「気持ち悪い」と追い出された令嬢は魔女様と幸せになりたい

蒼鳥 霊

「気持ち悪い」と追い出された令嬢は魔女様と幸せになりたい

 コランダ王国にある公爵家の一つ、サベリア公爵家の令嬢であるカメリアがそのことに初めて気が付いたのは7歳の時であった。

 貴族の子息令嬢が集まるパーティー。その会場の女の子たちの集まりで始まった誰がかっこいいかという話。

 双子の妹であるサリンとともにそのパーティーに参加していたカメリアもその話を聞いていた。

 しかし、ここであなたどうと聞かれたときに答えることができなかったのだ。なぜならどちらかというと男の子より女の子の方に興味があったから。

 そこでカメリアは気づいたのであった。

 自分はもしかしたら他の令嬢とは違うのかもしれない、と。

 そして、年を重ねるにつれ、それは間違いなんかじゃなく自分は男性ではなく女性のことが好きなんだということを認識し始めた。

 ただ、他人と違うということは悪いことを引き起こすかもしれない。

 そう考えたカメリアは両親や妹のサリンも含め、誰にもこのことを言うことはなかった。

 それは他の人よりも高い魔法適正を認められて第一王子のランドと婚約してからも、学園に入ってからも変わることはなかった。



 そしてある日の昼。


「あと数日で学園も卒業ですね、お嬢様」


 家の庭園でお茶をしていると使用人のリタが話しかけてくる。

 学園に入ってから早くも数年。18歳となったカメリアは卒業を迎えようとしていた。


「ええそうね」


「あんなに小さかったお嬢様がもう立派な大人になってしまったなんて信じられません」


「ちょっとリタやめてよ。それにあなたも私と同じ年じゃない」


 少しおどけるように言うリタに対して笑いながらそう返す。


「そうは言いましても本当に大人になられましたよ。卒業したらすぐに第一王子殿下とのご結婚も控えていらっしゃいますし」


 小さい頃に婚約したランドとも遂に結婚である。

彼とは別に特段仲がいいわけでも悪いわけでもない。しかし、貴族の結婚なんてそんなものだろう。これから生きていく過程でパートナーとしてよい関係を築ければよい。

 ただ一つだけ心配事がある。

それはランドをきっと愛することはないだろうということだ。

 今まで18年生きてきて一度も男性が気になったことはなかった。きっとこれからもそれは変わらないだろう。

 だからもしランドが愛してくれたとしても、それを返せる自信が自分にはないのだ。


「どうなさいました、お嬢様?」


 リタに声をかけられてカメリアははっと我に返った。

 なんでもないわ、と答えようとして言葉を引っ込める。

幸いにも今は自分とリタの二人だけである。リタは誰よりも信頼できる存在だ。

 もしかしたら今が自分の悩みを打ち明ける最後の機会かもしれない。

 そう思いカメリアは口を開く。


「実は――」


 自分の指向のこと、結婚に不安を抱いていること、そして今まで誰にも言えなかったこと。それらをゆっくりと伝える。

 リタはそれを真剣に聞いてくれた。


「お話してくださってありがとうございます」


 話し終えたカメリアにリタは優しくそう言う。そして、カメリアの手を取り言った。


「もしかしたらカメリアお嬢様はこれからもそのことで悩むかもしれません。でも私はいつでもお嬢様の味方ですから、それを忘れないでくださいね」


 その言葉でカメリアは心が軽くなったように感じた。

言ってよかった。

そう心の底から思ったのであった。


 そして卒業の日。

 卒業式も終わり日が傾き始めたころ、卒業パーティーが始まろうとしていた。

 カメリアはというとランドを待っていた。

本当ならもうすでにいる予定なのだがなぜかまだ来ない。彼が来ないとパーティー自体も始まらないのだ。

 しばらく待っていると扉が開かれランドが入ってきた。

 心配していたが無事来れたようでカメリアは胸を撫でおろす。

 さあ、ダンスを始めよう。

そう思いランドの前に立つ

 しかし、ランドは手を取りダンスを始めようとしない。それどころかどこか険しい顔をしているように見える。


「ランド様どうされましたか?」


 そう問いかけランドに手を伸ばした瞬間。


「触れるな!」


 ランドがそう叫び手を打ち払った。

 痛い、と小さく言いカメリアは手を抑える。

 自分は何か気を触ることをしてしまっただろうか。しかし、そんな記憶は全くない。


「どうされたのですか…?」


「どうしたもこうしたもお前は今私に触れようとしただろうが。その汚い手で私に触れるな」


「申し訳ございません。ですが汚いとは…」


「お前――女が好きだそうだな」


 突如会場の真ん中でそう言われカメリアは言葉に詰まる。

 なぜそのことを知っているのだろう。それを知っているのは自分とリタだけである。リタが言うはずは絶対ないしなぜ。


「ランド様、なぜそのようなことをお思いに…」


「私がお伝えしたのよ」


 後ろから声がして振り返る。そこに立っていたのは妹のサリンであった。


「お姉様ったら、この前のお休みにリタに話していたじゃない。女性が好きだから婚約者を愛することはないって。だからランド様にお伝えしておいたのよ。お姉様は婚約者にふさわしくありませんって」


 そう言い、サリンがいじわるそうに微笑む。

 どうやらこの前の話を聞かれていたらしい。

 でもだからといってサリンがこんなことをするとは思わなかった。

確かに妹とはいえど自分とは性格も違うし合わない部分も多かった。しかし、ここまでされるほどの仲ではなかったはずだ。


「そういうことだ」


 再び話し始めたランドの方へカメリアは向き直る。


「貴族同士の結婚だ。愛などないのも当然だ。だがなんだ。お前は女のくせに女性が好きだそうだな。…気持ち悪い」


 そう拒絶され、カメリアは血の気が一気に引くのを感じた。


「女性が好きだと」

「気持ち悪い」

「おかしいんじゃないの」


 周りから生徒達の話し声が聞こえてくる。

 その声が胸を何度も深く削ってくる。

 カメリアは自分の呼吸が知らぬ間に早くなっていたことに気付いた。

 なんとか落ち着こうするカメリアに追い打ちをかけるようにランドが言い放つ。


「お前は私の婚約者にはふさわしくない。よって、この場で婚約を破棄させてもらおう」


 震える足を抑えて崩れ落ちそうになるのを何とか耐える。

 周りの目が、声が、自分を刺してくる。

 寒い、苦しい、怖い、この場に居たくない。

 そう思い遂にカメリアは会場を飛び出した。

 これは悪い夢だ。家寝てしまえばきっと覚める。

 そう思い外で待つ公爵家の馬車へと向かう。しかしなぜか乗るのを拒否されてしまった。


「馬車なら乗れないわよ」


 振り返るとサリンが立っていた。


「さっきの事はお父様にもお伝えしたわ。そしたら、お姉様はもう勘当だってよ。だからもうお姉様に帰る場所なんてないの」


 遂にカメリアは崩れ落ちた。

 するとサリンがこちらに近づいてきてこう言ったのであった。


「残念でした」


 そこから先はあまり覚えていない。とにかくその場から逃げたくて足を動かした気がする。そして気が付いたらどこともわからない街の大通りのはずれに座り込んでいた。

 これからどうしようとカメリアはうずくまる。


「どうした姉ちゃん一人かい」


 突如ガラの悪そうな男が手を伸ばしながら声をかけてきた。


「ひっ」


 小さく悲鳴を上げ逃げようとするも足はもう動く気がしない。

 もうだめかもしれない。そう思い目を瞑る。

 しかし、しばらくたっても何も起こらない。

 目を開けてみると男は相変わらずそこにいる。しかし、その目は何処か虚ろになってぼーっとしていた。それはまるで魔法にかかったようであった。


「こんなところで何やってんだ」


 後ろから声をかけられて振り返る。

 立っていたのは黒いローブを身にまとい黒い帽子をかぶった女性――魔女であった。

 なんでこんなところに魔女がとカメリアは思う。

 魔女とは魔法に非常に長けている種族だ。姿は人間と似ているがその寿命は長く、人間とは異なる種族なのだ。そもそも魔女は研究が好きで引きこもりがちらしい。だから滅多に見かけることはない。見かけるときといえばこの国と同盟を結んでいる魔女集会の長が王様に会いに来るときくらいである。


「おっ、珍しい人間がいるじゃねーか」


 状況が呑み込めずカメリアが黙っていると、魔女がしゃがみ込みこちらに顔を近づけてくる。


「えっと、助けてくださったんですか?」


「ん?助けてなんかねーよ」


「えっ、でもそちらの方は」


 そう言ってカメリアが男を見る。


「それはあたしじゃなくてお前がやったんだろ」


「えっ?」


 何を言っているのだろうか。

 カメリアは首をかしげる。

 確かに自分の魔法適正は人間にしては高い。しかし、それは人よりも魔導具の扱いが上手いというだけである。何もなしに人間が魔法を使えるはずはないのだ。


「なんだ、無意識か」


 はは、と魔女が笑う。


「お前、一人か?」


「は、はい」


「よし決めた。お前、あたしの弟子になれ」


 突然そう言ったかと思うと魔女に手首をつかまれる。

 チクリと痛んだかと思うと、次の瞬間そこにはバラの茎を輪にしたような入れ墨ができていた。


「これでお前はあたしの弟子だな。あたしはダキアだ。お前は?」


「カ、カメリアです」


「よしカメリアだな。これからあたしの弟子としてこき使ってやるからよろしくな。ああ、その痕がある限りどこにいてもバレるから逃げるんじゃねーぞ」


 そう言ってダキアが手を伸ばしてくる。

 何が何やらわからない。いったい何が起きているのだろうか。

しかし、選べる道はこれしかないのだろう。

 そう思いカメリアはその手を掴んだのであった。






 カメリアがダキアの弟子になってから半年がたった。

 あの後、森の中にあるダキアの家に連れていかれ、何をされるんだろうと警戒していたが命じられたのは家事全般であった。

 一旦安心したカメリアであったが、元が貴族なのである。家事など一切できるわけがなかった。しかし、この半年がんばりなんとか人前にはできるようになってきた。

 そしてその合間、ダキアは魔法を教えてくれた。

 最初は人間の自分に魔法なんか教えて何がしたいんだろうと思っていたが、いざ始めてみるとすぐに魔法が使えるようになった。どうやら自分は特別な能力を持っていたらしい。

 

「ダキア先生起きてください」


 ダキアのベッドの前に来たカメリアが布団をめくる。


「わかったから。布団を返せよ」


「だめですよ。そう言って昨日もそのまま寝てしまったじゃないですか」


「全く、こんなつもりで弟子にしたつもりはねーんだがな」


「それに今日は飛行魔法の続きを教えてくれる予定だったじゃないですか」


 文句をたれながらもダキアが起きる。

 ダキアはかなりのめんどくさがり屋で、半年前から毎日こんな調子である。


「いただきます」


 ダキアがテーブルについたのを確認して、カメリアも向かい側に座り朝食を食べ始める。

魔法で玄関から新聞を取り寄せると、それを読みながらダキアも朝食を食べ始めた。

先生を起こして朝食を食べさせるのが毎朝のカメリアの日課であった。


「ふーん。あのチビもう結婚したのか」


「誰が結婚したんですか?」


 ふと呟いたダキアにカメリアは尋ねる。


「お前のいた国に王子がいただろ。あいつが結婚したんだとよ」


 ダキアはそう答えると新聞をテーブルに放る。

 見るとそこに写っていたのは、幸せそうな顔をしたランドとサリンであった。

 カメリアの心臓がドクンとなる。あの時の記憶が突如思い起こされたのだ。


「いやーあたしが最初に会ったときはめちゃくちゃチビだったのによ、もう結婚とかやっぱ人間の成長は早えな…。どうした?」


「えっ?」


 俯いて黙っているとダキアに聞かれた。

 あの日のことはダキアには言っていない。もちろん自分の指向のことも。言ったらどうなるか怖いのだ。

だから言うわけにはいかない。


「な、なんでもないですよ」


「そうか。それならいいが」


「それよりもほら、早く食べて魔法の練習に行きましょう」


 そうごまかしてカメリアは何とか切り上げたのであった。


 その夜。


「はぁはぁ…」


 悪夢にうなされカメリアは跳び起きた。

 半年前から度々見る悪夢。内容は決まってあのパーティーでの出来事である。特に今日はあのニュースを聞いたからか鮮明な夢だった。

 一度気分を落ち着けよう。

 そう思いカメリアは外の井戸へと顔を洗いに行った。

 しかし、その夜はどうしてもしっかり眠ることはできなかった。



翌朝、朝食の準備をしなければと思いキッチンの方へと向かう。

しかし、今日は何の気まぐれかダキアが起きていた。


「ダキア先生、こんなに早く起きてるなんて珍しいですね」


「まあ、ちょっとな。今日は出かけるから早く朝飯を食うぞ」


 急かされるまま朝食を食べる。そしてダキアとともに外に出た。


「おいカメリア、昨日教えた飛行魔法は覚えているか」


「はい覚えてます」


「よしいいな。じゃあ今日は出かけるから頑張ってついて来いよ」


 そう言ってダキアは魔法を使い飛び始めた。

 カメリアも同じように浮かび上がる。そしてダキアの後を追って飛び始めた。

 昨日できるようになったばかりの魔法である。まだうまく飛べないが、ダキアが気を使ってくれているのか遅れることなくついていけた。

 一度休憩をはさんで移動を続け、目的地にたどり着いた。

 そこは遠くまで見渡せる高い崖の上であった。たくさんの花が咲いていてとてもきれいな場所だ。


「よくついてきたじゃねーか」


「あ、ありがとうございます」


 息切れをしながらカメリアは答える。

 それにしてもあの雑な暮らしをしているダキア先生がこんなきれいな場所を知っていたとは驚きだ。それになぜここに自分を連れてきたのだろう。ただの飛行魔法の練習だとは思えない。

 そう不思議に思いながらカメリアはダキアの横に座る。


「カメリア」


「はい!」


「お前何か隠してるだろ」


「えっ!?」


 突然の問いかけにカメリアは驚いた。

 確かに隠していることはある。

 だけどまさかそれをダキアに気付かれるとは思っても見なかったのだ。


「な、なんのことですか」


「まあ、言いたくなきゃ言わなくてもいいがよ。だがもしそれでお前が何か困ってんなら話せよ。ちゃんと聞いてやるから」


 どうしようという気持ちがカメリアの心の中に生まれる。

 ここで言ってしまったら楽になるかもしれない。リタに話した時みたいに話してよかったと思えるかもしれない。

 でも、もしあの時みたいに拒絶されたら。そしたら自分はもう立ち直れないかもしれない。

 言うのが怖い。


「今じゃなくてももし言いたくなったらいつでも言えよ」


 カメリアが黙っているのを話せないとみなしたのか、ダキアが話を切り上げ立ち上がる。


「さて、休憩も終わったし帰――」


「ダキア先生!」


 カメリアが帰る準備をしようとしていたダキアを呼び止める。

 話すのはすごく怖い。

 でも自分の気持ちを隠してダキアのもとでこれからも生きていくのもつらいだろう。

 それに勇気を出せるのは今だけかもしれない。


「聞いてほしい事があります」


 そう切り出しカメリアは話し始めた。

 自分の指向の話、それを尊重してくれる人がいたこと、でも大勢の人に拒絶されてしまったこと、いまだにあの場面にうなされること。

 ダキアは真剣にそれを聞いてくれた。

一通り話し終えるとダキアが口を開く。


「ここからはいくつかの種族の国が見えんだ」


「?」


「あれがお前のいた人間の国、あれが金属バカのドワーフの国、あれが野菜狂いのエルフの国、そしてあそこがあたしたち魔女の集会場所だ」


「はい…」


「あたしは昔これらの種族について研究したことがあるんだがよ、何がわかったと思う」


「ええっと…」


 いったい何の話をしているのだろうか。自分のことについて話していたはずがなぜ種族の話になっているのだろう。


「それは全ての種族は元は全く同じ種族だったってことだ。つまり一つの種族が違うように変化していったんだよ」


「そうなんですね」


 そう返すカメリアの様子を見てダキアは言いたいことが伝わっていないということに気が付いたのか付け加える。


「あーなんだ。つまりだな。元が同じでも今はこんなに違ってんだ。人間だって同じことだろ。みんな同じなわけねーんだよ。違ってる方が普通だ」


ダキアが真剣な顔でこちらを見る。


「あたしは他人を愛とかいう意味で好きになったことはねえがよ、これだけはわかる。カメリア、お前は全然おかしくなんかねーよ」


全然おかしくなんかない。

その言葉を聞いたとき、カメリアは胸が一気に軽くなったのを感じた。

あんなに悩んでいたのに。あんなに苦しかったのに。それが一人の言葉でこんなに軽くなるなんて。


「えっ…?」


 頬を拭うと水でぬれていた。どうやら気付かぬ間に涙が出ていたらしい。


「あーもう。柄にもないこと言うもんじゃねーな。ほら、落ち着いたら帰るぞ」


 慣れていないのかダキアが少し困った顔をしながら立ち上がった。


「ありがとうございます。ダキア先生」


 カメリアは零れ落ちる涙を拭いながらそう言った。

 それからであった。悪夢を見る頻度が急激に落ちたのは。

 そして、ダキアに尊敬以外の気持ちを持つようになったのは。






 卒業パーティーの日から7年が経過し、カメリアも25歳となった。

 この7年間、ダキアのもとで暮らしたおかげで魔法も家事ももう一人前となった。貴族であった頃とはかなり変わった。

 しかし、この7年間で変わらないことも。


「ダキア先生起きてください」


 毎朝ダキアを起こすことだけは相変わらず続いていた。


「ほら朝食を食べましょう」


 ダキアを押しながらテーブルへと連れていき椅子に座らせる。

 もそもそと食べるダキアを見ながらカメリアも食べ始める。

 始めはどうにかしてほしかったダキアのぐうたらな性格だが、7年も経てば慣れたものである。むしろ今ではそのままでいいとさえ思っている。


「あっそういえば」


 まだ眠そうにしているダキアが急に口を開く。


「どうしました」


「今日人間の国の城に行く日だったわ」


「えっ、それは大変じゃないですか」


 ダキアは数年前魔女集会の長になったらしい。といっても魔女は基本的に自分の好きなことをやっていたい人ばかりであるから、人望があるからとか強いからとかではなく賭けに負けたからやらされているらしい。

 長になってからは時々城に行くのだが、毎回こんな感じで当日に急に思い出す。


「今回は何時からですか?」


「確か昼くらいだった気がするな」


「じゃあ、早くしないといけませんね。ほら早く支度してください」


「いや、今回はお前も一緒に行くぞ」


 カメリアは急なお告げに驚いてダキアを見る。

 今まではダキアが一人で行っていたため、連れていかれたことは一度もなかったのだ。


「どうして急に」


「まあいいだろ。とにかく行くぞ」


 移動を考えるとにかく急がなくてはならない。

 ダキアを急かしながらカメリアも自分の支度を済ませ城の方へと飛び立ったのであった。

 道中ダキアに尋ねる。


「そう言えば今回は何のための訪問なんですか」


「王が代替わりしたらしくてな。それであたしに挨拶したいんだとよ。まったく、挨拶くらいお前が来いってんだよ」


文句をたれるダキアの話を聞きながら二人は飛び続けたのであった。

 お城に着いたのはちょうど昼頃であった。

 カメリアは目の前にそびえたつお城を見上げる。

 7年ぶりだ。だいぶましになったがあの時のことを思い出すと中に入るのは少し怖い。


「そうだカメリア。あたしが何か言うまでお前は何もしゃべるんじゃねーぞ。それとフードも脱ぐんじゃねーぞ」


 ダキアはそう言うとカメリアにフードを深くかぶせてきた。

 その顔はなぜか少し楽しそうだ。

 カメリアもダキアの後を追ってお城の中へと入っていった。



「中へどうぞ」


 衛兵に促されて王の間へと足を踏み入れる。

 中では道の横に臣下らしき人が控え奥には先代の王様と新しい王様、そして王妃が座っていた。

王と王妃はランドとサリンであった。

 その顔を見てカメリアは俯いてフードを深くかぶり直す。

 何もあるはずないのに何か言われるんじゃないかと思ってしまう。

 目の前まで来ると先代の王が口を開く。


「魔女ダキアよ。よく来てくれた。まずは感謝する」


「いやそんなのはいいからさ、早く本題に入ろうぜ」


 立ち上がり軽く礼をする先代を適当にあしらいダキアが早くしろと言う。


「では本題に入らせてもらおう。もう知っていると思うがつい先日新たな王が誕生したのだ。そのため今回は顔合わせで呼ばせてもらった次第だ。ほれ挨拶をせい」


 先代に促されランドとサリンが立ち上がる。


「新たに王となったランドだ」


「同じく王妃のサリンですわ」


 二人が優雅に自己紹介をする。

あの頃とは違ってしっかりした大人になったように見える。きっと7年前のあの日のことなど覚えていないのだろう。

過去にとらわれているのは自分だけか、とカメリアは少し悲しい気持ちになる。


「そう言うわけだ。まだ未熟な王ではあるがこれからも変わらずこの国と良好な関係を続けていってほしい」


「よろしくたのむ」


 先代とランドがそう言う。

 わかった。そう言うと誰もが思っていた。

 しかし、ダキアはにやりと笑いこう言ったのであった。


「やなこった」


 誰もが予測していなかった返答に周りがざわつき始める。


「すまないダキア殿、もう一度行ってくれるか」


「だからやだっつったんだよ」


「な、なんで」


「なぜって。そりゃあこの新しい王とかいうやつがあたしの可愛い弟子をいじめたからだよ」


「な、そんなことをした覚えなどないぞ」


 ダキアの言い分にランドが反論する。


「そうかぁ。とにかくうちの弟子でも紹介するかな」


そう言うとダキアはカメリアの横まで歩いてきて言った。


「さあ自己紹介でもしてやれ」


「ちょ、ちょっと待ってください」


制止する声を聞かずダキアがカメリアのフードを外す。

 突如視界が開け自分の顔があらわになる。

 見るとランドとサリンの顔が少し驚いているように見えた。

 間違いなくバレただろう。

 とにかくフードを被りなおそうとするもダキアがそれを許さず早く自己紹介しろと言ってきた。

 しかたない。

 覚悟を決めカメリアは一歩踏み出して言う。


「魔女ダキアが弟子、カメリアと申します」


 深く礼をして顔を上げると、ランドとサリンの顔がひきつっていた。


「おや、どうしたんだ。やっぱり心当たりがあるんじゃねーか」


「いや、その者はいじめたのではなく貴族として相応しくないからと――」


「あーあー、その辺はいらねぇよ。どっちにしろ追い出してんだろ」


「いやっ、でもっ」


 ダキアに詰められてランドがあたふたしている。


「まあ、そう言うことだからじゃあな。ほらカメリア行くぞ」


「は、はい」


 慌てふためくランドたちを置き去りにして二人はその場を後にした。


「ダキア先生、私の代わりに仕返しをしてくれたんですか?」


 城の外へと歩を進めながらカメリアがそう問いかける。


「言ったじゃねえか。あたしの可愛い弟子をいじめたからムカついただけだ」


 ダキアはいじわるそうに笑ってこちらを見ると続けた。


「まあ、でもあの顔は笑いものだっただろ」


 そう言われてカメリアは思い出す。

 あんなに嫌だった存在が。あんなに怖かった存在が。ダキアの一言であんなに情けない姿になってしまったのだ。

 何を今まで恐れていたのだろう。

 そう思うとカメリアも笑えてきた。


「ふふっ、たしかにそうですね。でもダキア先生、ありがとうございます」


「だから言ったろ。感謝されようと思ってやったわけじゃねーよ」


 そんな話をしている内に城の外へと出た。


「それともう一つ」


 そう言うとダキアはカメリアの手首をつかむ。

 チクリとしたかと思うと次の瞬間、手首の入れ墨はなくなっていた。


「これでもうお前は自由だ」


「えっとどういうことですか」


「つまりお前はもう一人前の魔女になったって言ってんだよ。もうあたしに付き従わねえでもいいんだよ」


 ダキアは少し寂しそうに頭をかく。


「まあ、そういうことだから。じゃあな……ってなんだよ」


 カメリアは飛び立とうとするダキアの手を取ってそれを阻止する。

 今なら言える。一人前になったら言おうと思っていたこと。ありのままの自分を認めてくれた日から抱いていた思いを。


「ダキア先生、好きです」


 そうカメリアが言う。

 突然の告白にダキアがあっけにとられた顔になる。しかし、すぐに少し申し訳なさそうな顔になるとこう言った。


「すまんがその気持ちは受けとれねぇ。昔言ったかもしれねえがよあたしは他人を愛とかいう意味で好きになったことがねえんだ」


「それでも好きです。一緒に暮らしましょう」


「これまでも一緒に暮らしていただろうが」


「私はもう25歳です。ダキア先生のせいで婚期を逃してしまったので責任を取ってください」


 押しまくるカメリアに困った顔をしていたダキアであったが、その様子に折れたのかため息を一つ付き言った。


「あたしは他人を好きになれねぇ。きっとこれから先もずっと変わらない。それでもいいってんだったら行くぞ」


「はいダキア先生!」


 そう言葉を交わし二人は同じ方向へと飛び立ったのであった。




それから数十年後のことであろうか。

いくつもの種族の国を見渡せる崖の上。

そこにある花に囲まれた場所に一つのお墓がたち、一人の魔女がそこに時々訪れるようになったのは。

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