第4話
そんな事を思っていた矢先、町で偶然松井に会った。
松井はおそらく公安の人間であるだろう事で、いろいろ聞くのは少し躊躇したが、案外気さくに話をしてくれた。
小一時間ほど喫茶店で話したが、あの山田は元気でやっているらしい。
勿論、今の名前も住所も教えてもらえるわけはなく、私も聞くつもりはなかった。
ただ、彼が元気でこちらの社会に溶け込んでいてくれているのを聞いて本当に心から安堵した。
最後に
「あれから佐藤さんに真実教から接触があったなんてことはないですね?」
と聞かれ、それはないと答えた。
こちらの事も多少は気にかけてくれているようだった。
「もし何かあったら直ぐに連絡を下さい」
名詞を一枚もらって松井とは別れた。
家に帰ると一通の手紙が届いていた。
差出人の名前はない。
なんだろうと思って封を切る。
便箋に几帳面な文字が並んでいた。
…
佐藤さんご無沙汰しています。あの時の山田です。
今、警察の監視から逃げています。逃走中です。
私、こちらの世界で暮らして分かりました。
教団の教えは正しかったんです。
こっちの人は皆奴隷です。しかもその自覚がない。
それはこっちの人達が洗脳されているからです。国家が国民を洗脳しているんです。
働いてみて分かりました。
こっちの社会は教団の教えのとおりでした。
私は警察の追跡を何とか振り切って教団に戻ります。
そして人として真っ当に生きていこうと思います。
あの時は命を助けていただいて有難う御座いました。
お元気で
…
私は呆然とし、暫く動けないでいた。
ついさっき聞いた松井の話は何なのだ?
そうか、松井は私を探りに来たのか。
偶然を装い、私と山田が接触していないか調べに来たのか。
山田はこの社会を見限った。
山田にとっての真っ当な社会は我々の社会ではなく、真実教の社会だと言いうわけか。
山田よ、真っ当に生きるとはなんなのだ?
私は椅子にへたり込んだ。
ともかくこの手紙は松井に知らせるべきだろう。公安に通報する。
それがこの社会で生きて行く私のとるべき真っ当な行為の筈だ。
私は松井に電話をすると2分も経たない内に別の捜査員が手紙を押収しに来た。
私も直ぐ傍で監視されていたようだ。
その後山田がどうなったのか私は知らないが、元気で生きていって欲しいとだけ願った。
オセロの世界 @gotchan5
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