第4話 別れ

 大学祭の上映会は、無事に終わった。

そして、映画サークルは解散した。

洋子のアルバイトは、クリスマスを前に大忙しであった。伯父からは、映画が完成したのだから、アルバイトをやめて、本来の勉強に励むように言われていた。

したがって、もう、フィルム代を稼ぐ理由も無くなった洋子としても、年末までのアルバイトと決めていた。

 「タンブラー洗うのが、早くなったな」

チーフが、傍らで洋子の仕事ぶりを褒めてくれた。洋子は、タンブラーを一度に3個持って洗う技を習得していた。

 「はい。自分でもそう思います。でも、何個落として割ったか分かりません」

 「この頃、割らなくなったね」

と言ってチーフは、笑った。

 「どうだい、うちに就職しない?」

洋子は、微笑んで

 「お願いするかもしれません」

と曖昧に答えた。すると、チーフは、

 「無理だよな。沢田は、コンピュータの仕事するんだもんな」

と笑いながら、奥へ煙草を吸いに行った。寒い季節になると、オーダーにホットチョコレートが多く出るようになり、洗い物は、大変であった。洋子は、例のルージュ事件が再発しないように注意していた。

 夜の9時を回って、客の数も少なくなり、洗い物が一段落した。そろそろ、洗い場の片付けと掃除のフェーズに移行しようとしていた。

洋子が、ふと顔を上げて、カウンター越しに店内を見ると、こちらに向かって笑顔で手を振っている女性がいた。店内が薄暗いので目を凝らして良く見ると、その女性は、里奈であった。落ち着いた色合いの花柄のワンピースを着ていたので、大人っぽく見えた。洋子も小さく手を振った。

すると、里奈の前に座っていたスーツの男性が振り返って、洋子にお辞儀をした。

洋子は、その男性が里奈の彼氏であることを後で知った。


夜の10時過ぎに、アルバイトを終えた洋子が、従業員通用口から外に出ると、そこには、里奈が待っていた。

 「先輩、お疲れ様でした!」

洋子は、驚いて里奈に言った。

 「今まで待っていたの? 寒くなかった?」

 「閉店まで粘っていたんです。彼は、先に帰ったけど……」

 「里奈ちゃん、さっきの人、彼氏なの?」

里奈は、嬉しそうに頷いた。

二人は、シャッターの閉まった店舗ばかりの続くアーケード商店街を駅に向かって歩いた。

 「先輩、私、中退しようかなって思っているんです」

 「どうして? もったいないでしょ? 卒業しなくっちゃ」

洋子は、もしかして理由は彼氏にあるのか?という問いを飲み込んだ。

 「この先、大学を卒業して、会社に就職するのも良いけど、今、得られた幸せって今使わなくては、いけないと思うんです」

 「でも、そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

 「彼が好きなんです」

 「彼氏は、待てないの? 里奈ちゃんが卒業するまで」

里奈は、大きく頷いた。

それから、洋子は、彼氏が有名百貨店の営業で、里奈がアルバイトにより知り合ったことを聞いた。

洋子は、成就できなかった雨宮と紗枝子の愛を思い出していた。

紗枝子は、あの夏の日に雨宮と燃えるような恋をしていたのだろうか。洋子は、まだ、恋と呼べる恋をしたことがなかった。あの時、紗枝子に対して嫉妬心を持ったのは、自分が恋を知らなかったからなのだろうか。今、里奈は、恋をしていた。洋子は、妹のように思っている里奈に対して、姉のようなアドバイスが自分には出来ないと感じた。

二人は、駅に着いた。

 「里奈ちゃん、今夜、私の所に来る?」

洋子は、あえて笑顔を作って、その顔を里奈に向けた。

 「ありがとうございます。今夜は、帰ります」

 「じゃあ、また、今度ゆっくり会って、おしゃべりしようね」

 「はい。彼に私のお姉さんのような先輩を、見せたかったんです」

里奈は、洋子に頭を下げると、洋子とは、反対側のホームに歩いて行った。


 その後、里奈から電話があり、里奈が大学を中退したことを知った。そして、彼氏とは同棲しているとのことであった。

里奈は、洋子から次第に離れていった。

洋子は里奈を失ってしまったと思った。それは、紗枝子を失った気持ちとは異質のものであった。妹のように思っていた里奈に洋子は、恋をしていたのだろうか。同性でありながら里奈を独占したいという気持ちが少しずつ洋子の心を凌駕していった。洋子は、里奈を抱きしめたかった。しかし、里奈のことをどうすることも出来なかった。

結局、洋子は、里奈に対する気持ちを捨てるしか無いと考えた。それこそ、窓ガラスに映った女が言っていたように、

『そうよ。何にも頭があれば、尻尾はあるの』

という言葉が洋子自身の恋愛観となっていったのだった。


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