【短編小説】イルミネーションの前で

綿来乙伽|小説と脚本

イルミネーションの前で

「私と付き合ってください」


高校二年の春。同じクラスの彼女は、校舎裏で僕に伝えた。


告白、校舎裏、高校生。これだけ揃えば、相場は決まっている。

俯く彼女の後ろを見ると、彼女と仲の良い女子生徒がこちらを覗いていた。僕の反応を見るためか、僕の真正面の校舎にに縦並びで顔を出している。こんなあからさまなドッキリは初めてだ。


僕は今、嘘の告白を受けている。


「僕で、良いんですか」

目の前にいる彼女と彼女の友達の狙いは、僕が緊張してドキマギする所を見たいか、告白をOKした後に嘘だとバラし僕を罵るかの二択だろうと見た。クラス、いや、学校にいる女子生徒の中でもダントツで素敵な彼女に、僕が告白される訳がないのだ。嘘の告白だと分かってはいるが、受け入れたい自分の方が自我を剥き出しにしていた。

「貴方が、良いんです」

彼女は顔を赤らめた。演技が上手かった。演劇部なんてうちの高校にあったかと考えるが、そんな部活は無いし、彼女は美術部だし、高校生の女性というのは、軽く顔を染めることくらい容易いのかもしれないと思った。

「僕も、好きです」

彼女に伝えた。彼女の友達は僕の声が聞こえなかったのか、僕のリアクションを今か今かと待ち侘びていた。彼女は驚いてこちらを向き、微笑んだ。


春は花見をした。

桜が咲いている道を、あてもなく彼女と歩いた。こんな古風なデートは高校生向きではないかもしれないと思ったが、彼女の趣味が散歩だと言うので、自然が好きなのかと考えて選んだ初デートだった。僕は初めて彼女と手を繋いだ。二ヶ月は流石に時間を掛け過ぎたかもしれない。でもこの時間が、この夢が、いつか醒めるまで、彼女を大切にしたかった。彼女は僕の手をそっと握り返して微笑んだ。彼女の笑顔は、数分歩いて見上げた桜より素敵だった。


夏は暑かった。

この夏最大の猛暑日、僕と彼女は自転車を漕いだ。隣町で祭りが開催されるからだ。彼女は「浴衣を着た方が良かったか」なんて聞いてきたが、大きく首を横に振った。彼女の浴衣姿を誰かに見られるくらいなら、彼女にはサイズを間違えたパーカーか、学校のジャージを着ていて欲しいとおどけて伝えた。彼女は笑っていた。だが僕は真剣そのものだ。彼女の魅力が、他の人間に見つかるのが惜しかったからだ。彼女は運動部の僕と違って体力が無く、立ち漕ぎすれば三十分で着く隣町に、休憩を挟み、雑談をしながら一時間掛けて向かった。混雑していた祭り会場で「はぐれないように」と繋いでいた手を、人が空いてきた花火会場でも握り続けた。綺麗な花火を見る彼女が綺麗で、花火の音を借りて、これからも一緒にいたいと告げた。この声は、彼女に届いていただろうか。


秋は果物狩りに行った。

〇〇の秋を全てやってみたいと言ったのは彼女の方だった。やる気がある彼女は、葡萄の本を借りて来た。二人で読んで、葡萄狩りの予約をした。彼女は食べられない物が多かったけれど、葡萄は食べることが出来た。彼女は虫嫌いな僕に、葡萄の葉についた虫を見せつけるために追っかけ回した。葡萄を僕の何倍も食べて、紫色の舌を無邪気に僕に見せた。笑う僕を見て彼女が笑い、彼女が笑うのを見て僕は笑った。家に帰って、買ってきた葡萄の絵を描いて、彼女は満足そうだった。「全ての秋を制した」と自慢げに日記に書いていた。満足そうに日記を閉じた彼女に、僕は初めてキスをした。



冬になった。


彼女が行きたいと言っていたイルミネーションを見に来た。


今日は彼女の家には迎えに行かなかった。彼女はもう家にはいないと知っていたからだ。


僕は待ち合わせ時間を考えながら、彼女を待った。


辺りはカップルや家族で溢れていた。イルミネーションの前にある雪で遊ぶ子どもは、どの季節にもいた彼女の無邪気さに似ている。


僕は彼女を待った。


きっと彼女は来ない。

彼女はもう、家にも、高校にも、病院にも、春にも、夏にも、秋にも、いない。


彼女は僕にとって初めての彼女だった。彼女はたくさんの体験と愛情をくれた。僕は本当に、彼女の恋人で良かったと思っている。


彼女の告白は嘘だ。

彼女が僕の恋人だったなんて、嘘だ。


嘘だったら、どれほど良かったか。


もうすぐ彼女との待ち合わせ時刻だ。僕が勝手に設定した。


夢を叶えてくれてありがとう。僕は一度で良いから、彼女をイルミネーションの前で待ってみたかったんだ。

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