第3話:うちの文芸部は来客が多い(3)

部活の後輩ができたことはオレも素直に嬉しい。


「月島さん、改めてよろしくね。入部届はオレから顧問の先生に出しておくから」


そう言って月島さんから入部届を受け取る。


「ありがとうございます。顧問の先生は誰なんですか?」

「歴史の石川先生。まあ、部活にほとんど顔出さないけどね」

「来てもやることなさそうですもんね。…てことは本当にずっと2人で部活をされてたんですね」


月島さんは秋谷とオレを交互に見つめる。

何か気がかりなことでもあるのだろうか。


「なおちゃんの言いたいことはわかるよ。先輩しかいない中で部活になじめるか不安なんだよね?」


…それは違うだろう。


「それは違います。ま、本当にそうならすぐわかるか…」

「え?どういう意味?わたしの読解力が足りてないだけ?」

「安心して、秋谷。オレもさっぱりわかってないから」


月島さんの感情や思考をわずかな言葉から推しはかるには、まだ出会って日が浅すぎる。

これから少しずつ仲良くなる努力をしていこう。


◇◇◇


その後、4月の活動計画について3人で話し合った。

結果として、新入生の勧誘、共同劇の企画書作成、脚本の制作を並行してバランスよく進めていく方針となった。


今日の残りの時間は、新入生をどうすれば獲得できるかのアイデア出しを行うことにした。


「入部してくれたらテストの過去問を一教科プレゼント。さらに別の新入生を紹介してくれた人には、その人の紹介経由で入部した人数に応じて別教科の過去問をプレゼントするっていうのはどうだろう」

「なんだか怪しいビジネスみたいですね…」


割といい案だと思ったんだけどな。

まあ、先生にバレたら色々と問題になるか。


「じゃあ、入部してくれたら特典でなおちゃんかわたしとツーショット写真が撮れるっていうのは?」

「今度はアイドル商法ですか…。ていうか、見ず知らずの人と写真を撮るなんてイヤですよ」

「慣れたら楽しいと思うけどな〜。それに良い脚本を書くには色んな経験をしておいた方がよくない?」

「それは一理あるかもしれませんけど…。そもそも大切なのは文芸部に興味がある人に入ってもらうことじゃないですか?先輩たちの案で集めた人は入ってもすぐに幽霊部員になってしまう気がします」


それはオレも秋谷も薄々わかってはいた。

新学期が始まる前にも2人で散々意見を出し合ってきたからな。


しかし、2年がすべて幽霊部員の惨状からして、文芸部に興味をもってくれそうな新入生がいるとは思えないんだよな…。

若者の活字離れはいよいよ深刻のようだ。


そんなことをつらつら考えていると、部室の扉がノックされた。

私が開けます、と月島さんが真っ先に立ち上がる。

なんだか最近は毎日文芸部に誰か来てるな。


「水野先輩、先輩に用があるみたいですよ」


月島さんの後ろには、オレを訪ねてきたという2年の女子生徒がいた。

残念ながら文芸部に興味があって来たわけではなさそうだ。

オレは心の中でため息をつく。


「秋谷、ごめんなんだけど…」

「うん、なおちゃんには事情を話しとくね。なおちゃん、ちょっと出よっか」


秋谷は月島さんを部室から出るように促す。

こういうとき秋谷は察しがよくて助かる。


「え?どういうことですか?なんで私たちが出るんですか?」

「後でちゃーんと説明するから。ほらほら行くよ〜」


困惑している月島さんの背中を秋谷はグイグイ押していく。

パタン、と扉が閉まり、部室にはオレと2年の女子生徒だけになる。


「ごめんね、バタバタしてて」

「あ、いえ、こちらこそ突然来てしまって申し訳なかったです…」

「うん、部活中に来られると少し困るから今後は時間と場所を選んで来てくれるとありがたいかな」


この台詞を今年度は何回言うことになるんだろうな。

2年の女子生徒は、以後気をつけます、と言ってガバッと頭を下げた。

どうやらこの子は運動部っぽいな。


どうぞ、とついさっきまで月島さんがいた場所に座ってもらった。

秋谷と月島さんを長々と待たせたくないので早速こちらから切り出す。


「それでオレに用っていうのは?」

「はい、今日はを聞いて頼みたいことがあって来ました」


やっぱりそういう話か。

さて、今回は一体どんな相談内容かな。


◇◇◇


「水野先輩のもう一つの噂、ですか?知らないですけど…」


部室のそばの踊り場で、わたしとなおちゃんは中の用事が終わるのを待っていた。

なおちゃんは部活を中断されて不機嫌そうにしている。


「主に女子の間で広がってるんだけどね、学校のカップルの1/3は水野くんのおかげで成立した、なんて噂があるんだよ」


この噂の出どころはたぶん演劇部うちの部長なんだよね…。

校内に知り合いの多い彼女が自信満々に話すものだから、みんな多少なりとも信じて広めてしまうんだろうな。


「…にわかには信じがたい話ですね」

「あはは、まあそうだよね。だけど、水野くんがこれまで色んな恋愛相談を受けていて、カップルを成立させてきたのは本当なんだよ」


その姿をわたしはずっとそばで見てきた。


「さっきの人みたいに、部室によく相談者が来るんですね」

「あれは月に一度は見る光景だね。わたしは水曜と金曜しか文芸部に来てないから、実際にはもっと多いと思うけど」


水野くんに聞いた話では、土日に相談を受けることもあるらしい。

「複数の女子生徒をたぶらかしている」という噂の方は、水野くんがフードコートやファストフード店で女子の相談者と話す姿を見た人たちが広めたんだろう。


「事情は理解しました。…ですが私たちが追い出されるのはやっぱり納得できません!そういう相談は部活が終わった後にすべきじゃないですか?」

「うん、私もそう思うよ。だけど部活終わりは水野くん塾あるし、スマホもってないから夜に通話でっていうのもなかなか難しいんだよね」

「なるほど。それなら朝の始業前や昼休憩のときにでもって言いたいとこですけど、水野先輩にも予定がありますもんね。…なんでニヤニヤしてるんですか?」


ありゃ、顔に出てたか。


「なおちゃんって怒っててもちゃんと相手の立場になって考えるでしょ?そこがすごくいいな〜と思ってね」


なおちゃんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。

そしてプイっと顔をそらす。照れてるのは明らかだ。

コロコロ表情が変わってほんとかわいいな〜。


「雪先輩は…なんかズルいです」

「それ、よく言われるんだよね、なぜか」

「無自覚ですか…鏡を見たら答えが映りますよ」

「え、どゆこと?もっとわかりやすく説明してよ〜」


そのとき、ガチャッと扉が開く音がした。

そして失礼します、という女子の声。

どうやら相談は終わったようだ。


部室に戻ろう、となおちゃんに目で合図を送って階段を上る。

階段の途中でさっき部室に訪れてきた女子とすれ違う。

彼女はわたしたちに深々と頭を下げて降りていった。


「ただいま〜」

「ああ、おかえり」


部室に戻ると、水野くんは何かを考え込んでいるようだった。


「雪先輩から事情は聞きました。恋愛相談を受けていたんですよね」

「うん。ごめんね、部活中に迷惑かけて」

「いえ、水野先輩は悪くないと思います。…ですが申し訳ないというなら、どんな相談だったのか教えていただけませんか?話せる範囲でいいので」


部活を邪魔されるのはしょうがない。その代わり相談内容は聞かせてもらう。

なおちゃんはそうやって自分と折り合いをつけたようだ。


「…わかった。ここだけの話にしてね」


そう前置きして、水野くんは語り始めた。

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