聖水

@aihimebaby1201

聖水

私は、手を繋ぐ君の隣で、足を海に浸した。


 冷たくて、ゆらゆらと波に揺れる水が私たちの足に当たる。


「……ねぇ、ホントにいいの?付き合ってもらって……」

「いいの。私は貴方のことが好きだから。」


 ずっと一緒にいると決めた人。その人に私はついて行く。しつこいくらい、どこまでも。

 彼女は、申し訳ない気持ちの中、少し照れくさそうに長い紺色の髪を耳にかける。

 

 風によって、とてもダサく特徴のないセーラー服のスカートが揺れる。

 どんなにダサいセーラー服でも、君が来てれば世界一、価値のあるセーラー服に見える。


「もう。からかわないで……」


「でもさ。せっかくなら遊んでみない?」


 その私の一言で、曇りがかっていた彼女は、少し目を光らせた。


 いい歳こいた二人の少女達は幼き子の様にはしゃぎ回った。


 海水をかけあい、砂で城を作り、ずぶ濡れになって遊ぶ。


「うわぁ、びしょびしょだ」


「いーじゃん。今日みたいな日くらい。」


 私たちは砂浜に座って話し込む。

 

「夕日。あと少しで沈んじゃうね」

「うん。こんな時間まで海で遊んでたの初めて。」

「じゃあ、最初で最後の海の夕日かな?」

「確かにね。」


 私たちは笑いあった。


私たちの愛はいびつだ。周囲からは納得されるような愛じゃない。


「◯◯……」

「っ……。うん──────……」


 私たちはお互いに顔を寄せ合った。

 くっ付き合った体からは、心臓の鼓動がよく聞こえた。

 震える心臓は、ドキドキとした、恋心からなのか、これからの恐怖心からなのかは分からないけれど、二人で居ると、落ち着いていく。


「ねぇ……」


 私は一人立ち上がり、浅瀬へ足を踏み出した。

 そして、手のひらいっぱいに水をすくう。


 透明で、どこまでも透き通ってる。……でも、紛れ込んだ砂たちが邪魔だ。


「水ってさ、とても神秘的だよね。」


「急にどうしたの?」


「だって……」

 

  水はとても神秘的だ。

 

 私たちみたいに、楽しませてくれる水。


  干ばつが起こってしまった環境では、水が命も同然。

  恵みのような雨は、人々を苦しみから救ってくれる。


 ……けれど、それとは反対に、人々を死に陥れてしまう恐ろしいもの。


  洪水が起きて、流されたり──────……


  高潮が塀を超えて、避難場所全体を浸水させたり──────……


  津波は、街全体をも滅ぼせるとても恐ろしいもの。


  雨は恵となる。けれど、大雨となれば、土は泥と化して土砂崩れが起きる。

 

  他にも、水は行為的に使用した際、一瞬で殺める方法にも使える。


 

そんな人を救うことも、殺めることも容易くできる水は、神秘的なのだ。

       本当に神の気まぐれのようだ。



  「どうしたのよ。急に黙り込んじゃって。……もしかして、決心が鈍っちゃったとか?」


 砂浜に置いてきた彼女へと振り返る。

 彼女は肩を小さくして、少し淋しそうに微笑む君を見て、口が固まった。


  「……。」


 そんな彼女を見つめ返すことしか出来なかった。

 首を横に振って否定したいのに、体が動いてくれない。

 

「別にいいんだよ。」


 悲しみを隠すかのように、立ち上がり、長い紺色の髪を耳へかける仕草をする。


   違う。そんなんじゃない。

 

  「無理しないでいい──────……」


「……──────そんなわけない。今更、見過ごすなんて考えられない。」


 私は、彼女の肩に手を置いて、強く見つめる。


  「っ……」


  「もう絶対……──────離さない。」


 私は彼女の肩を抱いた。


そして私達は、浅瀬より少し深い海の上に立つ。


 私たちの瞳には、チラチラと沈みかけた海が映る。そして、隣にいる彼女の姿。


 もう、不安な顔はしていなかった。

 全てを受け入れたような、そんな顔。


「あーぁ。」


 なんで、お互いの魅力を誰かから支配されなければいけないんだろう。

 周りがどう思おうと、彼女はどんな人よりも魅力的で、私たちは愛し合っているのに。


「何も理解されないこんな世の中なら、全て水に溶けて消えればいいのにね。」


「そう思うなら、私たちが祟ってそうしてみようか。」


「できるのかな。」


「できるよ。私たちを否定したやつへの恨みを込めれば。」


 水はとても神秘的で、彼女にも負けないような魅力を持つ。


  そんな水に私たちは今から、溶けて消える。


  幸せじゃない。とても神秘的な水のおかげで消えれるなんて。


「二人だったら……」

 

「怖くない──────……」


 


 冷たい水の中で、片手には君の温もりを感じた。


 私は、薄く目を開ける。


 水面に浮かぶ夕日のオレンジ色。


 

あぁ。今私──────……めっちゃくちゃ幸せだ。

 

 自然と出ていく体の酸素は、水面に差し込む夕日によって、輝く星のように綺麗だった。



 

 砂浜には、泥だらけになった

         二足のローファーが、

     ただ静かに彼女達を見守っていた。

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