第19話 思ひ出
花月の朝は早い。定期配信を大体二十二時から始め、それがおよそ深夜の二時か三時まで続く。配信を終えてすぐに床に就き睡眠時間は短い。定期配信を大体二十二時から始め、それがおよそ深夜の二時か三時まで続く。配信を終えてすぐに床に就き、朝の七時には起床する。大学がある為である。
「姉ちゃん。早く起きないと遅刻するよ」
年頃の女子の部屋に無断で入ってくるのは大抵年が六つ離れた弟、
花月はやむなしと起き上がり、時雨の頭をポンポンと撫でながら階段を下りていく。
「朝ごはんはもう出来てるよ」
「あんがと~」
ブルーベリージャムを塗ったパンを食べ終えすぐさま洗面台まで行き、歯磨きを済ませ軽くメイクをして家を出る。時雨の通う高校は自転車で行ける距離だが、花月の通う愛知
電車で見るのはいつも時間が被って見れなかった火鉢達の配信だ。花月のゲーマー人生のスタートであり、超えようと永劫挑み続ける好敵手であり、更には初恋相手。絶対に本人には言えないが。
大学の最寄り駅に着き、更に新海大学前まで市バスを乗り継ぐ。
花月がゲームセンターで火鉢達と出会う前、最後に彼を見たのは五年前の世界大会だった。日本で開催された世界規模の神喰ライの大会で、世界各地からは猛者やプロプレイヤーが集いに集い、誰もが海外のプロが勝つと思っていた。当時は二本で格闘ゲームブームは過ぎ去り、海外の強豪と戦える人物は限られていたからだ。
ベスト
現地でほぼ最前列で見ていた花月はすぐさま火鉢だと気付き、そして悲しくなった。ボタンチェックの時も、試合の前も、彼は相手が強く求めるまで握手をせず、無気力に会釈をするだけ。勝った後も何かに追われているかのようにそそくさと壇上を降り、その様はまるで機械だった。優勝した彼は一言求められた時に「勝ちました」とだけ言って虚ろ気味な表情で会場を去った。実況を務めていたサハシの言葉を借りて彼は”人型兵器”と呼ばれるようになった。
花月の知る火鉢は、殺されたのだ。そう思いさえした。
それから二年半。新キャラクターの実装も一通り終え、細かい調整を除けば最後のアップデート後にモグリという実況者が生まれた。当時から万能で、シューティングゲームも格闘ゲームも、アクションゲームさえも得意だtった彼はしかし、虚ろで無機質な声のせいであまりファンはつかなかった。
けれども花月は見続けた。いつか出会える日を願って。いつか勝てる日を願って。彼の動作や癖を、彼以上に知るまでに至るほど見続けた。
『次は新海大学前~。新海大学前~。お降りの方はボタンを押してください』
ハッと我に帰りボタンを押す。ギリギリだったようで、すぐさまバスは止まった。
大学では今は卒論を書かなければならない。歴史科を進んでいるので、大方の目途は立っているのだが、細かい部分がどうも決まらない。足取りは自然とゲームサークルの部室に向かう。大して有名でもないこのサークルに朝から要るのは花月ぐらいだ。ソファに寝転がり、火鉢の昨日の配信の続きを見る。
ゲームセンターで出会った時、アレフとガッツポーズを交わす姿を見て、涙が出るのではないかというほどに感動したのを覚えている。世界大会では兵器とまで呼ばれるほどに機械的だった挙動。何もなかった彼が確かに笑顔を交え、勝利に喜んでいるのだ。その当たり前が、まるで奇跡にょおうだった。
配信が一区切りつき、手持無沙汰になった花月は部屋にあったゲーミングPCを起動させ、バトルロワイヤル式のトップオブレジェンド、通称トプレを始める。
「私もうかうかしてられないな。アレフちゃんに先越されないように頑張らないと」
花月は大学ではあまり知名度がない。ゲームサークル内では唯一のプロゲーマーとだけあって人気ではあるものの、公表していない為、他の学生から見たら有象無象の一つと変わりないのだ。
大学で適当に時間を過ごした花月は、仕事場とも言える自宅へと戻って配信の準備に取り掛かった。視聴者を引き付けるサムネイルというのは一番重要なところだ。
今日はDLCが追加され再び注目を浴びたアクションゲームの第一回。公式の映像から切り抜いた一枚絵に追加してOHCA加入時に描かれた剣道着を着た大和撫子風味の女性のイラストを適切な位置に配置する。これは長年やって培った勘のようなもので、色々な解説動画を見てもしっくりこなかった花月が我流で編み出したものだ。
配信を始めるまで花月は自分に自信がなかった。何処か量産型な女学生であった高校時代から趣味でやっていた配信では、火鉢と共にやったゲームの続編などをしていた。
とある
花月の対人ゲーム、於いては格闘ゲームでは他を圧倒するほどの”読み”の鋭さを見せつけている。他のOHCA所属のプロゲーマーは、格闘ゲーム部門であろうとFPS部門であろうとこう言うのだ。
【人生で花月に三回同じことをするな】
それはつまり、相手に対して圧倒的リターンを得ることを意味する。一度通った戦法は、無意識に再び取ってしまいがちになる。それはいつしか”癖”と言われるものになり、それが通り続けた先に到達する言葉は【個性】となる。個性は言い方を変えればパターン。ゲームセンターに通い続けて培われた洞察力は一回目、そして二回目を通して花月の脳に記憶され、三回目に利用する。利用して勝利につなげるのだ。そして個性を半ば強制的に奪われるとプロゲーマーであろうと狼狽えてしまう。それほどまでにゲーマーにとって個性とは信頼できる相棒であり、一生抜け出せない悪癖なのだ。
配信を始めるまで殆ど格闘ゲームしか触れていなかった花月はFPSを始めるにあたって膨大な時間を費やして記憶力と判断力を鍛え抜いた。一対一だった格闘ゲームに対してFPSの殆どは多対多。どれだけ敵が増えようと、読みを捨てるなどは考えもしなかった。
配信当初は無理矢理に上げていたテンションも、配信開始を押すと自然と上がるようになった。高校時代に少しばかり羨望の眼差しで見ていたギャルを基に作った
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