「永遠」の対義語なんて僕は知らない

ナナシリア

「永遠」の対義語なんて僕は知らない

「ねえ、君。『永遠』は、好き?」


 通りすがり、僕と同年代くらいの少女が僕に話しかける。


 日も暮れて周囲は既に闇で、若い女性が出歩くような時間ではないのにもかかわらず、彼女はそこにいた。


「永、遠……」


 彼女の言う意味がわからなくて、ただ言葉を反芻する。


「別に、好きでも嫌いでもないですけど。というか、あなた誰ですか」


「わたしは、木原せつな。『永遠』が嫌いな、高校二年生。君は?」


 変わった自己紹介だ、と思うが、僕も訊かれているのに気づいて慌てて口を動かす。


「僕は、戸田和穏。高校一年生です」


「一つ下か、それもちょうどいいや」


 ちょうどいいとはいったいどういうことか、その他諸々気になるところはあるが、どうせもう関わることのない人だ、詮索するまでもない。


「じゃあ戸田くん、次はいつ空いてる?」


「は?」


「せっかく会ったんだし、またこの場所で会おうじゃないか」


 なにこれ、逆ナン?


 しかしそれなら連絡先を交換するだろうということに行き着く。


 ではこれはいったいなんなのか。


 疑問に思う僕を置いてきぼりに、木原さんは話を進める。


「で、戸田くんはいつ空いてるんだい?」


「まあ、僕は明日も暇ですけど」


「じゃあ、また明日の今頃に、ここに集合しよう」


 僕が置いてきぼりになっている間に話はトントン拍子で進み、気づけば僕はこの場所に集合させられることになっていた。


「暇ですけど、ここまで来るのは面倒くさいです」


「だったらわたしが家まで行こうか?」


「わかりました、ここに来ますね」


 家まで来られるのはもっと厄介で、僕は仕方なくここに来ることを選択する。


「じゃ、また明日」




「本当に来たんだね、ちょっと意外だ」


「呼んだのは木原さんじゃないですか」


「そうだね」


 木原さんは小さく笑う。


「なにしようか、せっかく集まったんだしなにかしたいよね」


「それも考えずに呼んだんですか?」


「戸田くんはなにしたい?」


 僕の質問ははぐらかされる。でもこれももう慣れたので、特に触れない。


「じゃあ、木原さんについて聞かせてください」


「……それは、無理」


「そうですか。それなら、なんかしゃべってください」


 僕の要望に応えたのか、木原さんが口を開く。


 僕は、あんなに木原さんのことを鬱陶しがっていたのが嘘のように惹きつけられた。




 それから僕たちが夜に会うのは習慣になった。


「『永遠』の意味って、知ってる?」


「もちろんそのくらい知ってますよ」


「ちょっと言ってみてよ」


「限りなく終わらない、みたいな」


 僕が曖昧に答えた語義に、木原さんはうなずいた。


「じゃあ、その対義語は?」


「……『一瞬』?」


 これまでの人生で何度か聞かされてきたように、永遠の対義語は一瞬だ。


「いや、そうじゃない。『永遠』の対義語は『一瞬』じゃないんだ」


 この人はなにを言ってるんだろう、と思うが、いつも通り大して気にすることはない。


「では『永遠』の対義語はなにか、次会うときまでに考えといてくれ」


「期限短くないですか?」


「そんなことないさ」


 彼女はそれだけ言って、ふらふらと僕の前から去っていった。


 いつも通り、勝手な人だと溜息を吐く。


 しかし、木原さんの言う通り、僕が「永遠」の対義語を考える期限は短くなかった。


 一晩、二晩くらいまでは、木原さんのことだからあり得るか、と溜息を吐いて受け流していた。


 三晩が経つとさすがに心配になってきて、それから少しずつ、もしかしたら僕は嫌われたのではないかという思いに駆られ、それでもあの場所へ行くのはやめなかった。何年もして、木原さんはもうやってこないんだとわかっても。


 そこで僕は、難問と戦った。


「ははっ、なんだよ、『永遠』の対義語……?」


 いくら考えても思い浮かばない。


 「一瞬」だとすると、「一瞬」より長く「永遠」より短い時間の長さはいったいなんなのかということになる。だから、一瞬ではない。


 木原さんとの日々を思い出す。永遠には続かなかったが、かといって一瞬でもなかった。


 「永遠」の対義語なんて、僕は知らない。

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「永遠」の対義語なんて僕は知らない ナナシリア @nanasi20090127

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