暴走軽自動車大暴れ

紫空勝男

第1話

 世の中、たちの悪い人間は大勢いるが、彼はその中でも、かなり上位ランクに位置する。とある私鉄線に操車場があり、市道が操車場を跨ぐ踏切がある。

 

 年度も明けた4月上旬、私は測量の仕事で後輩のN君と踏み切り付近の現場にいた。

 南北に走る私鉄線の東側に平行に県道が走り、東西に直行する市道が十字路と踏み切りを形成している。

 

 忙しい年度末が終わり、比較的ゆったりとしたペースで仕事をしていた。

ププー、と長々とクラクションをならしながら、軽自動車が市道を踏み切り方向に走って行った。ドライバーは色眼鏡にパンチパーマだ。だが、決して若くはない。

 

 それにしても、クラクションは鳴らしっぱなしだ。県道交差点の信号は赤、信号を無視して踏み切りに向かいたいらしい。小刻みに車を前進させている。県道を走る車が途切れると案の定、赤信号無視で県道を越え、踏み切りに向かう。その間もクラクションは鳴らしっぱなしだ。

「右翼か、暴走族か」

N君としばし、仕事の手を休めて傍観していた。

「おっ、これは面白いぞ」

と、N君。

 踏み切りは丁度閉まっていた。操車場の電車が移動する関係でこの踏み切りは頻繁に閉まるのだ。

 踏み切り待ちで車が3台停まっていた。ここから軽はとんでもない傍若無人ぶりを発揮する。

 

 3台を横目に対向車線を走り、踏み切りのバーの直前まで接近した。なんと、小刻みに前進を始めた。車のボンネットがバーを押しているではないか。やがて、バーが軋みだした。

「ああー、バーが折れる!」

 バーが徐々に持ち上がり、車のボンネットから屋根に掛けてスライドし、遂に車が完全に線路内に入ってしまった。踏み切りはカンカン鳴っている。

 軽が、乗客を乗せて走る上り線の線路上にいる。今、上り列車が来たら大惨事だ。私たちも仕事どころではなくなる。

 

 流石に危機を感じたのだろう助手席に座っていた若い男が降りて、バーを持ち上げた。バックして踏み切りを脱出した。


「もう、電車は止まったんじゃないの?各駅では場内アナウンスが流れているかもしれない」

 でも踏み切りはまだ開かない。また痺れを切らして、車でバーを押し始めた。騒ぎに気づき、線路伝えに駆けつけた鉄道職員数人が

「何やってんだお前、電車が来るのがわからないのか!」 

運転手のパンチパーマが荒々しく、車を降りた。肩に風切る歩き方で職員にかみついた。

「いつまで踏み切り閉めてるんだ、早く開けろ、ボケ!」

 怒鳴り声が交互に響き渡る。職員もなかなか強い。

 やがて喧嘩も治まり、車に乗ったパンチパーマは踏み切りを待ちきれず、例によってクラクションを鳴らしながら県道交差点までバックして半ば強引に切り返して県道を走り去って行った。職員が電話をした。恐らく警察だろう。

 

 私たちも仕事を再開した。一台のパトカーが路肩に駐車し、

「先程、喧嘩があったとの通報があったのですが、どの辺であったのか、わかりますか」

 警察官が尋ねてきたので、状況を説明した。

「やはり、ここでしたか、有難うございました」

 パトカーは去っていった。その後、あの暴走軽自動車がどうなったかは知らない。

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暴走軽自動車大暴れ 紫空勝男 @murasakisky1983katsuo

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