6話
「俺は創成の死体を回収して、なんとか人体をヒーローにする改造を施した。それがお前だ、猫俣創助」
話を聞き終えた君が、その場に崩れ落ちる。
「創成の人格は、創成が死んだ時点でもうその体には残っていなかった。仕方がないから、俺は創成が望んだヒーローの性格を、改造した創成に上書きして、全く新しい人格のお前が生まれたってわけだ。だからお前は創成じゃない。創成の体を元に作った、創成と俺の約束そのものだ。それが正体」
他に質問は?と侵略者は言う。私は崩れ落ちた君の隣にしゃがんで、肩に腕を回し抱き締めた。
「高木を連れ去ったのは佐々木先生ですよね。なぜ佐々木先生に頼んだんですか?」
「『恋人になってほしい、何でもするから』って言われたからだ。覚えてないんだが、高校生の頃死にかけた佐々木を俺が助けたことがあって、それから追いかけてきたんだと。高木が更生施設から出てきたら、捕まえて地下室に閉じ込めろって言った。別に自分で捕まえることもできたが、佐々木があんまりにもうざったくて、牢屋にでも入れられたらいいと思っていたからな。警察の目を掻い潜って高木を本当に地下室まで連れてきたのは予想外だった」
侵略者はおかしそうに笑う。
「創助に与える人間の痛みのデータを高木から取ろうとは前々から思っていたんだ。更生施設から高木を連れ去るなんて大したことはないが、美術教師になりたかったからな、迂闊な行動はできなかった。創成の体を丁寧に改造し、美術教師としての道を歩みながら高木の更生期間の終了を待った。時間をかけて高木から多くの痛みのデータを得て、それから殺して、ようやく創助を完成させた。そして、仕上げにこの町を撮影スタジオにしたってわけだ」
「あの地下室は何なんですか?」
「学校近くに古墳があるだろ。その周りから重要な土器が出土するかもしれないからって、学校の下を調査できるようにしてあるんだと。教員数人の飲み会に無理やり参加させられた時、校長が喋ってた。まあ酒飲んでなかった俺だけが覚えてたみたいだけどな」
私の腕の中で、「嘘だ……」と君がか細く悲鳴をあげている。冷たい体を何とか温めたかったけれど、君は温度を感じ取ることができない。
「どうして海窓以外を滅ぼしたんですか?」
「創成が猫俣奈々美の妹であることがメディアに取り上げられて、猫俣奈々美が今の心境についてインタビューに答えたんだ。なんて答えたと思う?『さあ』だけだ。それだけだったんだよ。創成が恋してた、俺がどうやったって得られなかったその視線の先にいるくせに、『さあ』だけで流しやがったんだ。この星に失望した。全員死ねば良いと思った。海窓は撮影スタジオとして残して、それ以外は全部壊してやったんだ。ああそうだ、創助が両腕を奪われた化け物いただろ?あれは創成の両親を別の星の生物とかき混ぜたものだ。あの二人を、簡単に死なせるのは耐えられなかったからな。……人間って面白いよな、遺書を書かせて、堤防に靴を残せば探す気なんてなくなるんだぜ」
あまりにも凶悪な、恋に狂った侵略者に鳥肌が立つ。何を言っても、まるきり別の生き物である彼には何も届かないだろう。
「もう良いか?寝る前に明日の分の化け物を決めておきたい。創助にはそのまま主演をしてもらうが、今日までの記憶を持ったまま戦うのが辛いなら記憶を消してやろうか?」
同前が床に散らばっていた画材の中から分厚いファイルを取り出して、それをパラパラと捲る。不気味な化け物ばかりが挟まれているそれはおそらく化け物のリストなのだろう。文字は明らかに地球のものではないため読めないが、毒を吐いているイラストなどが挟まっており、その化け物の特性は私にも何となく分かるものだった。あれを手に入れられたら、君の化け物退治は格段に楽になるだろうななんて、今は全く関係のないことを思う。君は腕の中で、黙ったまま動かない。
「……五十体を越えたら、どうするつもりなんですか」
侵略者はだるそうに前髪をかき上げて、私を睨む。
「創助だけ連れて、どこか遠い宇宙で撮影した映像を編集しながら寿命を待つさ。創助は怪我では死なないが、寿命はあるんだ。死体から作った創助を老いさせるのは難しかったから、寿命代わりに八十年後に体の修復能力が無くなるよう設定した。俺たちが飛び立ったその後の地球のことなら、知らない。滅びるもいいし、頑張ってこの空間Aの中だけで文明を続けていくのも良い。ただ空間Aがどれほど持つのか俺には分からないけどな」
同前がゆったりとした歩みでこちらに向かってくる。その長身が、今はとても恐ろしく見えた。君を抱きしめる腕に力を込めると、侵略者は分かりやすく不快そうな顔をした。
「蜂谷静音、お前は知りすぎた。善良で無知な一般市民の枠を超えたお前にはペナルティだ。でも借りがあるからな……。記憶を消すか、死ぬかくらいは選ばせてやる。どっちだ?」
私は自分の手が震えているのを自覚しながら、その青い瞳を強く睨み返す。
「この命は猫俣くんにもらって、猫俣くんと過ごして生きる希望をもらった。命も記憶も、手放す気はないです、同前先生」
「お前本当豪胆だよな、今すぐ死ぬか?」
「猫俣くん、君はどうしたい?」
腕の中で、項垂れていた君が顔を上げる。
「……同前。僕も質問していい?」
「時間稼ぎか?何でも良いけど、そいつは殺すぞ」
君の姿が、ゆっくりと人間の形に戻っていく。かと思えばまたヒーローに戻って、それを何度か繰り返し、どちらともつかない姿で口を開く。
「僕のこと、どう思ってる?」
「……創成の形見、みたいなものだな」
「それだけ?」
同前が頷くのを見て、猫俣くんは完全に人間の姿に戻り、ゆっくりと立ち上がって、柔らかく微笑んだ。
「同前、何にも分からない僕を匿ってくれた時、僕は本当に嬉しかったし、同前が世界の全てだったんだ。僕を殺せない同前を見て、ああ僕は大事にしてもらえてるんだって安心して。きっと僕に兄がいるならこんな感じなのかなって思って」
呆然と立ち尽くす同前に、君は駆け寄ってその体に抱きついた。
「こんな酷いやつだって聞いても、まだ好きだって思ってる。これってもしかして、創成さんの脳が見せてる錯覚なのかもね」
「っ、創成……!」
バシュ、と弾けた音がして、同前がその場に倒れる。同前の頭があった場所からは赤色が噴き出して、侵略者の血も赤いのだなあなんて呑気なことを思った。
一瞬でヒーロースーツに身を包んだ君は、血の匂いがする銃を腰に戻すと、同前が手に持っていたリストを拾い上げた。
「蜂谷さん、僕はこれからドームの外に出ようと思う。世界を滅亡させるほどの量だし、僕一人じゃどこまで頑張れるか分からない。地球上の化け物全部を倒すなんて、僕の寿命までにできるか分からないけど……。それでも、もしかしたら生き残ってる人がいるかもしれないし、行けるところまで行ってみようと思うんだ」
憑き物が落ちたような、清々しい声だった。
「良かったの?同前のこと、好きって……」
「良いんだ。僕の中の創成さんにしか目を向けてない侵略者より、僕を助けてくれた友達の方が大切に決まってる」
たまらなくなって、私は君を抱きしめる。君が嬉しそうに笑って、そして抱きしめ返してくれた。
ごめん、これだけ持って行ってもいいかな。と油絵具で汚れた青いジャージを握りしめる君が、辛くて胸が潰れてしまいそうだった。
青いジャージをヒーロースーツの上から着て、君は「まあ、すぐボロ切れになるんだろうけどね」と言いながら、大切そうに青に包まれた腕を撫でた。
「きっと、僕はまた両腕を失って、自死もできなくて、痛みに悶えるかもしれない。その時は、ドームの中に帰ってくるから、僕の首を切ってほしい」
「うん。切るよ、君が望むなら、何度でも」
「あんまり腕を無くさないように気をつけるけどね。……蜂谷さんが待ってるんだって思ったら、僕は頑張れると思う」
「うん」
「思い浮かべるだけで勇気が湧くなんて、蜂谷さんは変身できないけど、でもヒーローそのものだね」
「……そうかな」
「そうだよ。僕を助けてくれてありがとう。僕を見てくれてありがとう。蜂谷さんがいなかったら、きっと今頃、僕は戦う意味を見失って、五十体の化け物をあのまま倒し続けて、その後は同前と宇宙で寿命を待ってたかもしれない。……この町を愛せて良かった。蜂谷さんが生きてる町だから大切だって思えたんだ。全部蜂谷さんのおかげ。ありがとう」
二人手を繋いで、私たちは雨上がりの海窓を歩いた。夜風が涼しくて、寂しくて、いつの間にか私の目からは涙が溢れていた。
町の狼は、全て死んだように目を閉じ動かなくなっていた。
堤防に沿って歩いた先、月明かりを反射するドームに、手を繋ぐ私たちの姿が映る。
「じゃあ、また」
「うん。待ってる」
優しく解かれた手を名残惜しく見つめてから、ドームの向こうに消えていく青い後ろ姿を見送った。頭上では宇宙船が相変わらず浮かんでいる。所有者を失ったそれは、いつかこの町に落ちるのだろう。
季節が巡っても、終わらない七月七日。
サイレンの鳴らない空虚なジオラマで、今日も歪な「いつも通り」が続いている。
相変わらず騒がしい部室で、私はパソコンと睨めっこをしていた。
「暴れる人が出てこないように、『いつも通り』に過ごすとペナルティが発生しますよっていう設定を貫いたまま、ヒーローの頑張りと同前先生の狂愛を記事に起こすなんて無理ですよお、正直に全部書いちゃいましょうよ、せんぱあい」
「うるさい。引っ付かないで。ちゃんと考えて」
「元はと言えば先輩がうまく新聞記事書かなかったせいですからね?」
私は「それは、ごめん。書き方を知らなくて」と渋い顔の山野に謝る。「ヒーローは今多忙を極めており、助けを求められても駆けつけることができません。助けを求めないでください、化け物は今後一切出てきません」とだけ書いた海窓新聞を私が誰にも確認せずに出してしまったせいで、今のSNSは大荒れ─と言っても人数の高が知れているが、とにかく説明を求められているのだ。
「蜂谷さん、我々をみくびってもらっちゃ困りますよ。ヒーローが不在の間、僕たちだってこの町を守れます!」
そう息巻いているのは三宅だ。新聞を見て何事かと駆けつけたらしい。隣で田中が「私も同じ気持ちです」と頷いている。
「みんなで、ヒーローを……猫俣創助さんの帰る場所を守りましょう。私たちにできる彼への恩返しはそれしかないんですから。ね、蜂谷さん」
田中はそう言って、キーボードを打つ手を速める。部室中から「ファイオー」と気合十分なんだか間抜けなんだか分からない声が上がって、警察官二人は「青春ですねえ」「そうだな……」なんて噛み締めている。
私はその様子に苦笑してから、慣れないキーボードに指を滑らせた。
君が帰る場所を、守り続けたいと思う。この町はきっと、次に出す海窓新聞から形を変えていくだろう。その記事を見て、君を愛しいと思わない人間はいないはずだ。この町を君に優しくしていきたい。それが今の、私の生きる意味だった。
君が笑顔で帰ってくるのを待っている。
もし両腕をなくして、泣きながら「助けて」と言ったなら、その時は私がその息を手折るのだ。その役割は誰にも渡さない。
私は、君のヒーローなのだから。
唯今ヒーロー ぽぴ太 @popita_DX
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