第20話 天才
火鉢がプロゲームチーム
「初めまして。モグリです。こっちはぬるぬる」
「ぬると呼んでくれ」
髪を紺に染めた、まるで中学生のような背丈と幼顔を持った青年を前に、二人は軽くお辞儀をする。するとその青年はそそくさと手に持っていたスマートフォンに慣れた手つきで文字を入力していく。
『初めまして、ミダレです。失語症で、ごめんなさい』
それを見せると、申し訳なさそうに眉を八の字に曲げた。そこには優しさが見える。
ミダレはストリーマーでありながら、自分の声を出すことができない。配信もまた同じだ。視聴者とのやり取りは必ず文字か機械音声に読み上げてもらっている。
「ミダはウチとタメなんでもー先輩もため口でいいっスよ。多分その方がミダも楽だろうし」
「あ、そうなの。じゃぁ気楽に行きますか。ミダさんは何系が得意なんすか?」
『音ゲーです』
「ほう。私も音ゲーには一家言持っているぞ」
「ミダはスマホの音ゲーで日本一位を取ったこともあるんスよ。
花月とミダレは小中高を共にしてきた仲だ。無論、プロゲーマーになる前の彼の”声”も知っている。彼の声帯は高く、そして優しいものであった。故に花月としては実に惜しいことだが、時代が許してはくれなかった。兎角、二人は目配せや微細な身振り手振りで言いたいことが理解できるような深い仲なのだ。親友、と言っても過言ではない。
「そうだ。ミダ、あれ見せたらどうっスか?」
そう言われて、何処か上機嫌なミダレはスマホで一つの音楽ゲームを起動する。今最も音ゲーアプリでプレイ人口が多いであろうそれで見せつけられたのは、音ゲーに疎い火鉢はおろか、アレフでさえも声を上げないわけにはいかないほどの”偉業”であった。
全曲全難易度
ふ、とアレフは気付いたのだ。アレフをはじめ、音楽ゲームをデバイスでやる場合、タブレットが主となる。それは
「ミダレよ……貴様、もしや親指勢か?」
アレフの言葉に乱れは気付いてくれて嬉しそうにこくこく、と頷く。
先も言った。全曲全難易度理論値。それはネットの中ではレアケースではあれど、類を見ないわけではない。しかし、そのほぼ全て、九分九厘タブレットだ。その方が単純に指が多いし、それだけ対応できる譜面も増えてくる。
そして親指勢とは本来、スマホを抱えるように持ち親指のみでノーツを押していく。四点同時押しさえもクリアやフルコンボ表示ではなく、【理論値】を出している彼と、親指勢であることの限界。矛盾だ。
「どう、やったのだ?」
ミダレはそれが当たり前であるかのように、横向きのスマホを中指から先の指のみで支える。そして空いた人差し指の側面を両親指の間に置き、蜘蛛の足の如く構えた。
「こりゃ驚いたな。確かに普通の人より長い指を最大限活かしていると言えばそうだが……」
「これでは譜面も見辛かろう……大半が隠れてしまうではないか」
「ミダは高校からずっとこのスタイルなんスよ。最初は通学中にしたいから親指勢になったんだっけ」
「世界って広いな。俺には一生できそうにない」
「最低難易度でもフルコンできないモグリには無理であろうな」
「お前だって手が小さいって文句垂れてたろ」
二人が睨み合うのをまぁまぁと花月が仲裁に入る。
「とりあえず音ゲーしません?もー先輩以外は出来るっぽいんで」
「それに賛成だ。新譜面が来たと小耳に挟んだものでな」
アレフ達は早速音ゲーコーナーへと足を向ける。
ミダレが選ぶ音ゲーには一定の決まりがある。その中でも最も分かりやすいのは”ボタン”か”タッチパネル”か。彼の遊ぶゲームの殆どはタッチパネルだ。アレフが初めてゲームセンターに来た時にやったリズムマニアを含め多くのゲームセンター筐体はボタンタイプなので、ミダレの専門外になると思われた。
「ぬるちゃんは何がしたいっスか? ウチらは基本何でもいいっスよ」
「ふむ……そうだな。私の得意分野はリズムマニアだが、ミダレよ。それで良いか?」
『オッケーです』
それでもミダレは楽しそうに笑んでいる。それは慢心
リズムマニアの左右対称に置かれた七つのボタンは稼働初期から変わっていない。それが一つの筐体に二セット置かれている。二人プレイも難なく行えるというわけだ。
音楽ゲームと格闘ゲームは対になっていると火鉢は思っている。格闘ゲームは主に対人戦である。ネット普及前であれば家で行えるのは対CPU戦のみだったが、昨今は専らオンラインマッチでいつでもどこでも心のある相手と対戦することができる。反対に、音楽ゲームはスコアとの勝負。つまり己と野勝負という側面がとても強い。大会や、一部ゲームに実装されているオンラインマッチを除けば全て己の中で完結してしまう。
だが、両者共に言えることがある。それは全て己の実力で勝負する。つまり【運の介在する余地のない
改めて言おう。ミダレの得意分野はタッチパネルだ。そして敢えて書き記そう。彼の専売は【音楽ゲーム】だ。何に応用するでもない、ただ曲や譜面を理解し、捌く能力。他のジャンルに応用されないが為に研ぎ澄まされたそれらの能力は、火鉢の人知を超えた反射神経によるゲーム適正、花月の
あまりに尖った、洗練された集中力と譜面に対する対応力。アレフはそこで、音ゲーという大海を知った。己が
ミダレはリズムマニア最高難易度楽曲の一つ、
更に言うのであれば、リズムmなニアの理論値を叩き出すために必要な判定幅、つまり最高得点を取れる猶予フレームはたったの”二”。他のゲームの判定幅の約半分。
彼は指押し、つまり指先だけを動かしてタップするスキルに秀でていた。基よりスマホのリズムゲームで鍛えられた指の筋肉は発達。アレフをも凌駕する寸分の狂いもない体内に存在する無数のメトロノーム。ソフラン等にすら一瞬で反応し対応する能力はあまりにも音ゲーに特化しすぎていた。
彼が配信において最重要とも言える”声”を使わずプロゲーマーという確固たる地位を確立しているのは、このプレイスキルが故である。
天才はいる。悔しいが。
竜に願えば 口十 @nonbiri_tei
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