危険な初デート

稲穂 浩

危険なデート

 今日は念願のデートの日。憧れの女性とようやく約束を取り付けた休日デート。

 三ヶ月前に合コンで偶然出会った彼女。僕はその時、ピンときたとしか言いようのない衝撃を受けた。儚げで危なげで、そしてとにかく美しい。この人で間違いない、そう確信した僕はとにかくアプローチを続けた。

 会うことは出来なかったから、とにかくメッセージを送り続け、何度断られてもへこたれず、身分違いでも諦めず、ありとあらゆる方法でデートに誘った。

 その甲斐あってついに、一度だけデートする機会を手にしたのだ。

 何故かデートプランは彼女が決めた。僕はそんなに頼りないのだろうか。慣れない髪のセットに野暮ったい眼鏡。きっと僕のこの陰気な見た目がそう感じさせるのだろうな。でもきっとその印象もこのデートで覆してみせる。

 待ち合わせ場所で二時間待っていると、彼女は時間通りに現れた。

「こんにちは。今日はよろしくね」

「ええ。それじゃあ行きましょう」

 やっぱり彼女は僕の容姿をさほど覚えていなかったらしい。合コンの時とは大分印象が違うと思うんだけどな……。

 何かを期待していたわけじゃないけれど、思いの外、淡白な挨拶。そしてすぐさま歩き出す彼女。僕は安全を守るため、彼女の少し後ろをついていくことにした。


 最初のデートスポットは映画館。見る映画は恋愛ものみたいだ。彼女もこういう映画を見るんだなぁと関心する。

 ポップコーンは食べない派のようで、二人分のカフェラテだけを購入し席につく。一番後ろの席。僕も彼女も映画は一番後ろの席がいいタイプ。好みが合うらしい。

 映画に集中出来ず、横目でチラチラと彼女を見ていると、彼女が僕のカフェラテのふたを開けている事に気がついた。

「それ僕のだよ」

 そう言うと彼女は、「あら、ごめんなさい」とだけ言い、カフェラテをドリンクホルダーに戻す。

「映画館のドリンクホルダーは右の方を使うんだよ」

「そうなのね。教えてくれてありがとう」

 彼女にも知らないことがあるんだなぁ。

「何をしていたの?」

「砂糖を入れようと思って。実は甘党なの」

「じゃあ自分のに入れたら?」

「砂糖を落としてしまったの」

 意外と彼女もこのシチュエーションに緊張しているのかもしれない。そんな風に思うと少しだけ彼女を身近に感じた。


 次のデートスポットは流行りの場所。ナイフを的に投げてストレスを解消しつつ、飲食も楽しめるらしい。

 彼女ほど素敵な人であれば、男に付きまとわれることもさぞ多いだろうし、ストレスが溜まっているのかもしれない。

 彼女のストレス解消にも全力で付き合おう。

 彼女は早速ナイフを手に取ると、的に向け狙いを定めて投げる。しかし惜しくも的には当たらない。その後も何度か試すものの、なかなか的には当たらない。彼女は運動が苦手なのだろうか。

 しびれを切らした僕がアドバイスしようと近寄ると、ナイフが僕の顔の横を凄まじい速度で通過した。

「ごめんなさい。手が滑ってしまって」

「大丈夫だよ。それより、手取り足取り、僕が教えてあげるよ」

 彼女の手を掴み、密着して動きを誘導する。

 何故か彼女の鞄に入ってしまっていたナイフを取り出す。

「それはお店の備品じゃないわ。間違えて持ってきてしまったの」

 間違えてナイフを持ってくるなんてこと、あるのかなぁ。

 その後、彼女は僕の親切な振る舞いに遠慮していたが、いいところを見せたい僕はナイフの投げ方を詳しく丁寧に彼女に教え続けた。


 次は小規模な遊園地に来た。

 彼女はどうしてもジェットコースターに乗りたいらしい。

 ちょっとした列が出来ていたが、待ち時間は彼女にプライベートのあれこれを質問攻めをしていたら一瞬で過ぎていった。

 二人の荷物をロッカーに預けると、先に乗車していた彼女の隣に座った。

 小規模な遊園地ということもあって、安全ベルトはとても簡易的な作りをしていて、簡単な手順で取り外せるものだった。こんなものに命を預けるのか、と少し不安になったがここで事故が起きたと聞いたことはない。変なことをしなければ問題ないのだろう。

 いざジェットコースターが動き出すと、確かに、この安全ベルトでも十分だと感じさせる程度の速さ。このくらいのスピードは慣れたもんだと余裕しゃくしゃくで楽しんでいると、隣の彼女はじっと僕のことを見ていた。

「どうしたの?」

「景色が綺麗だから、あなたも見たら?」

 その言葉で景色を楽しんでいなかったことに気づいた僕は、彼女と同じ景色を楽しむべく遠くへ意識を向ける。

 フワッ

 僕の身体が宙に浮く。鍛えた反射神経で素早く反応し、左右の手すりに両腕でしがみつく。

 安全ベルトが外れたらしい。

 だから言ったんだ。こんなので平気なのか、と。

 僕は全力でしがみつきながら、事態に気がついた彼女を不安にさせないように精一杯の笑顔を作る。

「僕は死なないよ」


 なんとか生還した僕は、少し休んだあと、彼女とお化け屋敷に来ていた。

 お化け屋敷は人間のキャストがお化けを演じているタイプのものではなく、子供だましの機械仕掛け。暗い部屋を歩いて出口に向かうらしい。

 いざ入ってみても、僕は全く怖くない。でも意外なことに彼女はとても怯えているらしく、僕の後ろで鞄に顔を埋めながらついてくる。

 今日は彼女の意外な一面をたくさん知れた。彼女のことがもっと知りたくなった。もっともっともっと……。

 でも何となく分かっていた。僕たちのデートは今日が最初で最後なのだと。


 最後はディナーを食べるみたいだ。わざわざ個室で予約してくれるなんてとても嬉しい。

 次々と運ばれてくる絶品コース。三ヶ月の努力の終着点。なんて幸せなんだろう――。


 彼女が席を立った隙に、僕は彼女のグラスに薬を盛った。


 やっと彼女が手に入る。ここまで長かった。

 戻ってきた彼女がグラスに口をつけたのを確認すると、僕は話を始めることにした。

「今日一日、僕のことを殺そうとしていましたね?」

「なんのことですか?」

「とぼけないで下さい。ナイフを僕に向かって投げたのもわざとでしょう。ジェットコースターの安全ベルトを外したのもあなただ。お化け屋敷だって本当は自前のナイフで刺すつもりだった。そうでしょう?」

「……気づいていたのね。ナイフが無くなっていたのはあなたが盗ったのね?」

「認めるんですね。そうですよ。ジェットコースターの時、荷物をロッカーに入れるついでに盗りました」

 沈黙が流れる。事態を飲み込むのに時間がかかっているようだ。僕から説明してあげよう。

「盗ったのはナイフだけじゃない。あなたが映画館で使おうとしていた砂糖、いや正しくは睡眠薬も、ですよ」

「それは今、どこに……?」

 何となく、察したらしい。彼女の顔が次第に青ざめていく。

「もちろん、あなたの体内ですよ。ずいぶん強烈な薬みたいだ。既にフラフラじゃないか」

「ク、クソストーカーが……。絶対にお前も殺してやる……」

「ようやく君が手に入る。僕は君を閉じ込めることにするよ」

 僕が言い終わるかどうかのタイミングで、彼女の意識は途絶えた。



 すっかり彼女が眠ってしまった後、電話が掛かってきた。

「もしもし、首尾はどうだ」

「今ちょうど事が済んだところですよ」

「そうか。よくやった」

「もうちょっと俺を労ってくださいよ。割と命がけだったんですからね」

 俺は野暮ったい伊達眼鏡を外し、わざとボサボサにセットした髪をいっきに掻き上げる。


「ああ、大手柄だよ。まさか合コン行ってばっかのお前が、おとり捜査で連続殺人犯を捕まえたってんだからな」

「何なんですかあいつ。デートした男をストーカー呼ばわりして殺すことを繰り返してるって。……まぁいいや。約束の合コンのセッティング、頼みましたよ」

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危険な初デート 稲穂 浩 @haoharu

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