石が当たるとガタガタと体を揺らした。


「駄目だ、あれはミミックだ。相手にしている暇はない。女を探すぞ。」


 そう言って彼らは出て行ってしまった。足音が遠くに行ったのを確認すると私は蓋を開けて。ランタンを取り出した。


「ふ~。どうやら行ったみたいだよ。この奥は更に入り組んでるからマッピングしないと迷っちゃうのにね……。まぁいいか。お嬢さん大丈夫?」


 息苦しい箱から顔を出した彼女は呼吸を整える。

 落ち着いてから話しだしすのだが……


「ありがとう。ミミックさん……うっ……」

「どうしたの? 苦しいの? 何か薬草使う?」


 彼女は胸を押えて苦しみ出してしまった。

 私は慌てて体の中にしまっていた乾燥薬草を彼女に見せる。使えるものが有れば良いのだけれども……どうかなぁ?


 彼女は私の行動が意外だったのか、苦しみながらも驚いて優しく笑った。……確かに薬草を使うモンスターは珍しいかもしれないね?


「……ありがとう、落ち着いたわ。驚かせてごめんなさい。……私、もう長くないの。呪いを受けちゃって……だから薬も効かないけど。あなたの優しさで少し寿命が延びたわ。」


 彼女は静かにそう告げると穏やかに微笑んだ。

 え? 呪いを受けるって……つまり解呪されない限り、近い内に約束された死がやってくると言うことだ。怖くは無いのかな?


 私は彼女の胸にそっと触手をかざして、彼女が受けている呪いを解析した。

 うわっ! 何て酷い……この呪いを組み立てた人が上手うわて過ぎる。複雑過ぎて私じゃ解呪出来ないや……ごめん。私、役に立てないや……。


 そんな状況なのに、彼女はにっこりと笑いかけてくれた。優しくて可愛い人だ。私は愛おしくなって彼女の頭を触手で優しく撫でた。

 昔、人間が私にしてくれたように。


 私は彼女とお茶を飲みながら話した。

 ランタンの明かりに優しく照らされながら、ゆっくりとした時間が流れる。


 彼女の名前は『メリッサ=クロウ』地方の伯爵夫人で無実の罪を着せられ捕まっていた所を逃げ出し追われているそうだ。 

 しかも濡れ衣と一緒に呪いもかけられた為、命はそう長くない。このダンジョンから自力で出る事も叶わない様だ。私が彼女を連れて地上に上がるには、この場所は深すぎる。


 彼女は貴族達の世界に興味を持たなかったばかりに、それを逆手にとられて策略にはまってしまったらしい。

 捕まっていた時に更に罪をなすりつけられると知った彼女は、呪われた体に鞭打ってここまで来たらしい。

 

 そして大好きな家族。特に残しまった息子を酷く心配していた。

 彼女を逃がした夫は捕まり、彼のその後を考えると胸が張り裂けてしまいそうだ。捕まる前に息子は遠縁の親戚にかくまってもらっているそうだ。生き残った息子だけでもどうにか……


「ミュウ……もし、あなたが私の家族に会う事が有ったら、これを渡して欲しいの。もしもの偶然が起きたらで構わないから、持っていて貰えるかしら?」


 そう言って彼女は持っていた小さな革製のショルダーバッグを私に渡した。

 中には一冊の本と手紙、そしてアクセサリーケースがある。


「預かるのはいいけど……私、50年後にしかダンジョンから出れないって予言されていて。それでもいいかな?」


 この予言は昔が言葉を覚えた頃に人間から言われたものだった。

 正確には『100年後に会いに来て』なのだが、ここ50年ダンジョンを出ようとすると何故だが妨害や事故に遭って出られない。

 だから私はそれを、人間の予言と受け取ることにしてダンジョンを出る事を諦めていた。

 

 彼女はそれを聞いてしゅんと悲しい顔をした。そして、こくりと頷いた。


 ―――今思えば、彼女はこのダンジョンにあと50年間ひとりぼっちになる私のことを案じてくれたのだろう。


 ◇ ◇ ◇ 


 二人で穏やかに過ごしていたが、彼女は次第に弱って行き二日後……とうとうメリッサはぐったりしてしまった。

 命の蠟燭ろうそくは残りわずかなのかもしれない……

 

 彼女の様な素敵な人が、こんな岩だらけの真っ暗なダンジョンで果ててしまうのを、私は許せなかった。

 

 せめて、最後に綺麗な思い出を抱いて逝って欲しい。

 だから私が出来る事をしたい。彼女の心の傷は癒されないかもしれないのに……私に優しくしてくれた彼女への私からの気持ち。これは気持ちは感謝? それともエゴ?


 私の中に入っている彼女を連れ、拾った木の棒を杖のように使い、体を引きずりながらダンジョンを移動した。


 そして、このダンジョンで私が一番好きな場所に彼女を連れて来た。


 ここは何の変哲もない地底湖なのだけれども、仕掛けが有る。私は落ちていた石を地底湖に投げ込んだ。


「メリッサ見える?」


 私は彼女を優しく抱きかかえ、風景が見やすい体勢にした。

 彼女は生気の無い顔でその風景を眺める。


「ミュウ……ええ、見えるわ……とても綺麗ね……」


 湖に石が落ちると水面が青く輝く。その光を受け周囲に有る鉱石もキラキラときらめく。

 真っ暗なダンジョン下層で唯一光が有る場所だ。私はもう一つ石を湖に投げ込んだ。


「メリッサ……私に優しくしてくれてありがとう。もっとお話ししたいよう……。」

「私もよ……最期にあなたに逢えて良かった。……幸せになってねミュウ。」

「……うん。……大好きだよメリッサ。」


 最期に彼女はフワッと笑って静かに眠るように逝ってしまった。

 私の意志に反して、目から液体が零れ落ちてくる。確かこれは……涙だ。


 のどが締め付けられるように痛い……胸にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚えた。


 だ……人が居なくなる度に味わう感情。喪失と悲しみ。


 私は彼女を連れて移動した。

 短い間だったけれど、彼女から貰った優しさはとても温かかった。


 これが、私とメリッサの記憶。

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