あなたの恋、成就させます

こんにちは世界

第1章:離れることがわかっていたら

第1話:うちの文芸部は来客が多い(1)

体育館と校舎をつなぐ渡り廊下。

雪降る校庭をながめつつ、オレは静かに失恋の痛みに耐えていた。

わかってはいたことだが、いざ現実になるとやっぱりショックだな。


前を歩く少女がくるりと振り返る。

オレは一切の感情を表に出さないように努める。


この子にだけは絶対に隠し通さなくてはならない。

彼女にとってオレの気持ちは舞台裏。知る必要のないことだ。


「そーたも早く自分の幸せを見つけてね」


あのときの彼女は、ふだん舞台の上で見せる真剣な顔をしていた。


◇◇◇


目が覚めると、そこは文芸部の部室だった。

窓の外にある桜の木をみて、先ほどまでの情景が夢だったことに気づく。


夢といっても悪夢。過去に実際に起きたことの追体験だった。

密かに失恋した日の記憶。いい加減、ふっきらないとな。


オレはグッと体を伸ばして、目の前に置かれた企画書をぱらぱらとめくる。

そう、これをまとめているうちに寝落ちしたんだった。

作業を再開しようと筆箱からシャーペンを取り出す。


と、同時に部室のドアが開く。

そこには同級生で同じ部活の秋谷がいた。

オレは開いていた企画書をそっと閉じる。


「あれ?今日は演劇部の方じゃなかったっけ?」


彼女は文芸部と演劇部をかけ持ちしている。

今日は演劇部の練習がある日のはずだ。


「うん。企画書の進捗を確認したくて寄っただけ。すぐに出るつもり」

「ああ、それで」


今オレが作っている企画書は、演劇部にも深く関係している。

進捗状況を部員に伝えるために部活の前に立ち寄ったというところか。


「それで、現状どんな感じ?」

「ある程度まとまってきたよ。今月末までには生徒会に提出できると思う」


そういって文字がそれなりに埋まっている企画書の1ページ目を見せる。

…まぁ、企画書の2ページ目以降はほとんど白紙なんだけどな。

しかしそれを知ったら彼女は自分も手伝うと言い出しかねない。


「そっか。水野くん1人に任せきりにしてごめんね」

「気にしなくていいって。秋谷には演劇部もあるんだし」

「うん、ありがとう。今年こそ新入部員たくさん入るといいね」


新学期が始まって早一週間。

たしか今日から新一年生たちの部活選択が本格的に解禁されるんだったな。


「だね。最低でも一人か二人はほしいな」

「何日か待って誰もこなかったらどうする?ビラ配りでもする?」

「そうなったときにまた対策を考えよう」


それもそうだね、と秋谷は答えた。


そのとき、コンコン!と部室のドアが強めにノックされる。

彼女と顔を見合わせる。

オレが開けるよ、とジェスチャーを送り立ち上がる。


「噂をすれば影、かな?」

「…だといいんだけどね」


いかんせん、この部室には文芸部以外の生徒もよく訪れるのだ。

オレはあまり期待せずに扉を開く。


そこにはメガネをかけた真面目そうな女子生徒が立っていた。

襟についている校章の色から、新入生であることがうかがえる。

オレの顔を見ると、彼女は警戒するようにこちらを見返した。


「新入生の子だよね。文芸部の見学希望かな?」

「いえ、今日はあなたに聞きたいことがあってきました」

「へぇ、一体なんだろう?せっかくだし中で話さない?」


失礼します、と軽く一礼して彼女は部室に入ってきた。

なんとなくだが、オレはこの子に悪い印象をもたれている気がする。

入部希望者かはわからないが、文芸部にも待望の新入生がやってきた。


◇◇◇


三者面談の形でオレと秋谷は机をはさんで新入生と向かい合った。


「今日の部活紹介でも話したけど改めて自己紹介するね。オレは三年で文芸部部長の水野颯太みずのそうた。で、こっちが」

「同じく三年で文芸部副部長の秋谷雪あきやゆきだよ。よろしくね。あなたのお名前は?」


秋谷がにこやかに新入生に話しかける。

こうした先輩らしい秋谷の姿は新鮮だ。


「一年の月島尚美つきしまなおみといいます。秋谷先輩は演劇部にも入られてますよね?」

「よく知ってるね。ああ、部活紹介はわたし、演劇部の方で出てたからか」

「はい、演劇部でも副部長をされてるんですよね」

「うん、ふだんは水金が文芸部でそれ以外は演劇部なんだ〜」

「部活の両立って大変じゃないですか?どちらも副部長をされてますし」

「全然大したことないよ。文芸部の方は水野くんに頼りきりだしね」


秋谷がこちらにアイコンタクトを送ってきた。

話に入るきっかけを作ってくれたのだろう。

正直、女子2人の会話に入りにくかったので助かる。


「オレは文芸部だけだからね。それに謙遜してるけど秋谷のおかげですごく助かってるよ」


これはお世辞ではなく本音だ。

今進めている企画も、秋谷がいなければ動き出すことはなかっただろう。


秋谷がかすかに微笑む。

それを見た月島さんはオレに鋭い視線を向けてきた。


「…なるほど、水野先輩は優しい方なんですね」


褒め言葉、ではなさそうだ。

月島さんの言葉にはどこか皮肉めいたニュアンスを感じた。

そろそろ秋谷は演劇部の方に行きたいだろうし、本題に移るとしよう。


「それで、オレに聞きたいことって何?」

「単刀直入に聞きますね。水野先輩は文芸部をどうしたいんですか?」

「…そうだな、部長として活動を盛り上げていきたいと思ってるよ」


ふわっとした質問だったので答えもぼんやりとしたものになる。

この質問はおそらく前座。本当に聞きたいことは別にあるのだろう。


「そうですか、じゃあどうして今日の部活紹介で文芸部に興味がない人も歓迎するようなことを言ったんですか?」

「ああ、水野くんが体育館をお通夜みたいな空気に変えたアレね」


秋谷の言葉でオレも合点がいった。部活紹介の最後に言ったアレのことか。


「それです。『文芸部は幽霊部員が多いです。なのでやりたいことがない方にもおすすめです』って何ですか?真面目に文芸部の活動をしたい人にはいい迷惑です!」


月島さんが声を荒げて問い詰めてきた。

この子は真剣に文芸部でがんばりたいと思っているんだな。

わずかだが罪悪感を覚える。


「不快な気持ちにさせてしまったことは謝るよ。ごめんね」


オレがすんなり謝ったことに月島さんは少し面食らった様子だった。

彼女はコホン、と咳払いする。


「何か弁解があるならお聞きしますが」

「とくにないよ。全面的にオレが悪かったと思ってる」


秋谷が何か言いたげな顔をしていたが、それを目で制止する。


「…そうですか、わかりました。こちらこそ生意気を言ってすみませんでした」


月島さんが深々と頭を下げた。見た目どおりの真面目な子だな。


「ところで月島ちゃんは文芸部に入る気はないのかな?」


秋谷がちょうど聞きたかった質問をしてくれた。

それに対して月島さんは、どう答えるべきか迷う素振りを見せた。

オレの方を横目で見つつ、ためらいがちに口を開く。


「興味はあります。…ですが入部するかはまだ決めかねてます」

「他の部活と迷ってる感じ?」

「いえ、その…水野先輩の悪い噂を聞いたので。複数の女子生徒をたぶらかしている、だとか…」


その噂はオレも人伝ひとづてで耳にしたことがある。

だから月島さんは部室に入る前からオレを警戒してたんだな。


秋谷の方を見ると、悲しげな表情を浮かべていた。

しかしすぐに不敵な笑みへと変わる。

ああ、これはマズイな。オレは直感的に嫌な予感がした。


「その噂はデマだから安心して。だって水野くんにはわたしがいるんだから」

「えっ、もしかして二人はお付き合いされてるんですか!?」


さっきと打って変わって月島さんは目を輝かせる。

女子ってほんと、この手の話題が好きだよな…。

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