第4話:うちの文芸部は来客が多い(4)

◇◇◇


「まずは自己紹介しますね。私は2年の山下良子やましたりょうこです。野球部でマネージャーをしてます」

「へぇ、マネージャーなんだね。スポーツする側の人だと思ってたから意外だな」

「してそうですか?よく吹奏楽部っぽいって言われますよ」


山下さんは髪型をポニーテールにしており、言われてみれば吹奏楽部っぽくも見える。

まあ、吹奏楽部も体育会系みたいなものだしな。


「頼みたいことっていうのはズバリ恋の相談です。私ではなく友達のですけど」


友達の恋の相談か。…まさかな。


「その友達っていうのは?」

奥野友香おくのゆかっていう、私の一番の親友です」

「…なるほどね。奥野さんの恋を成就させたい、と」


オレはこのとき内心かなり焦っていた。

…いや、そんな偶然が起きるはずない。


「それで奥野さんが好きな相手というのは?」

「…うちの野球部の3年の佐竹亮平さたけりょうへいくんです」


佐竹くんか。…おいおい、マジか。

これはいよいよマズいことになってきた。


「奥野さんが佐竹くんを好きっていうのは本人から直接聞いたの?」

「いえ、実はちゃんとは確かめてないんです。でも友香が佐竹くんを好きなのは普段の様子からして間違いありません」


山下さんは自信満々に言い切る。

こちらとしてはその直感が正しいことを祈るばかりだ。


「ちなみに奥野さんと佐竹くんは知り合いなの?」

「2人は幼稚園からの幼なじみで家が近いんですよ。まるで漫画みたいな話ですよね」

「…確かにね。現実でもそんなことあるんだな」


今まさに男女の幼なじみより珍しい事象が発生しているのだが、山下さんには口が裂けても言えない話だ。


「他には何か私に聞いておきたいことはありますか?」

「山下さんから見て、佐竹くんがどんな人なのか知りたいかな」


オレは考える仕草をしている山下さんの一挙手一投足を観察する。

これは目の前の山下さんの反応を見るための質問だ。


「そうですね…、無口だけど気配りがうまい人、ですかね」

「へぇ、どうしてそんな風に思ってるの?」

「うーん、色んなエピソードがあるんですけど、たとえば試合の後みんなでご飯食べに行くときとか、佐竹くんシレッとサラダを取り分けたりするんですよね」

「女子力の高さがうかがえるな」

「そーなんですよ、私の仕事を奪わないでほしいです」


山下さんはプクッとふくれっ面になる。

しかし佐竹くんを本気で嫌っているようには見えない。

もう少しつっ込んだ話も聞きたいところだが、今踏み込むのはリスキーか。


「ありがとう。現時点で聞きたいことは以上かな」

「わかりました。では相談の件、よろしくお願いします」


その後、進捗共有のために山下さんと連絡先を交換した。


◇◇◇


「なるほど、そうやって水野先輩は女子の連絡先を着々と増やしてるんですね」

「今の話で一番気になるポイントそこなんだね、月島さん」


奥野さんと佐竹くんの名前を伏せたまま相談内容を話した結果、月島さんから予想外の手厳しい意見が飛んできた。


「…私はまだ疑ってますから。協力するフリして相談者をわざと失恋させ、傷心につけ込んで手籠てごめにし、何人もの女子を泣かせてきたんじゃないですか?」

「なおちゃんは漫画やドラマの見過ぎだよ〜。水野くんがそんな腹黒ドSキャラに見える?」

「いえ、穏やかで人畜無害そうな人に見えます。…ですが何を考えているのかいまいち読めない人だな、とも思ってます」


そんな印象を持たれていたのか。

だが当たらずとも遠からずかもしれない。

秋谷にも月島さんにもすべてを打ち明けてるわけじゃないしな。


「それにしても優しい人だよね、山下さん。友達のためにわざわざ水野くんに相談しにきたわけでしょ」

「それ思いました。山下さんのお友達は幸せものですね」

「…そうだね。オレも心温まる話だと思う」


そのとき秋谷の視線が一瞬鋭くなったように感じた。


「水野くん、何か隠してるでしょ?さっきから表情が固いよ」


顔には出してないつもりだったんだけどな。


「…ちょっと今回の相談は対応が難しくて困ってるんだよね」

「へぇ、どうして?たしかに今回は少し変わったケースだけど、やることは普段と同じなんじゃないの?」


下手に嘘をでっち上げても誤魔化せないだろうな。

オレは観念してすべてを打ち明けることにした。


「実は昨日も別件で恋愛相談を受けてたんだ」

「へぇ、2日連続なんて珍しいね」

「うん、しかも相談内容も今日と同じようなものだった」

「つまり昨日も友達の恋を成就させたいという相談を受けたってことですか?」

「その解釈で合ってるよ」


そこで秋谷はハッと息を飲み、こちらに目線を送ってきた。

どうやらオレが困っている理由を一足先に突きとめたらしい。


「…いやいや、そんなことってある?」

「オレも今日ばかりは自分の耳を疑ったよ。だけど冷やかしにしても意図が読めないだろ?」

「実は秋谷くん狙いだったりするんじゃない?」

「だとしても2人がここまで同じタイミングで相談にきたのが謎なんだよな」

「ちょ、ちょっと待ってください!さっきから二人ともなんの話をしてるんですか?私を置き去りにして話を進めないでください!」


月島さんが割って入ってきたことで、改めて秋谷の察しの良さに気づかされる。

付き合いが長い分、とくにオレの考えは高い確度で予測できるのかもしれないな。


「ごめんごめん、先走っちゃったね。それで水野くん、昨日の相談はどんな感じだったの?」


秋谷は月島さんが理解しやすいように話を戻してくれた。


「ああ、昨日の相談者は例の山下さんの友達。山下さんと野球部の3年生が付き合えるようにしてほしいんだってさ」

「え、その野球部の3年生ってまさか…」


どうやら月島さんも気づいたらしい。


「そのまさかだよ。今日相談にきた山下さんが友達とくっつけようとしている男子と同じ人だ」


まとめると、山下さんは奥野さんと佐竹くんが付き合うことを望んでいて、奥野さんは山下さんと佐竹くんが付き合うことを望んでいるという状況だ。


「三角関係でお互いがお互いに譲り合ってるってことですよね。そんなことって…」

「ふつうは考えられないことだよね。だからこの話にはきっと

「オレも秋谷と同意見。お互いが示し合わせることなく、同じ時期に同じ内容の相談をするなんて偶然があるとは思えないからね。だから動き方がムズいんだよな」

「なるほど、どちらの相談を優先するかという問題だけでなく、も考えて動かないといけないから水野先輩は悩んでいるんですね」


まさに月島さんの言う通り、今回の一連の相談の問題点は二つある。


一つは奥野さんと山下さんの相談のうち、片方を達成するともう片方が達成困難になる点だ。

佐竹くんが両方と付き合えばどちらの相談も達成できるが、それは奥野さんと山下さんの本意ではないだろう。


もう一つの問題点は、月島さんが言うところのを考えながらどちらの相談を達成するか決めないといけない点だ。

たとえば奥野さんが嘘をついていて、本当は山下さんが佐竹くんのことを好きでない場合、山下さんと佐竹くんをくっつける意味がなくなる。


「水野くんはどうするつもりなの?」

「とりあえずはいつも通り、できることを地道にやってくよ」


まずは奥野さん、山下さん、佐竹くんの三人のことをもっとよく知る必要がある。

彼らがそれぞれどんな性格でどんな関係性なのかはおさえておきたいところだ。

今日からさっそく探りを入れてみるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたの恋、成就させます こんにちは世界 @naki001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ