異世界転移は突然です

ブルーなパイン

短編 異世界転移は突然です

 オレの名前は一半 仁ひとなかば じん


 どこにでもいる大学1年生だ。

 朝起きて大学に行って帰って寝る、平日は毎日これ。


 休日は本屋や映画館、ゲームセンターに費やしている。


 ハッキリ言ってつまらない。変わったことがなく同じことを毎日繰り返している様な感じだ。


 もちろん彼女なんてものはできたことがない。

 できていたら今日もこうしてカップラーメンをすすりながら録画した深夜アニメを見ることもないだろう。


「バイトでも始めたら何か変わるのかな」


 誰もいない部屋で一人寂しく呟く。地元を離れて一人暮らし。仲の良い友人は皆地元の大学に通い、会社で働いてるヤツもいる。


 大学には少し話すぐらいの知り合いがいるぐらいで、休日にどこか出かけるような間柄でもない。


「はあー、サークルでも入ればよかったのかなー。でも今さら入ってもなー。ん?」


 突然座っている床が青白いの光を放つ。オレは慌てて立ち上がった。


「何だよ、これ……」


 青色の光は輝きを増し、オレは手で目を覆った。次第に光は収まる。何だったんだ……


「やったー成功したわ!アタシが本気を出したらこんなもんよ!」


「え?」


 目を開けたら中学生くらいの女の子が両手を伸ばして喜んでいた。


 茶髪のショートできらびやかな黄色いドレスを着ている。アニメに出てくるお嬢様みたいだ。いつの間にオレの部屋に潜り込んだんだ?

 待てよ、これまずくないか?確か未成年を家に泊めたら誘拐とかの罪になるんじゃないのか?


「異界から来た者よ、アタシはグナイル王国第三王女の ミディーラ、こうべを垂れて忠誠を誓いなさい!」


「えっと親とはぐれたのかな?君どこから来たの?」


「子供扱いしないで。それに来たのはあなたの方よ」


 女の子はオレに指を指して言った。その言葉でふと我に帰る。

 混乱して気が付かなかったがここはオレの部屋じゃない。大きなベッドにふかふかの赤い絨毯、どこかの豪邸の一室みたいだ。


「えっと……オレが君の部屋に来た?」


「そうよ」


「何で?」


「アタシが呼んだから」


「うーん?ってことは、オレが誘拐したんじゃなくてオレが誘拐された?」


「誘拐?何それ?アタシはただこの魔導書であなたを召喚しただけよ」


 女の子の手元には分厚い古びた黒い本がある。

 床が青白く光って気付いたら見知らぬ部屋と人。召喚したという発言……


「光栄に思うことね。このアタシに呼ばれる――」


「誰か助けてくれー!!」


「うるさいわね!理解力低すぎないかしら!!」


「だってアレだろ、あの一度来たら魔王とか倒さないと帰れないやつでしょ?無理無理無理、倒せるわけないから、死ぬから一瞬で、スライムとかで死ぬから」


「魔王なんて当の昔に滅んだわよ。それに帰れるわよ」


「帰れる?今すぐに?」


「うん」


「早く言ってよー無駄にビビッて損したわー」


「勝手に不安になっただけじゃない!」


 焦ったー。よく分からない冒険に行かされるのかと思ったわ。戦いとか絶対向いてないし。そもそもテレビもスマホもない世界で生活するの無理だし。ん?待てよ?


「じゃあ何でオレ呼ばれたの?」


「証明する為よ。アタシでも召喚魔法が使えることをね」


「アタシでもって、オレ以外にも召喚された人がいるのか?」


「さっき言った魔王ってのを倒したのが異界人なのよ。アタシが使用人に言ったの。召喚魔法とか楽勝でしょって、そしたら半笑いであまり調子に乗らないでくださいって言ったのよ!どう思う?アタシ王女よ?偉いのよ?なのに何で使用人にそんなこと言われないといけないわけ!!」


 めっちゃ、私的な理由じゃん。証明する為に呼ぶとかオレの扱い酷すぎない?


「こんな話はどうでもいいのよ。さっさと使用人にあなたを見せて終わりよ。ん?それ何?」


 女の子の視線が下に向く。視線を追うとオレがさっきまで食べていたカップラーメンにたどり着く。

 箸は転がってるもののカップラーメン自体は倒れておらず無事だ。


 慌てて床に置いたから一緒に転移したのか?オレは絨毯の上に置かれているカップラーメンを手に取る。


「カップラーメンだけど」


「かっぷらーめん?異界人の食文化は変わってるわね」


 女の子はカップラーメンをじっと見つめてくる。


「食べる?」


「ま、まあ異界人の食文化を知るのも王女の務めよね。頂くわ下僕」


「誰が下僕だ!」


 女の子は「フォーク持ってくる!」とだけ言い部屋を出た。美味しそうな食べ物を前に嬉しそうな姿を見るとまだまだ子供なのが分かる。いや当たり前か、どこの世界でもどんな身分でも子供は子供なのだ。

 そんなことを考えてると女の子がフォークを手に持ち戻ってくる。


「待たせたわね。早速頂こうかしら」


 女の子は恐る恐るカップラーメンを持ちフォークで麺を絡める。ゆっくりと口に入れて噛み締める。


「美味しい!」


 おお……カップラーメンの美味しさは異世界でも通用するみたいだ。国の王女も満面の笑みだ。


 住む世界が違うオレと女の子がカップラーメンで心を通わせることが出来るなんて……。感動だ、正直この王女の態度にはムカついたが今では転移させれて良かったとまで思える。


「うん?絨毯が青く光って……」


「たぶん時間切れね。私の力じゃ完全に召喚することは出来なかったみたい」


「そうか……じゃあな、面白い体験が出来て良かったぜ」


「うん、じゃ」


 女の子はカップラーメンを手にしたまま、口に入れた麺をすすりそっけなく返事する。口でくちゃくちゃさせながら別れを言う王女を国民はどう思うだろうか。オレはムカつくとしか思わなかった。


 *****


 翌日


 昨日オレは異世界転移をした。世界観は分からなかったが、たぶん見るからに魔法が当たり前で科学文明は発達してない感じだろう。物語なら今頃、魔王討伐の為に美人ヒロインと旅をしているところだろうか。


 まあ凡人のオレにはそんな大役無理な話だけど。


 今日は土曜日で大学は休みだ。友人なし彼女なしの俺はとりあえずスマホゲームで時間を潰している。

 最近はスマホのゲームでも凝ったのが出てきている。


 オレがハマっているのは流行りのサバイバルゲームだ。

 寝っ転がりながらゲームを起動した。


「くっ!なかなかやるな」


 戦場では僅かな挙動が命取りになる。だから動く時には細心の注意を払う必要がある。


 フィールドに残っているのはオレを含めてあと三人。大丈夫だ、落ち着いてやれば一位を狙える。


 敵が遠くで行動しているのを運良く発見する。よし!


 相手は気付いていない。そっと近づけば倒せるぞ。

 こちらに気付かれないようにゆっくりと相手との距離を詰める。


「もらった!あれ……」


 急にスマホの画面が薄暗くなり、エラーの文面が現れる。


「おい!早く戻れよ!原因は何だよ!」


 まずい、このままではられる。

 早く戦場に戻らなければ。

 オレは何度も画面をタップするがエラーの文字は消えない。


「――まったく、大の男が寝転がりながら何してるのよ。情けないわね」


「その声は!」


 スマホ画面から目を離して顔を上げる。

 昨日の王女が鋭い眼差しでこちらを見ていた。


 原因お前かよ!異世界に来たから通信が切れたのかよ!

 いや、落ち着けオレ。さすがに子供の前で怒りを露わにしたらダメだ。


 深呼吸して湧き上がる怒りを抑え込む。

 平然を装い王女の方に向く。


「また呼んでなんか用か?」


「考えてみればまだ使用人にアンタを見せてないのよ。元々アタシが召喚魔法を使えることを証明する為に呼んだんだから役割を果たしなさいよ」


 やっぱりそうだ。この子は王女という身分から周りの人達に散々甘やかされてきたのだ。オレが大人として正すべきだ。


「あのな、人には自分の時間ってものが必要なんだ。だから急に呼んだらその人の時間を奪うってことなんだ。あと人に対して頼み事をする時はもう少し態度をーー」


「その四角いの何?」


「うん、人の話を聞くことも大切なーー」


「ちょっと貸して!」


 王女はオレからスマホを取り上げた。


「おい!今オレ良いこと言おうとしてるんだけど!人の話を聞け!」


「これどうやって使うの?」


 王女はスマホを適当に触り続ける。

 カシャカシャとシャッター音が聞こえる。

 なんで会話にならないんだろう。

 オレの伝えたいこと何一つ伝わってないじゃん。


「つまんないわねー。試しに外から落としたら何か分かるかもー」


 と言いながらスマホを窓の外に持っていく。


「分かったよ!教えるから!」


 王女からスマホを受け取り、しぶしぶ使い方を教える。

 といってもここ異世界だし、電波なんてないし。

 できることと言えばカメラぐらいしか思いつかない。


 スマホのカメラで窓から見える景色を撮ってみる。

 青い空と昔の西洋の街並み、綺麗な写真が撮れた。


「ほら」


 撮った写真を王女に見せる。


「わぁー!なにこれ!すごい!」


 王女はオレの手からスマホを持ち出して、目とスマホがくっつきそうな距離でまじまじと見る。


「おいおいそんなに近いと目を悪くするぞ。もっと離れて見ないと」


 と忠告しても王女の耳には届いていない。

 はいはい分かってますよ。

 まぁでも、こんなに喜んでくれるとこっちも嬉しくなるな。


「異界人の道具はすごいのね!」


「こっちからしたら召喚魔法の方がすごいけどな」


「この景色を残すやつって私にもできる?」


「ああ、できるよ」


 写真の撮り方を教えると王女は楽しそうに部屋中の写真を撮りまくった。

 何がそこまで王女を喜ばせるのか分からなかったが、見てるだけで気持ちが良かった。


 そして、また別れを告げるように絨毯が青白く光出した。


「お別れみたいだな。スマホ返してくれるか」


「そうね。楽しかったわ」


 王女からスマホを受け取る。


「そんじゃ」


「あ、待って」


「ん?」


「すぐにキリを呼んでくるからちょっと待ってて!」


「え、無理だって、だってもう光ってるし。てかキリって誰だ!」


 そう伝え切る前に王女は部屋を飛び出した。

 青白い光が輝きを増し、目をつぶった。


 そして開くと自分の部屋に戻っていた。


「時間切れか。まさかカメラであそこまで喜ぶとはな」


 王女が撮った写真を確認する。


「これは良い写真だ」


 撮れていたのは王女のブレた顔写真。何かのはずみで最初に撮れていたようだ。


 その夜、オレは晴れやかな気分で湯船に浸かっていた。

 いつもと変わらない日常がただただ繰り返されていくのがオレの人生だと思っていた。


 けれど今日はほんの少しだけ充実していたのかもしれない。


「面白かったな」


 あの自分勝手な王女にまた会ってもいいかもしれない。湯気が立ち込める浴室でオレはちょっぴりそう思った。


 ーーその時だった。


 湯船の底が青白く光出したのだ。


「今!ちょっと!ちょっと!まずいよ!それは!今は無理だよ!」


 そしてオレは突然すぎる異世界転移に抗えないまま異世界へと召喚された。


 すっぽんぽんで。


「さすがです王女様。まさか変態をお呼びになるなんて思ってもいませんでした」


 メイド服を着た女性が真顔でそう言った。


 固まった王女と目が合う。


「この変態と昨日も今日も会われていたのですね」


 おい王女。お前が招いたことだろ、なんとかフォローしろ。

 もう取り返しのつかないところまで来てるけど、なんとかフォローしろ。 


 オレの立場になって考えてみろ。風呂で気持ち良くなってただけなのに、一瞬で大人の女性の前に来させられたんだぞ!?


 一ミリも動けず、すっぽんぽんでただ正座するしかないんだぞ。オレが何したってんだよ。


 頼む!オレのメンタルはブレイク寸前だ。


 大事なところを手で隠しながら王女に目で訴える。


「知らないわ!こんな変態!キリ助けて!」


 王女は子供らしくキリという使用人に抱きついて助けを求めた。


「分かりました。とりあえず騎士団をお呼びしましょう」


 使用人は淡々とそう述べた。


「もう二度と呼ぶんじゃねぇ!」


 結局、救いの手は差し伸べられなかった。


 *****


 それからグナイル王国では異界から変態が出没すると、しばし噂になったのであった。


 めでたしめでたし。

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