第2話 本当に申し訳ございません
約1000年前世界には凶悪な魔物がいた。
その魔物は数多の国々を滅ぼし、人類の終焉を予感するものであったらしい。
だが、その魔物は10人の英雄の手によって滅ぶこととなる。
その英雄たちはそれぞれ、選ばれし者しか使えない剣を持ち魔物を次々と葬っていった。
そして彼らの持つ剣は今の時代に引き継がれていた。
と、いうことらしい。
戦いが終わり、歴史に詳しいものにそう聞いた。
今は砦の攻略戦勝会だ。
俺は他の兵から離れた場所で、騒がしい音を背にしながら小さく燃え続ける焚き火を眺めていた。
「うわーーん、レイグが生き残っててよかったよおおお」
俺は一人の女子に抱きつかれていた。
彼女の名はミリア。小さい領地を所有している貴族の愛娘である。一応、俺の住む村の領主の娘だ。
「ひっつくなよ」
「ひっつくよぉぉぉー。最前線送りにされた時はレイグが死んじゃうんじゃないかって心配したんだからああああ」
ミリアは目から大量の涙を流しており、まるで恋人が戦地からかえってきたかのような反応をしていた。
「傷はない? 疫病とかも大丈夫?」
「大丈夫だよ、へーきへーき」
いっとき死にかけたが、あの美少女のおかげで俺の命は繋がっている。
「ホントに? ホントに? 強がってない?」
「強がってないって。てかなんで俺が強がる必要があるんだよ」
「え!? ……と、それは…………わたしを心配させないため……とか」
ミリアはなぜか頬を赤らめてそう言った。
「それだったらすぐにでも言ってるよ。ミリアしか頼れる人はいないからな」
「え!? ちょっとそんな、えぇ!?」
「どうした? 顔が赤いけど、もしかしてミリアの方が体調悪いんじゃないのか?」
「そ、そんなことないよ!」
「いやいや、無理すんなって。ほら、おでこ貸してみろ」
俺がミリアの額に手を近づけると、彼女は急いだように身を引いた。
「大丈夫だって! 顔が赤いのはその……そう! 急いで来たから! レイグが心配で休まず馬に乗って来たからなんだよ!」
「ああ、そうなのか。心配かけたな」
「い、いいんだよ! レイグのためだからね!」
ミリアは胸を張ってそう答えた。
「そうだ、疲れてるだろ。よかったら俺の肩貸してやるからゆっくり休んでくれ」
「え? いや、そこまでしなくても。別に疲れてな……」
途中まで何かを言いかけた時、閃いたような顔をするとミリアは言葉を翻した。
「そ、そうだよね! 私疲れてるもん、遠慮なく借りるね!」
そう言ってミリアは
「おい抱きつくな」
「えへへ、ごめん」
ミリアは潔く抱きつくのをやめると、身体を俺に預けた。
ミリアの顔が俺の近くに映る。
こうして見ると、マリアもなかなかの美人だ。顔は整っているし、両サイドでまとめられた金色の髪は絹のような滑らかさを持っている。
胸はないが、たとえそうであっても彼女は貴族から数多のアプローチを受けていることだろう。ただの農民生まれの俺では釣り合わないだろう。
「早くこの戦いが終わって無事に帰ってきてほしいな」
「大丈夫だ。生きて帰るさ」
「約束だよ」
「ああ」
俺の故郷には帰りを待つ家族や親友がいる。
俺はこの世界でちっぽけな存在で、貴族でもなければ英雄でもない。死んでも世界に何ら影響のない者の1人だ。
それでも、帰りを待つ人のために生きて帰らなければならないのだ。
今は敵の侵攻で一時的に徴兵されているが、戦争もすぐに終わることだろう。あの『英雄の十剣』を持つ美少女もいるのだ。彼女がなんとかしてくれるはずだ。
俺が同じ時間に生きてるとは思えないような、まるで異世界の話だ。
ま、それはそれとして
あの女性、すごく美しかった。まるでこの世の人とは思えない美貌だ。
それにあのオーラもそうだ。物語の主人公のような、選ばれし者の風格を漂わせている。
あれほど美しき人はおそらくどこかしらの貴族であろうが、叶うならもう一度お話ししたいものだ。
「ねえレイグ」
ミリアは変わらず優しい声で俺の名を呼んだ。
「ん? どうした」
「その女の人ってらだぁれ?」
ミリアの声から圧を感じる。気のせいだろうか空気も重くなり、焚き火の前なのにひんやりとした寒さを感じた。
「な、なんのことだ?」
「いま、言ったでしょ? まるでこの世の者とは思えない美貌だって。もう一度お話ししたいって」
「え」
「私がいない間に、そんな人に出会ったんだぁ、へえ〜」
どうやら口から漏れていたらしい。なぜミリアが不機嫌なのかはわからないが、彼女をあまり刺激しない方がいいように感じた。
「た、たまたま助けてもらったんだよ。ただの命の恩人だ」
「へえ、命の恩人ねぇー。そんな人ともう一度話したいなんて、なにか下心感じるなー」
「気のせいだよ気のせい。はは」
「ねえ、その人どんな人だった? 髪は? 身長は? 話し方は? 命の恩人てことは戦場に来る女性だよね。で、多分貴族。どんな紋章かけてたのかな?」
「い、いやあ……どうだったかな?」
「ほら、早く吐いて!」
ミリアはハイライトを失った瞳で俺を凝視している。俺はすぐに首根っこを掴まれ、ブンブンと振り回された。
「な、なんか! すごい剣持ってる人だよ! なまえは知らない!」
ついうっかり言ってしまった。
「え? それって……」
どうしてか、ミリアの手が止まった。
そしてそのタイミングで、噂の女性が現れた。
「あ、先ほどぶりだね。無事だった?」
銀の髪、青い瞳の美しき女性だ。腰にはかの『英雄の十剣』がかけられており、その美貌とオーラについ見惚れてしまった。
「あ、先ほどはありがとうございました!」
少し遅れて俺は感謝の意を述べた。選ばれ者である彼女に再び会えるとは、俺はなんて恵まれているのだろうか。
「あ、あ……お会いできて光栄にございます!!」
そう言ったのはミリアだった。彼女はすぐに片膝をついて敬服の意を示した。
「ちょっとレイグも!!」
俺はミリアに抑えられ、同じく頭を下げる。
「い、いいよ! そんな畏まらなくても、ほら、顔をあげて!」
目の前の美少女は俺たちに近寄って顔を上げるように肩に手を当てた。
「で、では……そのように……」
ミリアがここまで低姿勢ということは、彼女はこの国の大貴族か何かなのだろう。だが、目の前の美少女が顔を上げていいと言っているのだから、俺は遠慮なく顔をあげて目の前の美少女を視界に映した。
「ちょっとレイグ! 何やってるの!!」
半ば怒りにも近い声でミリアは俺を制した。
「いや、この方がいいとおっしゃってるんだから、大丈夫だろ」
「だめだよ! この方が誰かわかってるの!?」
「い、いや? 知らない」
「いい!? この方はフィーネリア・べティア! 『英雄の十剣』の一つ、『西域守護の剣』に選ばれたお方であり、我が国ベティア王国の王女様だよ!!」
ええええええええええ!!!!!!
俺は衝撃でどうにかなりそうだった。まさかこの美少女が、王女様だったとは。
俺はまだ死にたくなかったので、すぐに片膝をつき頭を下げた。
「も、申し訳ございません!!」
「ええぇ!? いいって、顔あげてよ」
「いえ、そういうわけにはいきません」
「これじゃあ、君と一緒に話せないじゃないよぉ……」
「自分のような下賤な民と話す必要などございません。どうか、私のことなどお忘れください」
美少女、フィーネリア様と仲良くなりたかったが、平民と王女が互いに話すようなことはしてはいけないだろう。ここはおとなしく自分を抑えるべきだ。
「も、もう。せっかく仲良く対等な関係で仲良くなりたかったのに……」
フィーネリア様はどこか寂しげに、かつ悲しそうなそう呟いた。
俺はその感情に押し負けてしまった。
「えと……そういうことでしたら、ぜひ」
「ちょっとレイグ!? 何してるの!」
「うるさいっ! フィーネリア様が良いと言ってるんだ。ミリアの止めは聞かん!」
「レイグううううう!?」
片膝をつきながらも、ミリアは目をかっぴらいて俺を止めようとする。が、俺の心のストッパーはとうに外れた。
「え! わたしと仲良くしてくれるの!?」
「はい、お望みとあれば王女様についていくのが私の役目にございます」
「ちょいちょいちょいちょいちょい!!」
「なんだミリア」
「流石にまずいよ! 他の貴族に知られたら殺されるよ!?」
「ッ、それは…………」
「私ですら会うことが許されないお方なんだから、平民のレイグはもっとダメだよ!!」
「…………………………まあ、そん時はそん時だ!!!!」
俺は考えないことにした。
「えっと……ミリアさん? も、私と仲良くしてくれないかな……」
おそらく拒まれるのが怖いのだろう、フィーネリア様は恐る恐る聞いた。
その怯えた顔は、異性どころか同性ですら抗うことはできないだろう。
「え、いや、私はまあ……」
ミリアは何か困った表情をすると、アサシンのような素早さで俺に耳打ちした。
「ねぇ、もしかしてレイグを助けてくれた人って……この人?」
「え? まあそうだけど」
「うああああーーーーーー」
ミリアは何かに悶絶して頭を抱え出した。
そして、何を言ってるかギリギリ聞き取れない声で独り言を喋っていた。
「まさか、フィーネリア様がライバル!? いやでも流石に身分の格差が……いや今それは関係ない。私は負けてるのか……でもフィーネリア様に容姿では…………勝てないなぁぁぁぁ」
俺はライバル? という言葉だけ若干聞き取ることができた。
もしかしたら、フィーネリアの王族と、ミリアの家は仲が悪いのかもしれない。俺にとっては雲の上の話だが、貴族には派閥争いなどがあるのだろう。身分は違えど悩みの種はあるのか。
「まあ、監視できるから…………いいですよ! 仲良くしましょう!」
最初の言葉はうまく聞き取れなかったが、どうやらミリアは乗ってくれたようだ。
「や、やった! これからよろしくね! じゃあ早速、名乗らせてもらおうかな。私の名前はフィーネリア・べティア。この国の王女だ」
「ミリア・マクマーホンよ……でございます」
「レイグ・ヨハンと申します」
「みんな敬語だね。他の人が聞いてないところだったら敬語じゃなくても大丈夫だよ。いやむしろ気軽に話して欲しいな」
「いいのですか?」
俺は一応のため確認をとっておいた。
「うん! 身分の差幅あるけど、わたしはみんなと仲良くしたいから、畏まらないで!」
「わかりまし……わかった。ありがとう」
「やった! これかはよろしくね!」
気軽に話してくれと彼女は言っていたが、俺には選ばれし者である彼女と面と向かって話せていることに実感が湧かなかった。
まるで自分の世界と異世界が混同したような気分だ。
緊張しながらも、俺はフィーネリア様の腰にかけられた剣に注目した。
「えっと、その剣が『英雄の十剣』ですか……?」
恐る恐る指をさした。
「お、知ってるんだね。そうだよ、これが『英雄の十剣』の一つ『西域守護の剣』。うちの家系で代々継承される剣だよ」
フィーネリア様は全く嫌がる様子もなく、その剣を俺たちに見せてくれた。
その剣は緑を基調とした紋様が描かれた剣であり、保存状態は1000年経っているとは思えないような、まるで新品の美しさを保っている。
その剣からは、自分が触れてはいけない。そんな雰囲気を醸し出していた。
「よかったら、触ってみる?」
「「いいの!?」」
俺とミリアのタイミングが重なった。
それもそのはず、こんな歴史的代物に触ることができるなど、誰もが一度は体験したいことだからだ。
「じゃあ、俺から…………」
そっと持ち手の部分に触れる。すると
「いたッッ!」
まるで手全体が殴られたかのような痛みを感じた。それは、剣が拒んでいるようでもあった。
「これは……?」
「これは『英雄の十剣』の性質だよ。剣から選ばれた者だけがこの剣を握ることができる。選ばれなかった人は弾かれちゃうんだ」
「へ、へぇ……」
なんだかがっかりもしたが、それもそうだ。自分のようなただの1農民がそんな剣に選ばれることなんてないだろう。期待するだけ無駄だ。
「ま、まあ! 剣によって選ばられる人はコロコロ変わるから、がっかりしないで」
「は、はい」
「いっったッ!!」
ミリアも選ばれなかったらしい。痛めた手を抑えている。
それを見てフィーネリア様は小笑した。
「ははは、やっぱりダメか。この剣を使える人は、この国には私以外いなさそうだね…………」
その声はどこか悲しげであり、落ち込んでいるようだった。
「フィーネリア様?」
俺は心配だったため、顔を覗かせた。
「あ、ごめんね! 大丈夫だよ。選ばれた私はこの国を守らなくちゃいけないんだから。頑張るよ!」
「頼もしいです。やっぱり、英雄の剣に選ばれた人がこの国を守っているだなんて安心します」
「ふふん、任せてよ! どんな敵も私が倒して見せるから!」
ミリアと違い、フィーネリア様はある胸を張った。
だが、次の瞬間に和やかな雰囲気は破壊される。兵士の一人が焦った様子で叫び回っていたのだ。
「敵襲! 敵襲! すぐに戦闘準備をせよ!!」
再び、戦いの幕が上がる。
そしてこれから起こることが、ただの1人間であった俺自身の人生を変える出来事となるのだ。
英雄の十剣 @miuraryo
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