魔王様のお仕事!

はじめアキラ

魔王様のお仕事!

 どうも、魔王です。


 ……おいちょっとそこ、ドン引いた顔しない!厨二病でこんなこと言ってるわけでもなければこんな派手なマント着てるわけでもないんだぞ!俺は!正真正銘の!悪の大魔王様なのだ!わかったらちょっと敬え下民ども。俺は凄いのだ。なんてったって世界征服目論んじゃうくらいには凄いのだ。凄いったら凄いのだ、大事なことなので四回言いました。

 そのすごーい魔王様の俺様だが、残念ながらまだまだ手下は不足していてな。このファンタジーな世界を支配するために、今まさに手駒を増やしているところなのだ。

 最近、側近の魔導士がいい魔法を編み出してくれたので、非常にスカウトがしやすくなっていて助かっている。どんな魔法かって?聞いて驚け、異世界の住人を拉致ってこれる魔法なのだ。それも、自殺して地獄に落ちる寸前だった魂を拐ってこれるのである。ふふふ、普通の人間拐ってきても面白くなかろう?人生に絶望して、やっと楽になれると思った奴等を生き返らせてコキ使ってやるのだ、これぞ悪の大魔王に相応しい所業だと思わんかね!?


 最近俺様が熱心にスカウトしてるのは、地球、とかいう世界の人間の奴等だ。ここの星の人間は働き者が多い。そして何故だか自殺する奴も多い。まだまだ若い人材がわんさか俺様の手元にやってきてくれてとっても有り難いのだ。別にジイサンやバアサンでも働いてくれれば文句なんかないんだけどな、どうせ手下にするなら体力のある若者の方がいいってなもんだろう?

 今日も今日とて、俺の前には一人の青年が立っている。

 そいつは召喚されたばかりで、まるで状況を理解してないらしかった。きょろきょろ辺りを見回して、俺を見て――最初の一言は。


「えっと……部長?次の宴会の出し物はそっち方向なんでしょうか?俺は手下のグレムリン役でもやればよろしいかんじで……?」

「部長ちゃうわアホ!あとコスプレじゃないからな、お前の目の前にいるのはれっきとした本物の魔王様なんだからな!ほら恐ろしいだろう?怖いだろう?泣いて命乞いしてくれてもいいんだぞー?その方が盛り上がるからな!!」

「は、はぁ……」


 なんだコイツ、反応薄いな。しかもなんかぼーっとしている。

 地味な眼鏡に地味な黒い短髪。まだ二十代に見えるが、生前どんな仕事をしていたのだろうか。営業マンか何かか?ピッチリとスーツ着ているし。

 呼ばれてきたということはこいつも自殺した人間のはず、なのだが。何故かそういう奴等にありがちの、暗く沈んだ様子がこいつには見えない。どうしてだろうか――まあいい。

 こいつも、自分の置かれた状況を理解すればわかるはずだ。

 生きることから楽に逃げられたはずなのに、また生き返らせられて奴隷のようにコキ使われる恐怖!俺様の最大の楽しみは、そういう現実に直面し理解した奴等の最高に怯え、絶望しきったその表情を見ることなのだ!


「聴くがいい人間よ!貴様はこれからこの俺の元で一生働いて貰うことになる……!もうお前の世界には帰してやらぬ、貴様はこの城で永遠にわが奴隷として働くことになるのだ。我が世界征服を手伝って貰うぞ。拒否権などあると思うな。フフフ、ハハハハ死んで楽になれるはずが残念だったなぁ!?」


 さあ絶望しろ、怖れ戦くがいい、この偉大な魔王に!

 高笑いする俺様に、青年は――きょとん、とした顔を向けてきた。おい待て、なんだそのよくわからん反応は。


「この城で働く……んですか?ということは、住まわせて貰えるんです?もしかして……タダで?」


 え、なんでそんな質問?今度はこっちが困惑させられる番だった。それがどうした、と返してやれば。


「ほ、ほんとに!?御家賃払わなくていいんです!?住み込みで、まさかご飯も出るとか!?」

「……出ないと困るだろうが、体力仕事だぞわかってry」

「あ、あの!あの!福利厚生はどうなっていますでしょうか!?お給料は月給で!?ゆ、有給休暇は取れるんでしょうか……毎日の労働時間は……っ」


 おいコラてめぇ、魔王の俺様の話を遮ってんじゃねえよ!!

 と、思ったが、残念ながら俺様の最大の弱点はコレなのだ。つまり――魔王のわりに、無駄に律儀。無駄にツッコミ気質。


「給料は月給だ当たり前だろうが!毎月基本給はたったの二十六万だ、ワガママなんぞ認めんからな!有給休暇?甘えるな、そんなもん半年働くまで出さんぞ、半年ごとに十日ずつしかくれてやらんわ、完全週休二日制でそれ以外毎日九時から十八時まで、実働八時間みっちーり働いて貰うからな覚悟しておけよっ!!」


 さあ今度こそビビるがいい、たったそれっぽっちの給料でこの城に軟禁されるということに!それだけしか休暇がもらえないということに!実際同じ地球の“スペイン人”とかいう奴は“シエスタの時間がないいいい!”と悲鳴を上げて転がっていたのだ。きっとこいつもそうなるに違いない、と俺は思っていた――この時までは。


「じ、実働……八時間?」


 おい、なんだかすごく嫌な予感がするんだけども。


「ざ、残業は……?」

「あるに決まってるだろうが!月十時間頑張れ、当然だろう!!」

「な、なお残業代は……」

「基本給の1.5倍しかくれてやらん、当たり前だ!!」

「ゆ、有給休暇が取得可能になったら……申請は通るのでしょうか……?」

「繁忙期以外なら特に通りやすくておすすm……え、有給休暇の申請って通らないのが普通なの??」


 思わず真顔で突っ込んでしまった。なんだかさっきからものすごく会話が噛み合ってるようで噛み合ってない気がするのは気のせいだろうか?


「ま、魔王様……」


 青年はぶるぶると震え始めて、そして。


「あ、貴方が神様かぁぁぁぁぁっ!!ありがとうございます!一生ついていきますうううううう!!」

「ぐへええええっ!?」


 いきなり飛び付かれ、抱きつかれた。

 ちょっと待て重い!痛い!あと俺様そういうシュミない、ないから!!


「実働八時間なんて……!残業が月にたった十時間なんてえええ!しかもただでお城に住んでいいんですよね!?ご飯も出るんですよね!?なんですかこの条件良すぎるお仕事はっ……!!」


 青年は、俺様の鎧にすりすりと顔を擦り付けて感激の涙を溢し続けている。


「し、信じられない……夢みたいです。しかも給料も別に二十六万も貰えるんですか?初任給でそれなんですか?俺今まで毎月十一万しか貰ってなかったんですよ……ボロッボロの壊れそうなアパートの家賃関連だけで全部吹っ飛んでたんですよぅぅ」

「え、マジで?」

「九時から十八時……なんてゆるゆるでお仕事できるんでしょう……!サービス残業もないんですよね?定時でこっそりタイムカード切られたり、毎月残業しまくってるはずなのに給料明細からその大半なかったことにされたりとかそういうのないんですよね……?」

「え、え……?」

「部屋でちゃんと寝る時間があるなんて素晴らしいです……!午前六時半に退勤して、同日正午に出勤しろとか言われないんですね……っ片道一時間半かけて通勤してるのに寝る時間も風呂に入る時間もないとかそういうのないんですよねっ……!」

「は、はいいい!?」

「しかも有給休暇がちゃんとあるなんて!申請したら通るだなんてええ!今まで休みたいって言っても“万が一の時のためにとってあるから☆”とか言われて全然通ったことなかったんですようう!でもっていざ病気で休んだら代わりに休みだった日に出勤しろとか言われて結局有給休暇なにそれ美味しいの状態になってたしいいい!インフルエンザで出勤停止食らってやむなく休んだら恐怖の三十連勤くらって毎日の睡眠時間が三時間切っちゃってたしいいい」

「それ死ぬ!死ぬだろお前!!」

「はい死にました!でもって早退したら、定時の二時間前より早く早退すると欠勤扱いになってその日働かなかったことになっちゃうのが当たり前で、結局熱が38度あっても休めないのが当たり前だったんですよううう!」

「えええええええ」


 お前その労働環境酷すぎだろ。

 俺は自分のことでもないのに顔面蒼白である。怖い。ブラック企業怖い。マジで怖い。


「なんか今日ふらつくなー頭ぼーっとするなーと思って駅まで行ったんですけど、それ以降の記憶がぜんっぜんないんですよ!自殺したか事故ったんですかね俺?たぶんふらーっとしてホームからうっかり落っこちたとかそんなんじゃないかなと思うんですが!」


 お前それかなり末期症状だぞ。労災行けよ、と思う俺様。

 あ、死んだら行けないわ。


「それなのに……貴方様の提示してくださった労働環境のなんと素晴らしいことかっ!どんな仕事でもやります魔王様!世界征服のお手伝いですね是非とも喜んで!元の世界に帰れない?いいです、ぜんっぜんいいです帰れなくて!うち俺以外の家族みんな事故で死んじゃってて天涯孤独だし!!」

「重っ!お前設定重っ!!」


 天涯孤独でボロアパート住みの超絶ブラック企業勤めの社畜かいな。神様ちょっとハードモードすぎるだろ、と遠い目になる俺である。そんなんじゃ、こっちの提示した条件がゆるっゆるに見えるのもしょうがないよな、と。

 しかも言わなかったけど、こちとらコイツを正社員で雇うつもりマンマンだったし、ボーナスもふっつーに支払うつもりだったのだ。もちろん、コイツの働き次第ではあったのだが。


「え、えっと……えっとな?」


 キラッキラの眼でこちらを見てくる社畜。鬱になって自殺した(?)とは思えぬほど夢と希望に満ち溢れた眼をしている。

 どうしてこうなった。せっかく死んで楽になれるはずだったのに!こんな酷い条件で働かされるなんて!!と絶望して暗く沈む人間の顔が見たかったはずだというのに。


「と、とりあえず……部下にお前の部屋に案内させるからついてけ……研修の日程は追って連絡するから……」

「研修!!ちゃんと新人研修があるんですね、いきなり現場に投げ込まないなんてやっぱり貴方は神様だぁぁ……っ!」

「お前もうそれはいい!いいから!!」


 ぐいぐい部下たちに引きずられていく青年に、げっそりした顔で返す俺。おかしい、なんでこっちがこんなに疲れてるんだろう。本当に意味がわからない。こんなはずではなかったというのに。

 なお、部屋が空調完備、インターネット完備、トイレと風呂が別、ふかふかベット付きキッチン付き、であったことに感激した青年が再び玉座に駆け込んでくるのは――この後たった十分後のことである。




 ***




「魔王様ぁ!」


 素晴らしき社畜は今、俺の元でめきめき実力を伸ばしてバリバリ働いている。

 まるで飼い主になつく子犬のような有り様で自分を慕う彼の手には、この世界の地図がしっかりと握られていた。


「現在の領土と戦力分布図、まとめてみましたぁ!西のバルバラーン王国今いいかんじですよ、騎士団長が北のガイル帝国の領土に遠征に行ってて不在なので、攻め落とすなら今がチャーンス!です!!」

「お前いつの間にこんなのまとめたんだ……仕事早すぎるだろ、ジョバ●ニか」

「これが俺の仕事ですから!魔王様のお役に立てるならなんだってしますよ!!」


 なんでこいつ、こんなに俺のこと大好きなんだ。

 どうしても納得がいかないので尋ねてみた。お前、無理矢理浚って生き返らせた俺のこと恨んだり憎んだりしてないの?と。

 すると。


「へ?何でですか、恨む理由あります?俺、死ぬはずだったのに……魔王様に命を救って頂いたんですよ?仕事を与えて、必要としてもらえたんですよ?感謝こそすれ、憎む理由がどこにあるっていうんですか!!」


 心の底から嬉しそうにそんなことを言うもんだから――なんだか俺もすっかり毒気が抜かれてしまうのである。

 人を怖がらせて絶望させるのが最大の喜びだと思っていた。自分は誰かに恐怖を与えるために魔王として生まれてきたのだと。でも。


――なんか、悪くないのかも……な。こうやって誰かに感謝されるってのも。


 この馬鹿な男を見てると、そんなことも思えてしまうのだ。

 ありがとう、なんて。生まれて初めて言われた言葉であったから。


「そんなわけで魔王様!バルバラーン王国制圧する作戦考えましょう!あ、なんなら俺が戦況分析していいかんじの作戦立案までしちゃいますよ!」


 青年はにこにこと笑って言う。


「徹夜五日目ですけど、まだまだ行けます!大丈夫、問題ないっ!!」

「そこまで求めてねーよ!寝ろ!!今すぐ寝ろーっ!!」


 駄目だこの社畜、なんとかしないと。

 思わず近くにあったティッシュ箱を投げつけて、俺様はシャウトしたのだった。

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