第4話 リンゴの行方と雑談の終了
その日の夜二十時頃――
ある生徒の家の前に集った有藤、望月、影、そして松永。
四人は今正に、その家の呼び鈴を押す直前だったが、ここに来て松永が尻込みしていた。
「な、なあ。本当に行くのか? おまえの勘違いだったらどうする?」
「別に監禁とか人殺しってわけじゃないのだし、その時は謝れば大丈夫」
「大丈夫って、おまえらはそれで済むかもしれないけど俺は今後やり辛いったらないぞ!」
「まあまあ、でも君だって手塩に掛けて作ったリンゴが見つかったら嬉しいでしょう?」
「そりゃそうだけど……」
「じゃあ行こうか」
有藤が率先して玄関の呼び鈴を押すと、インターホンから女性の声が返って来た。
『はい』
「夜分にすみません、私K高校の有藤と申します。瀬川先輩はいらっしゃいますか?」
『あら、
すぐに玄関が開き、母親と思しい五十歳くらいの品の良い女性が現れる。四人を見て、瀬川の母親は少しばかり驚いたようだった
「あらあら、大勢ね。啓介に何かご用?」
「はい。先輩はお部屋ですか?」
「ええ、呼んできましょうか?」
ちらりと上を見る仕草から、部屋が二階であることが予測できた。呼ばれては実のところ意味がないので、強引に押し切ることにした。
「いえ、実はちょっと演劇部の関係で先輩にサプライズを……失礼します」
口に人差し指をあて、シーっと小声でつぶやきながら抜き足差し足で玄関を上がり、階段を上って行くと他の三人もそれに倣った。母親は何か子供同士の微笑ましい計画と信じたようで、「上がって一番手前のドアよ」と囁きながら自身も静かにキッチンへと戻って行った。
教えらえた手前のドアを勢い良く開けると、机に向かっていた演劇部の部長、
「何だよいきなり……って、な、何だおまえら!?」
「どうも瀬川先輩。因みにそちらが、戦利品のリンゴですね?」
有藤が指さした先に、写真立てなどと一緒に二色のリンゴが小さな座布団に乗った状態で並んでいた。
「お、俺の小道具!! 何で部長が……」
信じられないように瀬川とリンゴを見比べている松永の前で、瀬川はもうどんな言い訳も無駄だとばかりに部屋の中央にしゃがみ込んだ。
「すまん、俺が盗んだ」
「だ、だからどうして」
「それはリンゴを見れば分かる」
躊躇なく部屋の奥に進んだ有藤は、座布団に座っているリンゴのヘタを摘むと青リンゴの側を皆に向けて見せた。そこには、口紅のキスマークがくっきりと残っていた。
「魔女の口づけ……あなたはこれを自分のものにしたかった。だから脚本を修正してまで、白雪姫だけがリンゴを口にするように変えてしまったんですね」
「どういうこと?」
「まあ……普通に考えて、魔女役の彼女が好きなんでしょ?」
「ええーっ!?」
三人が驚いているのをばつが悪そうに睨みつけると、瀬川は肩を落とした。
「でも……だからってリンゴですか?」
影が理解できない様子なので、有藤は瀬川の思いを代弁することにした。
「こういう物の方が本人より興奮する人間って、普通は中学生くらいがマックスだと思うけど以外といるんだよね。ほら、好きな子の縦笛舐めたりとか……」
「うわっ、キモ!!」
ぞっとした様子でわが身を抱きしめた影は、汚いものでも見るように瀬川を見下ろした。
「ほっとけよ、てか舐めたりしてねーし! あんまり唇の形がキレイだったから……残しておきたかったんだ」
そう言われてまじまじと見てみると、確かにまるで見本のようなキスマークだった。
「赤い方は跡も残ってないけど、拭いたの?」
「ああ。あいつには興味ないし」
だからこそ、白雪姫だけが齧る赤いリンゴにすり替えたのだろう。
「そこまで奮闘したのに気の毒だけど、これは没収するよ。脚本も元に戻るでしょうね」
「分かってる。悪かったな松永、みんなには俺から伝える」
「あ、いえ……その必要はないかなと」
「?」
「どこで見つかったまで、わざわざ言わなくても。誰かの悪戯ってことで良いでしょ?」
「松永……」
「その代わり、ちゃんと告った方が良いと思います」
「それができたら、そもそもこんなことしないんじゃ……」
有藤の呟きに重なる形でノックの音がし、瀬川の母親がお茶を持って部屋に入って来た。
「皆さん、サプライズは成功したのかしら? そろそろお茶でもいかが?」
その長閑な様子にすっかり毒気を抜かれてしまって、五人は何事もなかったかのように黙ってお茶を飲んだ。
***
「リンゴが入れ替わったけど元に戻った――って、大した話じゃないな」
翌日、有藤から一部情報を伏せた話を聞かされた生徒会長の葛城は、つまらなそうに欠伸をした。
「そうですね、大した話では」
有藤も負けず劣らずつまらなそうに返すと、そう言えばと先日受けていた相談の件を切り出した。
「会長の所持していたプライベート写真がなくなったとの話ですが、もしかすると倒錯的で物好きなファンの仕業かもしれません」
「……表現は気に食わないが、あり得る話だな。なるほど、ファンか」
「或いは、呪いのアイテムとして使われているとか」
「どういう呪い!? 怖い!!」
単純に震え上がる葛城に、有藤は少々気を良くした。
「さあ……でも、どんなにつまらないと思えるものでも、その当人にとっては紛れもなく価値があるのだと言うことはいくらでもあり得るのです。私はそのことを、今回つくづく理解しました」
昨日の一連のドタバタを思い返し、有藤は苦笑を浮かべた。
(完)
白雪姫のリンゴがすり替えられる案件 佐兎 @satousa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます