第2話:うちの文芸部は来客が多い(2)
ニヤニヤしながら秋谷がこちらを見つめてきた。
どうやらオレの口から答えを引き出したいらしい。
ここは乗っておかないと、後々文句を言われそうだ。
「…実はそうなんだよ。秋谷以外はまったく眼中になくってね」
「ありがとう。私も水野くん一筋だよ」
秋谷は照れることなくサラッと言ってのける。
こういうところはさすが演劇部だ。
「お、おぉ…、いいですね!彼氏が同じ部活にいるのってすごく憧れます!どっちから告ったんですか?」
「水野くんだよ」
「ほうほう。え、なんて言って告白されたんですか?」
「それはここでは言えないなあ〜。でもふだん感情を表に出さない水野くんがあんな情熱的なことを言ってくれるとは思わなかったよ」
「ええー、そんなの言われたらめちゃくちゃ気になるじゃないですか!教えてくださいよ、水野先輩!」
月島さんの興味の矛先がこちらに向く。
秋谷も満足しただろうし、このあたりで切り上げさせてもらおう。
「月島さん、言い忘れてたけど秋谷はね、演技がとても上手いんだ」
「え、そりゃあ、演劇部ですもんね…」
彼女はキョトンとしていたが、ほどなくしてオレの真意に気づいたようだった。
「嘘だったんですね…。秋谷先輩のことも、もう信じられません!」
「も」ということはオレはとっくに信じられてなかったらしい。悲しい話だ。
「ごめんごめん。月島ちゃんが可愛くてつい、ね。許してほしいな」
秋谷は両手を重ねて月島さんに上目遣いでウインクする。
うっ、と月島さんがたじろぐ。効果は抜群のようだ。
「…わ、わかりました!もう変な嘘つかないでくださいね」
「はーい。月島ちゃん、やっさし〜」
月島さんはこの先もからかわれそうだな。
さっきあえて言わなかったが、秋谷は女子にかなりモテる。
これまでオレが本人の代わりにラブレターを渡した回数は、両手の指では数えきれない。
文芸部の部室に女子生徒が告白しにくることも少なくない。
ショートカットで中性的な顔立ちも相まって一部では王子様とよばれてるらしい。
月島さんは部室にある時計をチラッと見上げた。
「では、用も済んだので今日はこれで帰らせていただきますね」
「そっか、またいつでも遊びに来てね」
「うん、秋谷のように兼部でも大歓迎だから」
「はい、本日はお時間いただきありがとうございました」
入ってきたときと同じように失礼します、と軽く一礼して月島さんは帰っていった。
部室に静けさがもどる。
「いい子そうだったね、月島ちゃん」
ポツリと秋谷がつぶやく。
「そうだね。ぜひ入ってほしいとこだけど、望み薄かなぁ」
「あはは、私たち好かれてなさそうだったね」
「秋谷の方は自業自得でしょ。あ、そういえばさっきはありがとね」
「ん?どして?」
「あの嘘、月島さんの関心をオレの悪評から逸らすためについたんだろ?」
あのとき秋谷は悪い空気を変えようとしてくれたのだ、と今ならわかる。
まあ、月島さんをからかいたかったのもあっただろうけど。
秋谷は目を見開いて、微笑を浮かべた。
「どういたしまして。それよりよかったの?色んな誤解をとかなくて」
「…別にいいよ。これっきりの関係なら誤解されてても困らないし、深い関係になるならおのずと誤解もとけるでしょ」
「…ほんと達観してるよね、水野くんは。それじゃ、私もぼちぼち部活に行こうかな」
「うん、また明後日に」
秋谷は部室を出ようとしたとき、顔だけこちらに向けてきた。
「月島ちゃん、きっとまた来るよ」
「どうしてそう思うの?」
彼女はニッと笑う。
「女のカンだよ」
◇◇◇
二日後の水曜日。
文芸部の部室で秋谷と話していると、彼女の予想通り月島さんがまたやってきた。
しかもその手には入部届が握られている。
「2日ぶりだね。文芸部に入部するってことでいいのかな?」
「正直に言えば、水野先輩にはまだ不信感があります。…ですがここなら自分がやりたいことをできると思ったので」
「月島さんは大人だね。文芸部でやりたいことっていうのは?」
月島さんはそこで姿勢を正して一呼吸置いた。
「─私は脚本を書きたいんです」
「昨日、演劇部にも見学に来たんだよ、月島ちゃん。そこで例の件を話したの」
秋谷の補足のおかげでオレは月島さんが入部を決めた理由を理解した。
「なるほど、月島さんは文化祭で発表する演劇の脚本を書きたいんだね」
月島さんはコクリと頷く。
うちの中学校では毎年9月に文化祭が行われる。
そこで文化系の部活がそれぞれ発表を行うのだが、今年は演劇部と文芸部でタックを組んで劇を作ろう、という企画が進んでいる。
文芸部が劇の脚本を書き、演劇部が演じる、というのが大まかな役割分担だ。
ちなみに生徒会に提出する共同劇の企画書はオレが一人で書いている。
演劇部の部長はコミュ力はとても高いのだが、文章力は壊滅的なのだ。
「一つ先に確認したいんですけど、もし私が文芸部に入部したら脚本の執筆にたずさわることはできますか?」
「もちろん。もしやりたいなら脚本のすべてを月島さんに任せるし、一人で全部考えるのが大変だったらオレも秋谷も協力を惜しまないよ」
秋谷が力強く頷いてくれた。
「それに恥ずかしい話、新入部員の力を借りないと脚本が完成するか微妙なんだよね」
秋谷はさらに力強く頷いた。
「え、文化祭ってたしか9月ですよね。今まだ4月ですよ?」
「それについては私から話すね。文化祭はたしかに9月なんだけど、劇の練習時間が必要だから少なくとも7月中旬には脚本がほしいんだよね」
「だとしてもまだ3ヶ月はありますよね?秋谷先輩は演劇部とかけ持ちで忙しいにしても、他の部員の方々が協力して取り組めばできそうなものですけど…」
まあ、常識的に考えれば3ヶ月あれば十分だと思うよな。
「そうだね。他の部員がいればよかったんだけど、残念ながら文芸部は私と水野くん以外みんな幽霊部員なの」
うちの中学校は部活の参加が義務付けられている。
だが、様々な理由で部活に所属したくない人が毎年一定数存在する。
文芸部は伝統的にそういった人たちの受け皿になっているのだ。
「月島ちゃんの言うとおり私は演劇部で忙しいから、このままだと水野くんがほぼ一人で脚本を作ることになるんだよね」
「なるほど、たしかに一人では少し大変かもしれませんね。中学校はテスト期間などもありますもんね」
「うん、それに水野くんは部活とは別の活動もしてるからね…」
それについては秋谷にも迷惑をかけていて申し訳ない。
「へー、そうなんですね。水野先輩、何か習い事でもされてるんですか?」
「そんなところかな」
秋谷のいう別の活動というのは習い事ではないのだが、説明が面倒だったのでそういうことにしておく。
「諸々の事情は把握しました。部員が実質2人だったのは驚きでしたけど、部活をするのに支障があるわけではなさそうですし、文芸部に入部しようと思います」
それを聞くやいなや、秋谷がガバッと月島さんに飛びついた。
「入ってくれるの!?すごく嬉しい!これからよろしくね!!」
「あ、あの、秋谷先輩?ちょっと距離が近いです…」
「月島ちゃん、下の名前は尚美だったよね。なおちゃんって呼んでいい?」
「距離感の詰め方が急ですね。…好きなように呼んでいただいて結構です」
「ありがと〜。私のことも雪先輩でいいからね」
月島さんは
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