第6話 同窓会
映画サークルの同窓会は、四谷の『驢馬』という予約制のワインレストランで行われた。
最初に、洋子が挨拶をした。
「みなさん、ほんとうに、お久しぶりです」
洋子は、3人の顔を見回して微笑んだ。
「えー。『窓ガラスに映った女』の完成から10年が経ちました。そして、映画サークルの同窓会と称しまして、このような会を開くことが出来ました」
「先輩、もう挨拶はそれぐらいにして、乾杯しましょうよ」
洋子をじっと見つめていた里奈が、甘ったれた声で言った。洋子は、去って行った里奈が再び戻って来たように思えた。そして、洋子は、里奈の、変わっていないのが嬉しかった。
「里奈ちゃん、変わらないね」
岡部が笑いながら言うと、
「はーい、賛成でーす」
雨宮も調子を合わせた。洋子は、微笑みながら、グラスを上げた。
「乾杯!」
みんな変わっていないと思いたかった。
それは、お互いに思ったことであろう。しかし、外見は、変わった。雨宮や岡部は、長髪では無かったし、里奈もセミロングになっていた。
雨宮は、電気メーカーに勤務し、愛妻と幸せに暮らしているというが、子供はまだいなかった。岡部は、父親の力で大手広告代理店に入社出来たらしく派手な世界の話ばかりしていた。里奈は、大学を中退後、同棲していたが、本人曰く性格の不一致という理由により半年たらずで別れた。現在は、新宿の有名エステサロンに勤務していた。
「覚えている? あのNG大賞」
いきなり雨宮が里奈に言った。
「えーっ? 何かありましたぁ?」
里奈がとぼけていると、岡部が
「ほら、青年が、女を抱きしめるシーンで、里奈ちゃん嫌がって」
「私が『好きなようになさい。ホホホ』って言うところ?」
里奈は、両手で顔を隠して笑っている。
「夜遅かったから、みんなハイになっちゃってね。笑いが止まらなくて可笑しかったわね」
と、洋子が思い出して言った。
「もう、テイクセブンよ! なんて紗枝子が怒っていた」
さらに洋子が付け加えると、雨宮が、
「そう言って笑っていたよな」
と言い、全員沈黙した。
雨宮は、スーツの内ポケットから1枚の写真を取り出し、テーブルの上に置いた。
「あーっ、これフェリーで撮った写真ですね」
里奈が懐かしそうに言った。
その写真には、里奈と岡部を挟んで洋子と紗枝子が、真っ青な空をバックに写っていた。4人とも楽しそうに笑っていた。洋子は、雨宮が紗枝子のことを忘れられないでいることが良く分かった。雨宮は、遠泳を行った責任に苛まれているだけでは無いだろう。紗枝子を愛していたからこそ、あの夏の日から脱却出来ずにいるのだと思った。洋子も一生、あの夏の日を背負って生きていかなくてはならないのだろうか。
洋子は、自分自身にも言い聞かせるように、今日の本来の目的に立ち向かった。
「みんな。紗枝子のことは、忘れられない。でも、10年を区切りにしましょうよ」
洋子は、沈黙を破った。そう、今、10年の沈黙を破ったのだと思った。雨宮は、きっと洋子以上に苦しんでいる。しかし、いつまでも引き摺るのは良くないし、天国の紗枝子も悲しむに決まっていると洋子は考えた。
雨宮は、テーブルの上の写真を、再びスーツの内ポケットにしまった。
その後は、全員、映画サークルでの話題には触れず、お互いの仕事の話などをした。そして、特に、また集まる約束をすることも無く映画サークルの同窓会は、お開きとなったのだった。
数日後、洋子は、午後1時に疲れ果てて帰宅した。例の油田探査の開発プログラムは実際に動作させて検査を行うためのデバッグに入っていた。稼動中の工場を止めることができるのが深夜であったため、洋子たち技術者は夜間作業を行い、その日は徹夜明けだった。
洋子は、ソファーに腰を沈めると、テーブルの上に置いてある電話の子機を操作した。そして、いつも通りに留守電のチェックを行うと、雨宮の妻、素子からの1件が入っていた。
『ゴゴ、クジ、サン、プン…… ご無沙汰しております。雨宮の妻の素子です。主人が同窓会に行ったまま、帰宅しておりません。会社も無断欠勤しております。関係する所へは連絡しましたが、さっぱり所在がつかめません。沢田さんにお心あたりはありませんでしょうか?申し訳ありませんが、ご連絡をお待ちしておりますので、よろしくお願い致します…… イジョウ、イッケン、デス』
洋子は、すぐに、雨宮の自宅に電話した。
電話の向こうから聞こえる素子の声は、精根尽き果てた感じであった。雨宮は、社員旅行や出張以外に家を空けたことは無かった。そんな、雨宮が何日も会社を無断欠勤し、家を空けるということは、事件、事故に巻き込まれたとしか思えないということで、素子は、警察へ捜索願いの届けを出していた。また、いつ雨宮から電話があるか分からないので、素子は家を空けられないと言う。
洋子は、次の日曜日に雨宮の自宅に行って、素子に会うことを約束した。
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